精神科Q&A
【1998】就寝前の薬を飲んだ後に記憶が飛ぶようになりました
Q: 30代男性です。毎回興味深くサイトを拝見させていただいております。この度はアドバイスを頂きたく思いメールさせていただきました。私は3年程前から精神科に通っております。主治医からは適応障害と診断され、現在も薬を服用している状態です。今回御相談したいのは薬と記憶障害の関係についてです。
最近、就寝前の薬を飲んだ後に記憶が飛ぶようになりました。具体的には 知人に携帯でメールを送っている(翌朝返信が来ているので気が付く) ネットに意味のわからない文章を書き込んでいる(ツイッターやブログなどのログが残っている) 食事をしている痕跡がある(洗ったはずの食器が出ていたり、買い置きの食料の空容器が残っている) 等の症状があるのですが全く記憶に残っておりません。主治医からは薬の服用によるせん妄といわれておりますが、もし記憶にないところで何か刑事事件などを起こしてしまったらと思うと不安でしょうがありません。 こういった事は薬の副作用として受け入れるべきなのでしょうか? 追記、現在は就寝前にジェイゾロフト1錠ハルシオン2錠セルクロエル1錠エチカーム1錠を服用、不安時にデパスを服用しております。
林: これは睡眠薬の副作用です。【1998】の質問者が服用されている薬の中では、ハルシオンが原因である可能性が最も高いといえます。ハルシオンは中止し、他の薬にかえるべきと私なら考えます。
また、もし質問者が寝る前にアルコールも飲んでいるのであれば(おそらくそれはないとは思いますが)、アルコールと睡眠薬を併用するとこの副作用の出現率は高まりますので、寝る前の飲酒は直ちにやめるべきです。
もし記憶にないところで何か刑事事件などを起こしてしまったらと思うと不安でしょうがありません。
そのような不安をお持ちになるのはもっともと思います。この【1998】に見られるような睡眠薬の副作用としての異常行動の一環として、刑事事件を起こしたという報告もあることはあります。とはいえそれはきわめて稀ですので、そこまで心配されることはないかもしれませんが、外に出歩いてしまい事故に遭うとか、仮に質問者がマンションの高層階に住んでおられれば、ベランダからの転落などの危険を現実のものとして考えなければなりません。
ハルシオンが原因である可能性が最も高いと私は回答しましたが、どの睡眠薬であっても、可能性としてはないとは言えません。が、ハルシオンによるこの副作用の報告は、他の薬に比べて多く、また、臨床的にも経験されることが多いという印象がありますので、やはりハルシオンには特に注意すべきです。
ハルシオンは1980年代に認可された薬ですが、実は認可前の治験の段階でも、この副作用の報告がなされています。
↓
新benzodiazepine 製剤 (triazolam)による短期記憶の障害
狭間秀文、川原隆造
精神医学 第23巻4号 361-365 1981年
ここには、寝台列車でtriazolam (ハルシオンのことです) を飲んで眠り、翌朝目覚めた記憶はあるものの、その後数時間の行動の記憶がなかったケースが記されています。
van der Kroef C: Reactions to triazolam. Lancet 2 526 1979年
その後も実例を紹介した論文はいくつかあります。たとえば次の二つには、いずれも複数のケースが記されており、中には当直医が自分の医療行為を覚えていなかったという記載もあります。
Triazolam服用後に出現した軽度の意識障害を主症状とする短時間の急性中毒状態
稲見康司ら
臨床精神医学 第16巻1号 61-66 1987年
睡眠導入剤triazolamによると思われる特異な異常行動と健忘を呈した2症例
大西次郎ら
神経内科 第32巻 42-46 1990年
どんな薬にもプラスとマイナスの側面がありますから、副作用があるからといって、直ちにその薬をかえるという対処法は不合理です。けれどもこの【1998】に関しては、睡眠薬としてハルシオンを飲まなければならないという理由は特にないはずですから、直ちに他の薬にかえるという対処が薦められます。他方、【1987】のようなケースでは、他の薬では得られない効果が認められていると考えられますので、たとえ副作用であるとわかっても、他の薬にかえるかどうかは熟考を要するということになります。
(2011.5.5.)