精神科Q&A
【1949】薬物療法だけでうつ病が治りました
Q: 30代未婚の男性です。林先生の精神科Q&Aで、「薬物療法だけでもうつ病は回復する」というメッセージを本当かなと思いながら、治療を受けてきましたが、それが事実となったので、ここに報告をさせていただきます。
(1)うつ病の発症
3年前、転職しました。転職した会社は、自分が持っている国家資格を全て使える会社だったことと、実家から車で2時間もあれば行ける場所だったので、喜び勇んで転職しました。 しかし、転職出来たのはよかったものの、仕事の実務経験が殆ど無かったため仕事はミスばかり。20人くらいの小さな会社でしたが、上司や同僚から冷たい目で見られるようになりました。そして仕事で失敗すれば皆の前で罵倒するなどのイジメを受け、転職して数ヶ月で、心療内科に通院することになりました。 担当のA医師は非常に親切な医師で、話を親身に聞いてくれました。当時受けた薬物療法は、ほぼ1ヶ月くらいの通院で・最初はデパス1mgを1日2回(朝・夕)、レンドルミン0.25mgを就寝前・次いでドグマチール50mgが1日2回朝・夕に追加となりました。 しかし、私が心療内科に通院していたのを上司にうっかり見つかってしまい、上司から「自分が精神科に通院していることを皆に公表しろ。そうすれば楽になるから」と強要され、結局職場に居づらくなりました。A医師にそのことを話したところ、ひどく憤慨して、「何故そういう大事なことを一言私に相談して下さらなかったのですか?上司の方の対応はかえってマイナスになりますよ」と注意を受けました。この頃から、不眠、食欲不振、イライラもひどくなり、・アモキサン25mgを1日3回毎食後、ドグマチールを昼食後に追加・就寝前にルジオミール50mg1錠を追加となりました。このころは毎日死にたいという気持ちも出てきたことに加え、上司から全く経験がない営業に異動させられ、お客さんも取れず、上司から毎日「役立たず」などと罵倒され、結局転職して8ヶ月で辞表を書くことになりました。退職最後の日は、先ほどの上司と一緒に外回りをすることになってしまい、車の中で「早く首でも吊ったらどうだ。お前は何処に勤めても同じ事を繰り返すと思う。お前は生まれて来ないほうが良かったんだ」などと言われ、自殺だけは思いとどまったものの、辞めて良かったと思ったことしか憶えていません。
残務整理を終え、最後にA医師にかかったとき、A医師は「うつのときに重大な決定を求められても、先送りにするべきでしたね。結局そんな職場を辞めたのは良かったかもしれませんが、もっと上の上司や労政事務所に相談するという方法もあったのに」と、残念そうに話しておられました。
(2)実家に戻って、今の主治医との出会い
A医師には、実家に帰ることを告げましたが、実は辞める前に退職の相談で実家には時々帰っておりました。そのとき、近所に心療内科の開業医を見つけ、1度治療を受けました。その際、主治医となったB医師から受けた処方は・プロチアデン25mg毎食後・レキソタン2mg錠毎食後・プルゼニド1錠就寝前・ハルシオン0.25mg錠就寝前・ドグマチール50mg錠毎食後でした。 A医師に最後の診察を受けたとき、実家の近くに開業医がいて、B医師からこういう処方を頂きましたとお話したところ、A医師は「B先生は大学の後輩で、10年近く一緒に仕事をして来ました。とても良い先生です。きっと力になって下さいますよ」と仰り、事後報告で申し訳ありませんが、出来れば紹介状を書いていただけませんかと頼んだところ、快く応じてくれました。
B医師の治療は、カウンセリングは殆ど行わず、「これまでどういう仕事をして来たのか?」「今どんな症状で辛い思いをしているのか?」という問診に答えることが中心でした。このころ、職安にうつ病で退職したら診断書を出して欲しいと言われましたが、B医師は診断書もきちんと書いてくれて、退職前の就業は不可能だったという趣旨の診断書を作ってくれました。もっとも、A医師は毎回30分くらいの診察でしたが、B医師の診察は10分くらいで、この先生を信用して大丈夫なのかなと最初は思いました。
ところが、最初の頃は毎日外出するのも嫌だったのが、薬を変えてから少しずつ気持ちが落ち着いてきたのです。B医師にかかってから3ヵ月後には再就職も決まりました。決まった頃、元々肥満体型だったのですが、右膝が少し痛み出したことと、体重が増えてきたこと(食事の量は控えるようにしていました)、乳腺が少し強張って痛むことを伝えたところ、「それじゃドグマチールを止めて見ましょう」ということになり、この症状はほどなく消失しました。また、朝下痢気味なことを伝えると、ブルゼニドも止めることになりました。
再就職が決まった会社は、やはり小さな会社でしたが、実家から通勤できることと、上司や後輩も良い人で、仕事が少しずつ楽しくなって来ました。ここで自己判断で薬を止めてリバウンドしては元も子もないので、B医師の所への通院は月に1回くらいの割合で継続しました。 再就職が決まった頃のB医師の問診で憶えていることは、「職場に怖い上司や先輩はいませんか?」「通勤途中で渋滞でイライラしたりはしませんか?」「オフィスは暑かったり寒かったりはしませんか?」ということでした。うつ病にあまり関係ないのでは?と思いましたが、今思うとうつ病を悪化させる要因がないかどうかをこういう形でB医師は確認していたのではないかと思います。
(3)減薬、そして寛解へ
