精神科Q&A
【2161】うつ病から復職した 20 代女性社員の扱いについて
Q: 30代の女性です。職場の20代の女性社員の件で、ご相談があります。私の職場はかなり男女平等で、要するに男性でも女性でも同じ仕事と責任が与えられ、私もかなり多忙に業務をこなしております。
さて、私のいる部署に、うつ病から復帰したばかりの女性社員が配属されてきました。私が教育係のようになっています。彼女は2年半前に恋愛関係のもつれからリストカットによる自殺未遂を起こし、その後うつ病と診断され、休職を続けていました。復帰後も産業医の先生に残業を許可されておらず、その範囲内で仕事を依頼しています。 彼女の仕事ぶりなのですが、1. 指示された作業をしない(新入社員と同程度の簡単な指示しかしておらず、能力的に出来ない、というのは考えづらいです。)2. 1とも関わりますが、仕事の選り好みをする(分不相応な華やかな仕事をしたがります。他に担当者がいても私はこれがやりたい、と主張します)3 そもそも席にいないことが多く、仕事を依頼しづらいと、うつ病とは関係のない、単なる勤務怠慢と思われる状態が目についたため、思い切って注意を何度かしたのですが(復帰間もないということで努めて優しく注意しています)、その度に、復帰したばかりで感覚が取り戻せないんです、うつ病だったので休憩が必要なことがあるんです、などと反論されています。 そもそも、恋愛のごたごたでうつ病になるのか、という疑問や、休職中も社の飲み会含め、遊びには積極的に参加していたこと(彼女の友人連によると誘わないと怒るそうです)などから考えて、林先生のサイトを愛読している私には、彼女が擬態うつ病にしか思えません。ちなみに、社内でも彼女は偽のうつ病だろう、と考えている人が多いです。
しかし、林先生に質問したいのは、彼女が本物のうつ病ではないですよね、という確認だけではありません。彼女は他の、たとえば人格障害などを抱えているのではないのか、その場合どう対処するのが最善なのか、をお伺いしたいのです。 というのは、彼女に業務態度を注意したりすると、今までどのような人にも感じたことのない、「伝わっていなさ・反省のなさ」を感じます。うつ病を持ち出して言い訳するばかりか、逆に「分からない人には、もっと丁寧に指導すべきなんじゃないですか?」と私が叱られたりします(年齢は私の方が相当上です)。私自身はほとんど家に帰れないくらい多忙なのですが、それを助けよう、という気は全く感じられません(上長にもそう言われている筈なのですが)。むしろ他人は自分に気遣うべきである、という強固な思い込みを感じます。これは彼女と関わりのあった複数の人が言っていることですが、自分は愛されるべき存在である、という確固たる自信を持っているようなのです。仕事仲間に「愛される」という表現は変ですが、彼女に限っては非常に適切な表現に思えます。 彼女からは、いわゆる「見捨てられ不安」は全く感じません。勿論素人判断は禁物ですが。彼女と対峙すると切迫した感じはまるで受けず、自信満々な印象を常に受けます。反省という心の動きや、こんなことをしたら嫌われる・見捨てられるんじゃないかという心の動きを、全く持ち合わせていない人に思え、そら恐ろしいほどなのです。そう言えば私のプライベートな集まりを聞きつけて無理矢理顔を出してきたこともあり、招かれざる客という発想は彼女にはないように思えます。彼女の知らない人もいる集まりだったのですが…。この、あまりの話の通じなさに怖ささえ感じる、というのも今まで他の誰にも感じたことのない感覚です。 彼女はうつ病ではないとしたら、何か病気や障害を持っているのでしょうか?その場合、どういう性格的な特徴を持つ人で、どう対応するのがベストなのでしょう。 ちなみに社としては彼女を腫れ物のように扱っており、注意をした私はやや苦しい立場に立たされております。今までどんな正当な叱りであっても彼女のために不利な立場に立たされた人が何人かおり、不安です。早めにベストな対処法を見つけたく思っており、先生のご意見を伺いたく、メールをお送りいたしました。ご多忙のところ、申し訳ありませんが、ご意見頂戴できればと思います。
林:
彼女は2年半前に恋愛関係のもつれからリストカットによる自殺未遂を起こし、その後うつ病と診断され、
確かにこれは、うつ病らしくない病歴であるといえます。
そもそも、恋愛のごたごたでうつ病になるのか、という疑問や、
という質問者の疑問はもっともです。恋愛のもつれはうつ病の原因にはなりません。
けれども、恋愛のもつれをきっかけとしてうつ病を発症することはあり得ますので、この病歴だけをもって、この方がうつ病でないとはいえません。
が、
休職中も社の飲み会含め、遊びには積極的に参加していたこと(彼女の友人連によると誘わないと怒るそうです)
