精神科Q&A
【0331】課長に昇進したのをきっかけに、うつ病になりました。3年間治療を続けていますが治りません。擬態うつ病なのでしょうか。
Q: 45歳男性、ある電気関係のメーカー勤務のビジネスマンです。
私は1999年4月に人事部の課長になりました。人事は初めての仕事です。採用がメインの仕事だったのですが、同年の夏頃より、睡眠障害(入眠困難、途中覚醒、早朝覚醒)およびヤル気のなさ、仕事ができないという焦燥感、くびになって路頭に迷うのではないかという不安感、死にたいと思う気持ちが出るようになり、11月に精神科を訪れ「うつ病」の診断を受けました。初診時に処方された薬はアモキサン25mg×3錠、セニラン2mg×3錠、睡眠導入剤ハルシオン0.25mg 1錠、ロヒプノール2mg1錠でした。
この処方で睡眠障害は良くなりましたが、他の症状は残ったままでした。
翌2000年1月に人事部内でのローテーションがあり、給与課長になり連日10時、11時までの残業が続きました。依然、睡眠障害以外の症状は残っていましたが、薬の増量や、抗うつ剤の追加でこの年は無事に終わりました。
翌2001年1月、「また前年のような1年が始まるのか」と思うと、一気に症状が強くぶり返し、さらには心悸亢進や頭痛、まるで周りの出来事が現実のものではないような気がして、仕事もまったく手につかなくなりました。この時点で主治医から休職したほうが良いと言われ、結果的には6月末まで5ヶ月以上休職しました。
7月に、課長の肩書きを剥奪されて復職し、私は課長という重しが取れたせいで、気が楽になり、仕事も手につくようになりました。うつ病の症状も消えていました。
ところが復職から1ヶ月ある日、上司に呼ばれ、調子が良さそうだから、また課長に戻すとの内示を受けました。そしてこの日から、再び1月に戻ったかのように症状が戻り、私の希望で1ヶ月入院し、退院後も自宅療養で結局は12月まで休職となりました。
そして今年の1月、私の希望で人事部を出て行くことが許され、課長職でもなくなって、念願の部署に異動することができました。上司の理解も得られ、仕事の量の面でも、勤務時間の面でも配慮してもらったおかげで今年の前半は、少しは鬱の波があったものの、機嫌よく仕事を続けることができました。
しかし7月になって、担当する仕事の量も増え、また上司から、来年から課長でやっていってもらうと言われて、またまた症状がぶり返したのです。今、3度目の休職中です。
現在、処方されている薬は、アモキサン25mg×3錠、トフラニール25mg×3錠、トレドミン25mg×6錠、パキシル20mg・10mg各1錠、リタリン2錠、セニラン2mg×3錠、睡眠導入剤ハルシオン0.25mg1錠、ロヒプノール2mg1錠です。
この処方がすでに1ヶ月続いていますが、一向に気分はすぐれません。林先生の著書「擬態うつ病」を読んで、私もそうであるかもしれないと感じました。課長になれと言われると症状が出るのは54ページの2「状況による変化」か55ページの3「きっかけ」、そして3年間も抗うつ剤を飲み続けているのに治らないのは4「持続時間」。
もし私の病気が擬態うつ病なら、今後どのように治療を続けていけばよいのでしょうか。
先生のご意見をお聞かせ下さい。
林: 非常に難しいご質問ですが、結論を先に申し上げますと、あなたはうつ病だと思います。擬態うつ病ではないでしょう。私の著書擬態うつ病をお読みいただいているようですので、うつ病と擬態うつ病は、本当のところは区別がつきにくいケースもあるということはご理解いただいていると思います。しかも今はメールのご記載のみから判断していますので、正直に言えば「わかりません」と言わざるを得ないのですが、うつ病の可能性の方が高いと私は感じています。
そう判断した最も大きな理由は、あなたの初発症状、すなわち「睡眠障害(入眠困難、途中覚醒、早朝覚醒)およびヤル気のなさ、仕事ができないという焦燥感、くびになって路頭に迷うのではないかという不安感、死にたいと思う気持」です。こうした症状が、ある時を境にまとまって出てきたという始まり方は、やはりうつ病だと思います。(ただしここでは、これまであなたにこのような症状が出たことはないと仮定してお答えしています。45歳の現在に至るまで、今の会社にお勤めだとすれば、これまでにも仕事上やまたはプライベートの事などでお困りのことはあったと思いますが、それでも今回のような症状がなかった。そのように仮定しています。そうだとすれば、昇進されたのをきっかけに上記のような症状が出てきたというのは、うつ病と考えるのが普通です)
擬態うつ病 54・55ページの、きっかけや状況による変化の項目を見ると、むしろ擬態うつ病にあてはまるのではないかとあなたは考えておられます。しかし、その項目で私が述べていることを整理すると、
・ 何のきっかけもなく起きた場合は、うつ病
・ いいことがきっかけで起きた場合は、うつ病
・ 悪いこと・悲しいことがきっかけで起きた場合は、わからない
・ いいことがきっかけで良くなった場合は、うつ病ではない
ということになります。(いずれも、その可能性が高いということです。絶対の基準にはなりません)
そこであなたのケースですが、まず悪くなったきっかけは、
(1) 1999年1月、課長への昇進
(2) 2001年1月、「また新しい年が始まるのか」という感覚
(3) 2001年8月、課長への再昇進を告げられる
(4) 2002年7月、仕事量の増加と、課長への再々昇進の示唆
の4回です。また、逆にどういう時に良くなったかを見ますと、
(1) 2001年7月、それまで5カ月の休養と課長からの降格
(2) 2002年1月、それまで5カ月の休養と異動・ならびに職場環境の好転
