精神分裂病・医学部講堂

 

 精神分裂病の経過

 ---もう少し解説します


精神分裂病の経過をひとことで言うと、

最初の症状はまず間違いなくおさまる。そのあとの経過は、人によって千差万別。

ということになる、というところまで解説しました。もう少し解説を続けます。

「悲惨な病気」は過去の遺物

昔、というのは50年ほど前までということですが、精神分裂病には治療法がありませんでした。原因が何かもまったくわかりませんでした。いったん発症したらどうすることもできない「悲惨な病気」でした。「早発性痴呆」と呼ばれていました。けれども今では、脳の神経伝達物質、特にドーパミン系に原因があることがわかっており、薬もたくさん開発されています。経過も今ご紹介したように、さまざまです。ですから「悲惨な病気」というイメージは過去の遺物とみなすべきです。

精神分裂病が悲惨な病気ではなくなった理由には、実はもうひとつあります。これは実に単純な理由で、

とても軽いものでも精神分裂病と呼ぶようになった

ということです。

精神分裂病が、病気のひとつであるということをはっきりさせたのは、19世紀のドイツのクレペリンという精神科医です。クレペリンは、どんどん悪化していくことが特徴のひとつだとはっきり言っています。そのため病名を「早発性痴呆」と名づけたのです。その後、病名は「精神分裂病」に変わりましたが、経過についてはどんどん悪化するものだと誰もが信じていました。というより、悪化しないもの、治ってしまうものは、精神分裂病ではなく、ほかの病名で呼んでいたというのが正確な言い方になります。

現代では、状況が変わっています。悪化するものも、軽いものも、すぐに治ってしまうものも、全部精神分裂病と呼ぶようになっています。だからこそ、経過は人によってさまざまで、予想ができないということになっているのです。

こんなさまざまな経過を持つものが、同じひとつの病気とは思えないという感想を持たれた方も多いと思います。専門家ももちろんそう思っています。ですから、いまのところ「精神分裂病」という病名は、いわば仮のものだといってもいいと思います。脳の中のもっと細かい状態、つまり神経伝達の失調の詳細がわかってくれば、病名ももっと細かくなっていくでしょう。

 

治療抵抗性のケースという認識も必要

「治療抵抗性」というのは、治療してもなかなか治らない、という意味です(本人が治療に抵抗するという意味ではありません。もともとtreatment resistanceという英語から訳された言葉です)

最初の症状はまずおさまる。治療薬がある。経過はさまざま。ということは、逆に言えば、なかなかよくならなかったり、どんどん悪化する場合もありうるということです。精神分裂病は治らないという悲観論は誤りですが、逆になんでも治るという楽観論も誤りで、今でも悲惨なケースも中にはあるという冷静な認識を持つことも重要なことです。

それではなぜ、治りにくい、治らない、悪化していく、などのケースがあるのか。当然その理由を考えたくなります。治療を受けていない場合は、それが理由であることは明らかです。治療を受けているのによくならない場合が問題です。こういうときには、治療を始めるのが遅すぎた、環境が悪い、まわりの人の接し方が悪い、などの理由を考えたくなるのが普通です。しかし、これはいずれも間違いです。

「間違い」というのは言い過ぎかもしれません。多少は関係があるでしょう。もちろん場合によっては大きな理由であることもあるかもしれません。ただし、はっきり言えることは、十分な治療をして、環境的にも何の問題もないようなケースでも、治療抵抗性、つまり、よくならないことがある、ということです。その原因はこれからの課題です。精神分裂病が脳の病気であることは確かですから、脳の中の伝達物質やレセプターに、治りやすい精神分裂病の人と治りにくい精神分裂病の人では、違いがあるのでしょう。いまのところ、その違いが何であるかはわかりません。けれども、神経科学、脳の科学に携わる人々の研究から産み出される成果に、大いに希望を持っていいと思います。

 

第一歩を正しく踏み出すこと

  精神分裂病についての常識や先入観は、ほとんどすべてが間違っています。まずは現状を正しく認識することが、第一歩です。現状をもう一度まとめましょう。

精神分裂病の最初の症状は、まず間違いなく治まる。そのためには薬が必要。

精神分裂病の経過は、人によってとてもさまざまで、予測はなかなかできない。経過をよくするためには、薬だけでは不十分。

上の二つの認識が第一歩です。もしここで違う方向、あるいは微妙にずれた方向に第一歩を踏み出してしまうと、どんどん現実から離れていってしまうことになります。その行き着く先は、患者さんとご家族にとっては極端な悲観論や楽観論、傍観者にとっては無意味な議論や偏見、社会にとっては的外れな対策や支援、ということになりかねません。第一歩が、大切です。

 

戻る

精神分裂病のトップページ

ホームページ