こういうことが情報として加わると、うつ病ではないという推定がクローズアップされることになります。質問者のご指摘のように、擬態うつ病と考えるべきでしょう。
さらには、
1. 指示された作業をしない(新入社員と同程度の簡単な指示しかしておらず、能力的に出来ない、というのは考えづらいです。)2. 1とも関わりますが、仕事の選り好みをする(分不相応な華やかな仕事をしたがります。他に担当者がいても私はこれがやりたい、と主張します)3 そもそも席にいないことが多く、仕事を依頼しづらいと、うつ病とは関係のない、単なる勤務怠慢と思われる状態が目についたため、思い切って注意を何度かしたのですが(復帰間もないということで努めて優しく注意しています)、その度に、復帰したばかりで感覚が取り戻せないんです、うつ病だったので休憩が必要なことがあるんです、などと反論されています。
これらをあわせると、擬態うつ病であるという確信は高まります。この方はうつ病ではなく、パーソナリティ障害の疑いが強くなります。
そして、
うつ病を持ち出して言い訳するばかりか、逆に「分からない人には、もっと丁寧に指導すべきなんじゃないですか?」と私が叱られたりします(年齢は私の方が相当上です)。私自身はほとんど家に帰れないくらい多忙なのですが、それを助けよう、という気は全く感じられません(上長にもそう言われている筈なのですが)。むしろ他人は自分に気遣うべきである、という強固な思い込みを感じます。これは彼女と関わりのあった複数の人が言っていることですが、自分は愛されるべき存在である、という確固たる自信を持っているようなのです。仕事仲間に「愛される」という表現は変ですが、彼女に限っては非常に適切な表現に思えます。
これらの情報から浮かび上がるのは、
自己愛性パーソナリティ障害
という診断名です。はたしてこの方が自己愛性パーソナリティ障害といえるレベルかどうかまではわかりませんが、その傾向があるとまではいえるでしょう。
彼女からは、いわゆる「見捨てられ不安」は全く感じません。
質問者のこの一文は、「この女性はうつ病ではなく境界性パーソナリティ障害ではないか? しかしその大きな特徴である見捨てられ不安が感じられないので、違うのだろうか?」という疑問が背後にあると推察されます。
この方に本当に見捨てられ不安がないかどうか、その判断は容易ではありませんが、仮にそれがないか、目立たないとしても、自己愛性パーソナリティ障害という診断名に矛盾はありません。自己愛性パーソナリティ障害と境界性パーソナリティ障害は、かなり近い関係にある診断名です。そもそもパーソナリティ障害についての現代の公式分類は仮のものにすぎませんので(その意味では精神科のあらゆる分類がそうではありますが)、別々に分類されているパーソナリティ障害にいくつもの類似点があるのはごくありふれた現象です。さらには、この方については、発達障害の傾向も見え隠れしているという判断もあり得るでしょう。それは、
反省という心の動きや、こんなことをしたら嫌われる・見捨てられるんじゃないかという心の動きを、全く持ち合わせていない人に思え、そら恐ろしいほどなのです。そう言えば私のプライベートな集まりを聞きつけて無理矢理顔を出してきたこともあり、招かれざる客という発想は彼女にはないように思えます。彼女の知らない人もいる集まりだったのですが…。この、あまりの話の通じなさに怖ささえ感じる、というのも今まで他の誰にも感じたことのない感覚です。
上記のようなことからいえることです。
彼女はうつ病ではないとしたら、何か病気や障害を持っているのでしょうか?その場合、どういう性格的な特徴を持つ人で、どう対応するのがベストなのでしょう。 ちなみに社としては彼女を腫れ物のように扱っており、注意をした私はやや苦しい立場に立たされております。
パーソナリティ障害だとしても、発達障害だとしても、適切な対応をひとことで言うのは困難です。ただ原則としていえることは、
うつ病ではない
ことをまず出発点とすべきだということです。うつ病について知られている対応法は、この方には適切なものではありません。
また、この【2161】は職場という場面でのご質問ですので、
職場のルールを適用する
という当然のことを、当然のこととして進めるのが正しいといえます。すなわち、職場という場面で不適切なことは不適切であると伝えるべきです。このとき、上述の「うつ病ではない」という原則を意識してください。うつ病であると誤認すると、
社としては彼女を腫れ物のように扱っており、注意をした私はやや苦しい立場に立たされております。
ということになりがちです。
このあたりについては、擬態うつ病 / 新型うつ病 実例からみる対応法 もご参考になるかと思います。
(2011.12.5.)