さらに、明記されてはいませんが、1999年の1月から2001年の1月までの間のどこかに、ある程度は良くなった時期があったのではないでしょうか(初発時のような症状がそのまま続いていたら、とうてい1年間休まずに仕事を続けることができるとは思えませんので)。だとすれば、この時点では抗うつ薬がある程度は有効であったと判断できます。以上の経過をまとめますと、まず初発に関しては、「昇進」がきっかけで、これは悪いことではなく、いいことをきっかけに発症したと判断できます。(もちろん、「課長への昇進」がいいことばかりではないということは私も理解しています。いい面と悪い面とどちらが大きいかは、ケースバイケースで微妙に異なっているでしょう。実際の臨床ではこの点についても詳細に検討することになります。しかしメールではとてもそうした微妙なところまでは判断できませんので、一般的にいって、昇進というものは責任の増加など悪い面もあるものの、サラリーマンとしては良いことであるという常識にしたがっています)
したがって、あなたの初発時の状況は、症状そのものも、きっかけも、いずれもうつ病を強く示唆するものであるといえます。2回目以後については、「課長への昇進」は、あなたにとって悪い面のほうが大きいと考えられますので、悪いことをきっかけに再燃したと判断するべきでしょう。しかしすでに初発の仕方からうつ病の診断がかなり濃厚ですので、その後悪いことをきっかけに悪化または再燃したとしても、それで診断がくつがえることはありません。
また、「3年間も抗うつ薬で治療しているのに良くならない」と書いておられますが、この3年間で明らかに良くなった時期がありますので、「良くならない」という認識は正しくありません。うつ病の方は、うつの状態にある時期には、あらゆることを悲観的に考える傾向があります。それはご自分の病歴についても言えることで、良くなった時のことは過小評価し、悪い時のことを過大評価するものです。あなたの病歴を拝見しますと、休養と薬物治療はかなり効果があったことが見てとれます。さらに言えば、1999年から2000年にかけては、休養なしでも薬物治療だけで乗り切れたわけですから、薬だけでも治療効果があがっていたと判断できます。ですから、「3年間も抗うつ薬で治療しているのに良くならない」とは言えないと思います。
とは言うものの、3年間で5カ月の休職を2回されて、それでもまだ十分良くなっていないというのは、うつ病の経過としては残念ながらよくない方に入ります。しかも今の処方はかなりの量の抗うつ薬が出ていますので、治りにくいタイプであることは確かです。
まだまだ検討することはあるのですが、だいぶ長くなってしまいましたので、この辺で今後についてのアドバイスをさせて頂きます。
まずあなたが認識すべきことは、「決して治っていないわけではない」ということです。この3年間で、調子がかなり良かった時期があったことは確かです。ですから、「なかなか治らない」と悲観されることはありません。むしろ必要なのは、「何回も再発してしまった」という事実を直視し、なぜ再発したのかを考え、対策を立てることです。
そういたしますと、明らかなのは、「課長への昇進」があなたにとって鬼門となっていることです。それさえなければ、うつの時期は一回だけですんでいたのではないでしょうか。だとすれば、「課長への昇進」を無期延期とすれば、あなたのうつ病は完治することが期待できます。
会社の細かい事情まではわかりかねますので、もしかするとどうしてもあなたが課長にならないと会社が機能しないというような事情があるのかもしれません。しかしそういうことはないと仮定しますと、それでも再三課長昇進を示唆されているのは、上司の方が、降格はあなたにとって非常に良くないとか、自尊心を強く傷つけるとか判断されているのかもしれません。今はうつ病を治すことが最優先ですから、あなたから上司の方に、昇進は無期延期にしてほしいと伝えた方がいいと私は思います。主治医の先生にそうした診断書を書いて頂ければなおいいと思います。ただし「無期」延期、というのは、再発の原因になるストレスを避けるには「無期」としておいたほうがいいというだけの意味で、実際には完治されれば延期は解除して差し支えないでしょう。2001年8月と2002年7月の、再昇進の示唆を受けた時期は、表面上はよさそうに見えても、完治には至っていなかったのだと思います。そういう時期に、もともとのうつ病発症のきっかけになったストレスを示唆されれば、再発するのも無理はありません。時期尚早だったと思います。もう一つだけ。これは蛇足かもしれませんので、読み流していただいて結構ですが、あなたの処方を拝見すると、四種類の抗うつ薬にリタリンまでが出ており、これは私の見解では種類が多すぎると思います。多くの種類の薬を処方することがよくない理由は【0291】、【0311】の通りです。ただし【0291】にも書きましたように、症状がなかなか良くならず、経過が長引いてきますと、多くの種類の薬を使わざるを得ないこともありますので、あなたにとってはこの処方が必要なのかもしれません。つまり、いろいろ試みた結果として、多種類の処方になってしまった可能性もあり、その場合はやむを得ない、というよりこの処方があなたに合っているのかもしれません。
あまりに長くなってしまいました。まとめます。
「あなたはうつ病だと思います。3年間治療しているのに良くならない、という認識は正しくありません。再発を繰り返していることは事実です。そして再発は昇進(または昇進の示唆)がきっかけになっています。昇進を延期し、現在の治療を続ければ、完治が期待できると思います」