精神科Q&A
【2306】病院や保護者に対する被害意識が強い統合失調の家族について
Q: 私は30代女性です。実家に父(65歳)と統合失調症の妹(34歳)が二人暮しをしております。今年に入り、急に服薬を中止し症状が悪化、医療保護入院となりましたが、その後より「病院と父に虐待された、人権侵害を受けた」と訴え、父が憔悴しておりますため、対応についてご教示いただけましたら幸いです。 妹に関し、現在の担当医師より「心理テストの結果から特異な性格パターンがみられ、統合失調だけではなく生育歴なども関係しているかもしれない」との話があったため、これまでの経緯を書き出します。(全て相談者は進学・就職で実家を離れた後の話です。)
19年前 中高一貫進学校の高校に上がった直後より登校拒否はじまる。中学では友人多くいたが、幾つかの教科は成績不振。 (実家が医院経営のため、妹は両親より薬剤師となるよう期待されていたが、本人は芸術系に関心あり)
18年前 他県の高校へ進学。1年遅れだが友人には恵まれ活発な様子。15年前 大学進学(他県の文系学科)
12年前 母が病死。 (なお、妹は小学生くらいから母と非常に仲が良く、逆に父とは仲が悪くはないが余り口を利かない子供だった)
11年前 父が再婚。妹には特に拒否みられず。大学卒業後、他県にて事務員として就職。
10年前 1年ほど勤めた後、少人数での人間関係が息苦しいと退職。実家へ戻り、派遣やアルバイトなどで働く。
8年前 東京へ出る。しばらくして誰かに見られている等の幻覚と幻聴が始まり、統合失調と診断され実家へ戻る。後妻との関係は特に悪くなかった。
7年前 ぐっすり眠りたかったと睡眠薬を1瓶飲む。(その少し前から服薬中断していた様子)父が救助。その後服薬を続け精神的には落ち着くが、副作用で手足が震え横になっていることが多い。幻聴と不眠が続く。調子が良いとときどき友人と出かける。
5年前 父と後妻が別居し、妹との二人暮しとなる。 (別居原因詳細は不明。妹の話では金銭感覚の相違らしい) 父と妹の会話多くなり、親子関係は良好。
2年前〜 薬の種類を変更し(ロナセン6錠)、手足の震えなくなる。この頃に身障者手帳を取得。幻聴と不眠は続くが、友人とのやり取りは活発。友人と外出、他県までコンサートに行くなど活動的な日が増えるが疲れて寝ている日も。父は必要に応じ小遣いを与えているが、コンサートチケット入手に 数十万の支払いなど、金銭感覚が余り無い。
2ヶ月前 不眠が続き、薬に間違いがあるのではないかと服薬を中止する。父が気付き、薬の変更はかかり付け医のところで相談するよう説得するが、幻聴なくなり調子が良いから後日行くととりあわない。
数日後、夜間に鍵をかけた部屋にこもり、「殺される、助けて、警察を呼んで」と大声続く。 (後日の本人談では、「統合失調でショックを受けやすい状態なのに、何度も受診を言われパニックになった」) かかりつけの医院は緊急対応していないため翌朝、かかりつけ医の紹介で他の病院より往診あり。 医師の説得に応じないため病院スタッフが扉を外し医療保護入院となる。
入院後は服薬・点滴とも拒否し興奮状態のため、拘束して点滴。翌々日には興奮収まる。 父は毎日面会に行く。
1週間後、幻聴なく寛解した状態と判断され、本人希望により試験外泊となる。
翌朝、相談者(姉)あてに「病院で虐待された。数人がかりで服を脱がされ拘束された、オムツをされるなど屈辱的だった、看護師が患者をどなる声が怖かった。父がおかしくなっているが認知症では」などと長文メール。文章自体は理路整然としている。午後には交番で「携帯の一部がなくなった」などからはじまり「虐待を受けている」と長時間にわたり保護を訴える。父が病院より迎えを呼び、再入院に。医師は「このときは子供っぽく、幼児化していた」とのこと。一晩中、病院内公衆電話のSOSボタンを押しつづける。
1ヶ月前 最低限の薬で様子をみることに。(ロナセン2錠)幻聴なく、数年ぶりに本が読める状態。まもなく試験外泊2泊。ほとんど外出せず過ごす。病院へ戻りすぐに開放病棟へ移動、2日後に退院となる。
帰宅直後より友人たちに「父に殺されそう」などのメールを送信。相談者にも「虐待された、父がおかしい、家が怖い」などのメール数通あり、また病院に入れられたら助けてほしいと訴え。 翌日、市役所の人権擁護係に行き、4時間にわたり職員とかけつけた警官に保護を訴え続ける。その間、「あの扇風機は私を殺す機械ですか」などの発言も。 最終的に、「ここの警察と市役所は対応してくれない」と父と帰宅。数日間父と過ごすが、被害妄想的言動ある様子。「東京に行き自立したい」等の発言も。父との食事を避け、一人で外食多い。携帯・パソコンが不調だと買換えを訴え、父が修理をすすめるが本人が購入する。情報が漏れると旧機の処分拒む。
