精神科Q&A
【0277】入院させたいが、保健所に相談しても人権のことばかり言われて何もしてもらえません。悪くなるのを黙ってみているしかないのでしょうか。
Q: 38歳の姉が、2年前くらいから「隣の人が部屋に電気を流す」と言い始め、それから「いつも誰かが自分を監視している様な気がする」と言ったり,「お茶に何か入れられた」と言ったりして仕事も辞め、実家に戻っています。最近は、1日中暗い廊下に立っており、お風呂も入らずスカートを頭にかぶって、冷蔵庫がウルサイと電源を抜いてしまったりします。親は何とか姉に入院してほしいと思っているのに、本人が病院へ行かないのでホトホト困っています。市役所や保健所に行ってみたのに、親身になって相談にのってくれないと嘆いています。何とか治してやりたいと思っているのに、本人の人権ばかり言われるのだそうです。私も姉は何かの病気に違いないと思うのですが、本人が病院へ行くのを嫌がる場合は悪くなるのを黙って見ているしかないのでしょうか?
林: お姉さまは統合失調症(精神分裂病)だと思います。今の症状は主として被害妄想のようです。薬物を中心とした治療で、かなり良い状態まで回復できると思います。逆に治療をしなければ、妄想が強くなり、ご本人やご家族が苦しいばかりか、【0153】のように他の方に迷惑をかける可能性もあります。したがって、「何かの病気」であって、「何とか入院してほしい」という、あなたとご両親のおっしゃることはもっともだと思います。保健所や市役所に相談に行ったのに何もしてもらえず、失望が大きかったこととお察し致します。
保健所や市役所の担当者が、正確にはどのように説明されたのかが不明ですが、「本人の人権」を理由に何の行動もとらないという姿勢には大いに失望されたと思います。
人権という言葉は錦の御旗のようなもので、これを持ち出されると、反論するのはすべて悪人といった風潮があります。元々は人権という言葉は崇高な意味を持っていたのだと思いますが、今では事情が違ってきています。人権屋と呼ばれる偽善者が跋扈するという状況も生まれているようです。
実際にこの言葉を使う場合には、本当に人のことを考えている場合と、何もしないことの言い逃れとして使われている場合があります。
精神科では、患者さん本人が治療を拒否される場合が少なからずあり、その時にどうするのがいいか、どうするのが本人のためになるかは、一概には言えません。本人の意志を100%尊重したほうがいいケースが多いとは思いますが、例外的なケースももちろんあります。そして本人にその意志がなくても入院治療をする制度がある以上、保健所などの公的機関には必要ならしかるべき対応をする義務があるはずです。
あなたの相談された保健所・市役所の方が、本当にお姉さまとご家族のことを考えられて、今は何もしないのが最善と判断されたのか、それとも面倒なことには関わりたくないと考えていて、事なかれ主義の言い訳として人権という言葉を使ったのか、それはわかりません。メールからは後者のようにも読めますが、こういう場合は両方の要素が常にあると言ったほうが正確かもしれません。
いずれにせよ、医療保護入院や措置入院という制度があり、しかもそれが実際に運営されているわけですから、正式な手続きを踏めば治療は可能です。保健所では相談にのってもらえないのでしたら、精神科病院に直接ご相談されるのがいいと思います。ご家族だけが相談のために受診されるのは比較的よくあることです。
ただしこの場合、ご家族の意志をはっきりさせておく必要があります。つまりご家族として入院させたいのであれば、それをはっきりと伝えてください。そうしないと病院も何もしてくれないでしょう。ご家族の側はたとえば【0153】、【0178】のように迷っておられることもよくあるのですが、ご家族(正確には保護者)の同意がなければ法的に入院はさせられません(措置入院は別です)。病院の側としては、ご本人のために多少無理をしてでも入院させてあげたいと考えていても、ご家族の意志がはっきりしませんと、あえて入院させるということは控えるのが常です。入院の相談にいらしゃる前に、ご家族でよく相談して意志を統一しておくことが必要です。