精神科Q&A
【1496】世界全体が邪悪なものだと感じられるようになる
Q:
40代男性です。林先生の統合失調症 患者・家族を支えた実例集を読んで、感銘を受けました。今日は私の友人(20才台、女性)についての相談です。その友人は過去にパニック障害と強迫性障害と診断されたことがあり、現在もパニック障害の治療で定期的に通院しているのですが、つい先日、半年程前から、ときどきわけのわからない「ボンヤリ感」や「信じられない気分」に悩まされていると言ってきました。そして「ボンヤリ感」や「信じられない気分」が一段落した後には、必ず不安感に襲われ、暴力は振るいませんが、暴力的な気分になったりするそうなのです。私は実際にはそのような状態になった友人を見ていませんので、友人が話した内容を書くだけなのですが、林先生の書籍を拝見して、素人ながらこれはパニック障害や強迫性障害とは違って、統合失調症の初期症状ではないかと、ふと感じました。ちなみに普段の友人は、健常者と全く変わりません。私はその姿しか見たことがありません。妄想症状に陥るのは統合失調症と同じなのですが、幻聴のようなものはなくて、誰かに指令を受けるのではなく、自分から誤ったことを感じてしまうのです。ちょっと心配になりましたので、近々病院に付き添って行こうと思っています。 以下、「信じられない気分」の具体的な症例です。友人からのメールを、少し加筆修正しました。
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「信じられない」と思考してしまっている時は、世の中で起こっている事が全体的に理解できなくなり、世界全体が邪悪なものに思えてしまいます。そして、「こんな世界の中で笑ったりしている人達の神経が信じられない」「こんな世界の中で、普通にしていられる人達が信じられない」という風になってしまいます。 周り全部が不気味な世界に見えてきて、そんな不気味な世界に順応して、普通に笑ったり歩いたりして生きていっているように見える人達が気持ち悪いものに思えてくるのです。そして、人が作りだしたモノや建物など、もう漠然と全ての事が不気味に思えてしまい、本当に自分が心から安心して接している限られた人達の事しか見たくないし、話したくないし、関わってほしくない気持ちになってしまいます。 そういう状態になっている時に、悲しい現場や普通に考えて「良い」と思えないもの(例えば、救急車や病気や嫌なニュースなどです)を見たり聞いたりすると、本当に私が今生きている世界はとてつもなく嫌なところだ、となってしまい、最悪な気持ちになって、絶望的になり、とても気分が悪くなります。そんな時に、作りこまれたものを見ても気持ちが悪くなります(お化粧が濃すぎる人や、装飾された車など)。またそんな時に、普通の状態なら取り立てて好きでも嫌いでもない人から連絡があったりすると、話やメールの内容に関わらず、最悪な気分になります。 そしてまた、「こんな最悪な世界で普通にしていられる人達は頭がおかしい」という気持ちになり、世界には人がたくさんいる、不気味な人達がたくさんいる、そんな人達がたくさんいるこの世界に私もいる、となり、上に書いたような気持ちの繰り返しになります。 外にいる時に、こういう状態になると不安なので、誰かに助けを求めたくなるのですが、周りの人達全てが不気味に思えるので話しかけられないし、あまり親しくない人や、赤の他人に「なんだか世界が変だから怖い」というような話をすると、頭がおかしい人だと思われてしまうだろうと自制心が働くので、実際に助けを求めたことはありません。 しかし話しかけてしまった事は多々ありますが(タクシーの運転手さんなど)、やっぱり自制心が働いたので、話の内容は「変な世界について」ではありません。家にいる時は、誰かに連絡をしてしまいます(私が安心できると思った相手に連絡をします。その時も、「世界が変だと思った事」は言いません)。 今は普通の状態なので、世界が変だと思わないし、人間に対して不気味さを感じてもいません。そういう状態になってしまった時に、上に書いたように感じてしまって、頭の中から、その思考を振り払おうとしても、無理です。
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やはり統合失調症なのでしょうか?一刻も早く治療を受けたほうが良いと思われるでしょうか?友人が心配になって来ましたので、お返事を掲載していただければ幸いです。
林: この20台の女性は、統合失調症の初期だと思います。本人のメールにある、「世界全体が邪悪なものに感じられる」を基調とする体験は、妄想気分と呼ばれるものに一致します。妄想気分とは、統合失調症の初期症状として昔から知られているもので、何か異様なことが起こりつつあるという確信を持ってしまい、しかしその「何か」が何であるかを特定できず、外界に漠然とした不気味さや、言いようのない不安感を抱くというものです。妄想気分とその周辺に関しては、【1470】に解説しましたのでご参照ください。
また、
幻聴のようなものはなくて、誰かに指令を受けるのではなく、自分から誤ったことを感じてしまうのです。
これは自生思考(じせいしこう)と呼ばれるものに一致します。自生思考も統合失調症の初期(それも、いわば最初期)の症状として昔から知られているもので、自分の中から自分のものでない考えが自然に生まれてくるという体験です。
ひとつの典型的な経過は、
自生思考
↓
考想化声 (自分の考えが声になって聞こえる)
↓
幻聴 (他人の声が聞こえる)
というものです。
これらに共通しているのは自我障害です。つまり、本来なら自分のものである考えから、まず自分のものであるという感覚が失われ(これをagencyの障害と呼ぶこともあります)、次にそこに「声」という知覚体験が加わり、さらには自分の内部から外部に定位され、幻聴という症状に結実するのです。(実際にはこの経過は、よほど密接かつ詳細に問診しない限り、観察できることはなかなかありませんが)
この【1496】に戻りますと、妄想気分と自生思考という、統合失調症の初期に典型的な症状が現れていることから、
やはり統合失調症なのでしょうか?
その通りです。
一刻も早く治療を受けたほうが良いと思われるでしょうか?
その通りです。統合失調症のこの時期には、突発的な激しい行動が取られることも稀ではありません。現に本人が「暴力的な気分になる」とおっしゃっていることも気になるところです。一刻も早い治療が必要です。