3週間前 夜に自宅に鍵をかけ、父の帰宅を拒む。扉越しに携帯電話で父と数時間ほど話すが、「自分は虐待されたので父の帰宅は認められない、一人でゆっくりしたい」と鍵を開けない。 翌朝、医師の往診あり扉越しに面談するが、これからも父に対し同じことをする、東京に行って法務局に人権侵害を訴える、等の発言続き、病院スタッフがトドアチェーンを切って搬送、医療保護入院となる。
入院後は2日程度興奮続く。医師より、「今回は入院に時間をかけ、面会頻度を減らす方針」 「統合失調だけでなく、過去の事が影響を与えている可能性」とのこと。父は週2、3回面会に赴くが、被害妄想が父親に向いている。病室の壁紙一面にボールペンで文字を書いたと、病院より張替え代請求あり。
2週間前 主治医と父と本人の三者面談。 医師より「三回目の入院は避けたい。当院では今度は断る」「(一人暮らししたいとの希望に対し)今の家で日入院し、父とのわだかまりが解けるのを待つ方が良い」「幼少期からの過ごし方が現在の状態に関係している? 心理テスト結果は統合失調症のパターンではない、性格の上で特異なパターンが見られる」などの話あり。
〜現在 退院希望の訴え続く。父に頼む買い物メモに、日によって「また家族仲良く過ごしたいね」「帰宅を拒否するなら家族の絆は遠のく」など記す。 化粧品他で10万近い買い物依頼など、経済観念希薄。
妹本人もこれまで再発を恐れ服薬に注意しておりました。相談者は仕事が不規則な関係で年1度帰省する程度のため、普段の妹の状態は正確に把握していませんが、数年前に帰省したときは精神活動が鈍い様子で臥床がちだったものが、今年正月には活き活きとした様子でよく話し、10代のような部屋着や、アイドルグループの応援用の文字入りうちわの作成など子供っぽいところに多少違和感を覚えましたが、知人との外出(食事、野球観戦、コンサートなど)やmixiを通じた交流なども頻繁なようで、親類宅訪問時には非常に社交的でこまやかな気遣いもできました。妹の知人は、統合失調のことを知っている人もいますが、他の人は単に病弱と思っており、親類に病名は伝えていません。 統合失調で不憫だと、父は妹の行動に余り干渉せず好きに任せていましたが、今年に入っての一連の件で憔悴し、相談者への手紙に「出家したい」「死にたい気分だ」「うつになっている」「被害妄想が自分に向かうのが情けなくて辛い」などと書き、下痢が続く(昔からストレスがかかるとおなかをこわします)などの身体症状もあるようです。父は平日は個人医院(内科)で診察・往診をこなし、往診の合間に妹の面会に行っています。今回の件ではたびたび臨時休診して警察や役所に妹を迎えに行ったり、入院搬送の対応をする状況でした。自宅では週3日お手伝いの人が来て家のことをしてくれますが、その他の日は惣菜や弁当を買いに行ったり外食する生活が数年続いております。(母の生存中は、外で買った惣菜の類は嫌う人でした) 最近、父は入院中の妹に手紙を渡し、後で相談者に「このような手紙を書いたが書き方に問題はないか」と同文のものを送ってきました。「再発が心配で気持ちが焦り、受診するよう説得したのを怒ったと取られたのかな」「子供を助けてやりたい親心から入院させたことで、虐待だといわれ悲しい」「いまは気力がないため退院を待ってほしい、お父さんの気持ちも理解してほしい」「今回のことで二人とも傷ついた。わだかまりが解けないとまたお互いぶつかり傷つく」「調子が良くなったらまた仲良く一緒に暮らそう」「子供たちを支えるためにまだ仕事を続けているが、自分が死んだら姉と相談しながら生き方を考えてほしい」などとあり、説得や感情が強く出すぎていると思われるような部分に対しては妹の受け止め方が気になります。
林先生への質問です。
1. 妹に対しどのように接したら良いものか、父に対する助言をお願いできないでしょうか。
2. ロナセンに薬を変更して手足の震えはなくなりましたが、服薬を続けても不眠、幻聴に悩まされており調子に波がありました。不眠が続くため服薬中止したらしいことも気になります。現在の担当医師からは、生理周期による影響もあるのではということでした。また、現在メナセン2錠に減らすことで幻聴がなくなっていますが、被害意識から外部に訴えようと度々行動を起こす現状で、薬の調整に関して何かアドバイスが可能であればお願いできないでしょうか。