薬物療法はそのままでしたが、夜は疲れているときなど、睡眠薬を飲まなくても眠れるようになりました。ハルシオンは、朝少しぼんやりすることがあったので、そのことをB医師に話すと、薬をレンドルミンに変更してもらいました。仕事は公害検査で、どちらかと言うと肉体労働的なことも多く、通勤も車で30分近くかかるので、この疲れもあったかと思います。
B医師にかかって3ヵ月後、睡眠薬を止めることになりました。B医師は「もし、また不眠が出てきたら処方してあげるから、いつでも連絡ください」と言ってくれました。 その1ヵ月後には、プロチアデンとレキソタンが朝晩2回に減薬、また1ヵ月後にはプロチアデンとレキソタンが寝る前1回だけに減薬、更に1ヵ月後にはレキソタンが就寝前1回だけ、そして最後にはもう服薬の必要はありませんと、治療が終わりました。B医師は薬を飲んでいて何か具合が悪くなったりしないか、また他の科にかかるときは必ず飲んでいる薬を伝えるようにと良く言っていました。 通院していて一番心配だったのは、心療内科に通院していることが会社にばれてしまわないかということでしたが、B医師は一般内科も標榜していることと、保険関係書類には、共同でやっている調剤薬局の名前で明細を出しているため、会社にB医師の名前がばれることはありませんでした。
(4)杞憂だった心配事
薬を減薬したころ、仕事への意欲が出てきたのか、色々国家試験を受けようと受験勉強を始めました。しかし、多少の無理は効くようになったのはひょっとしたら躁転したのではとB医師に相談しましたが、私の心配は一笑に付されました。 B医師の意見は「確かにプロチアデンで躁転という事例が報告されたことはある」「しかし、自分がプロチアデンやレキソタンを処方した患者さんで、躁転した事例は一例もない」「躁転は薬を増薬したときは心配しなければならないが、減薬して躁転したという可能性はほぼゼロです」でした。 当時、同居している祖母(93歳)が私が実家に戻ってきたのを良いことに、どこそこに連れて行ってくれだとか、人の悪口を延々と何十分も聞かせることに嫌気がさして、イライラして怒鳴りつけてしまうこともしょっちゅうでした。このことは躁転ではないかとB医師に相談したところ、B医師は「違います」とあっさり否定しました。B医師は「お祖母さんはもうろくしているのか?」と聞いてきたので、「少々ボケてはいますが、自分のいる部屋までは足が悪いので付いて来ません」と答えた所、「失礼なことを言うようだが、一緒にいてストレスになる人は、健康面で心配がないなら近づかないでいれば良いのではないか?イライラしているとうつ病の回復にも良くないですよ」とアドバイスをいただきました。
(5)終りに
通院をやめて間もなく1年になりますが、うつ病だったときのイライラなどは殆どありません。B医師の治療は風邪や消化不良で内科にかかったときのような対応でしたが、結局1年足らずで治った事を思うと、カウンセリングばかりする医師よりも、本当に病気を治せるお医者さんが一番良いお医者さんであるということが分かりました。 病気のとき、林先生のサイトのQ&Aの実例の中には見ていてフラッシュバックすることもいくつかありましたが、参考になることも多々ありました。うつ病で苦しんでいる患者さんは、あまりドクターショッピングをしないで、納得できないことは主治医にきちんと相談して、それでも埒があかないなら転院を考えても良いと思います。長くなりましたが、私の体験が少しでもお役に立てればと思いメールを書きました。
林: 貴重な体験をご報告いただきありがとうございました。多くの読者にとても参考になる経過だと思います。自己の病気とそれをめぐる状況についての質問者の洞察はほぼ的確だと思います。ただ唯一、指摘したほうがいいと思われるのは、ご質問のまさに主旨にかかわること、すなわち、ご質問の題でもある、
薬物療法だけでうつ病が治りました
というのが、このケースに本当にあてはまるかどうかということです。
質問者が
林先生の精神科Q&Aで、「薬物療法だけでもうつ病は回復する」というメッセージ
と言っておられるのは、おそらく
【0067】うつ病は投薬だけで良くなりますか
の回答などのことを指しておられるのだと思います。
【0067】の回答では一行目に確かに「良くなると思います」とあります。それ自体、事実ではありますが、【0067】の回答の二行目以下にもある通り、うつ病の治療が薬だけでいいといわけでは決してありません。長時間をかけたカウンセリングはうつ病には不要なことが大部分ですが、通常の外来診察の中にカウンセリング的な要素を取り入れるのが、うつ病治療の普通のやり方です。たとえば笠原嘉先生のいう「小精神療法」のような内容です。(笠原先生の本はうつ病のページに紹介してあります)
【0067】でも、ご本人はそれと意識されていなかったようですが、実はカウンセリング的な治療は行われていたのではないかということを示唆いたしまたが、この【1949】でも、
B医師の治療は風邪や消化不良で内科にかかったときのような対応でしたが、
その何気ない対応の中に、カウンセリング(精神療法)的な要素がかなり含まれていたのだと思います。【1949】のメールの中に書かれている医師との具体的な対話の中にも、それを窺うことができます。
うつ病のカウンセリング(精神療法)とは、こうしたものです。うつ病の治療は、抗うつ薬を中心とし、この【1949】のように、精神療法の要素を含ませるというのが最も適切です。
なお、もちろんこれは、本物のうつ病にのみあてはまることです。擬態うつ病にはあてはまりません。現代では、多くの擬態うつ病が存在するため、うつ病の最適な治療が何かということが混乱しているという現状があります。
(2011.2.5.)