3. 入院中の病院に対し拒否感が強いため、本人が信頼している他院への転院などでストレス軽減がはかれないものかと思いますが、そちらには閉鎖病棟がありません。現状で転院は難しいでしょうか。
4. 生育歴が影響しているなどの話もありましたが、この場合カウンセリングなども有効になるのでしょうか。 また、他にも全体的にアドバイスがあればよろしくお願いいたします。
林: 妹さんは重い統合失調症であると認識すべきです。そして、残念ながら慢性化に向かっており、人格水準の低下が認められるといえます。これが、対応等をお考えになる際の出発点です。
このような統合失調症の治療は容易でないことに鑑みると、現在の病院でしていただいている対応は最善に近いものといえます。鍵をかけて部屋にとじこもり、あらゆる接触を拒否している状態になった場合には、【1852】などで解説した微妙な問題が多々あり、なかなか思い切った対応をしていただけないことが多い中、この病院ではその度に現実的な対応をされていることは、重ねての感謝に値するといえるでしょう。
ただし、一つだけ指摘するとすれば、
心理テスト結果は統合失調症のパターンではない、性格の上で特異なパターンが見られる
これについては違和感があるところです。心理テストには、統合失調症であるか否かを判定するほどの精度はありません。おそらく、病院からの説明である、
「統合失調だけでなく、過去の事が影響を与えている可能性」
は、心理テストの結果も勘案してのものと思われますが、ご家族としては、この説明をあまり重く受け取る必要はないと思います。どの症状にも過去の事の影響がゼロであるとは言えません。妹さんの妄想が父親に向いている事にも、過去のお二人の関係の影響がゼロであるとは言えません。けれども統合失調症においては、妄想がある人物に向くのは、むしろ「たまたま」と解釈すべきで、少なくともその人物の過去の言動に何らかの問題があったのではないかなどと考える必要はありません。
心理テストのことに戻りますと、この【2306】のような重い統合失調症で、心理テストの結果からあれこれ解釈を発展させるのは不適切といえます。
以下、ご質問事項への回答です。
1. 妹に対しどのように接したら良いものか、父に対する助言をお願いできないでしょうか。
重い統合失調症です。人格水準の低下も進んでいます。お父様のご苦労をお察しします。しかし、あれこれ考えすぎないことが第一です。このような重い統合失調症では、その言動は通常の理解を超えていると考えるべきです。
2. ロナセンに薬を変更して手足の震えはなくなりましたが、服薬を続けても不眠、幻聴に悩まされており調子に波がありました。不眠が続くため服薬中止したらしいことも気になります。現在の担当医師からは、生理周期による影響もあるのではということでした。また、現在メナセン2錠に減らすことで幻聴がなくなっていますが、被害意識から外部に訴えようと度々行動を起こす現状で、薬の調整に関して何かアドバイスが可能であればお願いできないでしょうか。
わかりません。おそらくこれまでの薬は適切であると思います。ただ経過を見ますと、軽快と判断されて退院したその日に明らかに激しい精神病症状が出ていますので、本人は症状を隠すタイプであると思われ、そうだとすれば、安易な減薬は禁物です。ここまでの経過を総合すると、外見上は必要以上に強めと思われるくらいの薬がおそらく適切なのだと思います。
3. 入院中の病院に対し拒否感が強いため、本人が信頼している他院への転院などでストレス軽減がはかれないものかと思いますが、そちらには閉鎖病棟がありません。現状で転院は難しいでしょうか。
転院すべきではありません。この重い統合失調症の妹さんに対し、現在の病院では最善の対応を続けてきていただいていると思います。頼み込んででも現在の病院で治療を続けていただくべきです。先に述べた心理テストの解釈についての問題は、これまでの適切な対応全体から見れば些細なことです。そもそも、閉鎖病棟がない病院で、この妹さんの治療ができるはずがありません。
4. 生育歴が影響しているなどの話もありましたが、この場合カウンセリングなども有効になるのでしょうか。 また、他にも全体的にアドバイスがあればよろしくお願いいたします。
カウンセリングはほとんど役に立たないでしょう。最初に述べたとおり、重い統合失調症であると認識すべきです。これが出発点であり、到達点でもあります。(2012.10.5.)