精神科Q&A
【1421】便通にこだわり、不安発作を繰り返す母
Q: 私は神経内科医をしております。ご相談させていただきたいのは私の母親(60歳代)のことについてです。
元来、非常にまじめで責任感が強くそれまでは家族の皆が頼りにする母親でした。
母は57歳時に一度過呼吸で救急車で病院に行ったことがあります。それまで時々抑うつ傾向があったように記憶していますが、精神科通院もせずに自然軽快していました。
その後、耳管狭窄症によるひどいめまいがあり、私の職場にもたびたび電話をするようになりました。
当時、私は母に耳鼻科ではなく精神科に行くように言いましたが、母の怒りをかうだけでその訴えは聞き入れてもらえませんでした。
その後しばらくして元気になったのですが(58歳の一年間)、次は下痢症状が続き、消化器科では癌の検査を続け(母は祖父が肺がんで58歳で死亡していることもあり癌に対する恐怖心が非常に強いです)、結果、過敏性腸症候群と診断されました。
ただ、それによる症状に大騒ぎをし、父にはずっと体をさすらせたり、私のところにはいつも電話がかかってくるようになりました。
そんな中、元来持っていた甲状腺腫瘍が悪性の疑いがあると言われたことをきっかけに、ひどい抑うつ状態となりました。
手術までの1ヶ月間は父によると、どうして甲状腺腫瘍を手術してとっておかなかったのかと嘆き悲しみ一日中ふさぎこんでいたようです。
過敏性腸炎の症状はこの間ずっとありました。
ただ、手術してみると良性ということがわかり、これで症状は軽快すると信じていたのですが、結局過敏性腸炎はずっと続いていました。(この間もずっと胃がん、大腸がんを不安に思い続けて検査を繰り返していました)
そして最初の過呼吸より約3年経過し、私の意見を聞き入れようやく精神科を受診してくれました。
そこで初めてドグマチールが処方されました。確か一日100mgだったように記憶しています。
それによって嘘のように元気になり、もとの母にもどったかのようで数週間は元気に過ごしていました。この間下痢もおさまっていました。
ただこの3年間、寝る前にはデパスを0.5mgを内服していたこともありました(私が処方しておりました)
そして、そのドグマチールを内服し始めて1ヶ月後、不正出血があり婦人科を受診。
そこで癌だと診断されました。(59歳から60歳時)
これには私も一緒に大変ショックを受け、母は嘆き悲しみ、私は鬱を発症してしまいました。
癌は早期でしたが、残念ながら病理が悪くかなり拡大手術をせざるをえなくなりました。
術後のイレウスのおきやすさなどを考えると、かわいそうな決断でしたが、命には代えられないとその方法を選択しました。
この間(手術前)、母の過敏性腸炎の症状と鬱症状はずっと続いており、この間ドグマチール150mg、デプロメール開始(一日50mg)、睡眠薬としてレンドルミン、デパスは不安が強いときの頓服が処方されていました。
幸い手術はうまく行き、そのステージも非常に初期でしたが、ものすごいリンパ節郭清をしたために術後すぐにイレウス状態となってしまいました。
退院後は最初はまだ活気があった母からだんだん生気がなくなり一日中寝て過ごす毎日で、ごはんもずっと目をつぶって食べる状況が続いていました。
この間デプロメールは一日100mgまで増量、ドグマチール150mgに加えデパスが基本的に一日1〜3錠程度を頓服で飲むという毎日でした。
うつ症状はほとんど改善されず、約半年程度ほぼ廃人のような生活をしていました。
便秘になるとイレウスの恐怖があるため排便コントロールを病的に行っていました。
かかりつけの精神科医はお腹の動きを止めてしまうような薬は処方は難しいと言われていました。その説明に私自身も確かにそうだと納得してきました。お腹の調子がいいときは鬱の症状も軽減されることが多かったからです。
ただ、パキシル10mgをトライされたこともありましたが手がふるえいわゆるセロトニン症候群のようになり中止。
トレドミンも同様の症状で中止となりました。
術後半年後より過呼吸発作と不安発作が頻発するようになり、息もたえだえの不安発作が一日中出現することもしばしばでした。電話で話をしているときもずっと息をはーはーとさせており、いわゆる過呼吸発作ではない不安からくる恐怖のような印象をうけました。
これに対してはワイパックス・コンスタン・レキソタンなどが試されましたが、デパスが一番よく効果があり、またリボトリールもある程度の効果があるため、デプロメール150mg、ドグマチール150mg、デパス一日1,5mg程度、リボトリールも1〜1.5mg程度で、後は父がほとんどつきっきりで見張っているという感じでした。自殺念慮も強く首をつる行為もしばしばあったようです。
一年後私が妊娠したのをきっかけにさらに鬱がひどくなりました。(ずっと母を支えていこうとしていた私がいなくなると感じたのかもしれません。)
妊婦の私のところに電話をして、死にたい、死にたいを繰り返していました。
ただ、この頃母のお腹の調子はずっと悪く腸閉塞寸前の状況であったことは事実です。
そして私の出産日当日、あえてその日に胃カメラをしていた母はその後イレウスとなり緊急入院となりました。
ただ、その入院によって腸閉塞の治療とともに全身の検査(癌がないかどうか)をしていただき、抗うつ薬の変更なく症状はよくなり、退院してきました。
私の出産後しばらく半年ほどは比較的元気に過ごせていました。(61歳〜62歳)
この間もデプロメールを減量したいという訴えに、精神科医はしばらくこのままで続けましょうとの説明で、母もそれに従っていました。
そんな中、今度は父が前立腺がん・膀胱がんがわかり、しばらくがんばって支えていた母ですが、膀胱癌が何度か再発したのをきっかけにまた鬱症状が出現し始めました。
そして、父がたまたまとったCTで肺がんもあることがわかった時、母はほぼ一日中パニック発作を繰り返すようになりました。
父の体調のことではなく自分のことしか考えられない状況に陥っていました。
けれども父の肺がんの手術が終わり、父とまた過ごせるということになったら、まったく同じ処方でほぼ以前の元気な母に戻っていきました。(63歳時)
しかし、また今度はお腹の調子が思わしくないことがきっかけに又ひどい鬱症状と一日中続く不安発作が襲ってくるようになりました。
母の訴えではイレウスになりそうに思うとのことで、一度私の家で点滴をしながらお腹の調子を見てみましたが、イレウスという状態にはほど遠く、むしろ過敏性腸炎のような印象ももつほどでした。
あえぐように声を出し一日中不安発作を持つ母親とそれを支える父親という感じです。
最近、非常に強い不眠となり、マイスリー、レンドルミン、ユーロジン、ロヒプノールなど6錠程度の内服でも効果がないことがあります。一度だけまったく眠れない日があったのですが、翌日は、ほぼ前の母のように元気になったようですが、その夜にはひどい不安発作が襲ってきたようです。
ただ、この状態を今の精神科医(主治医はこの間ご転勤をきっかけに変わっています)は知ってはいますが、薬の変更はしてもらえていません。
どうしても、腹部の症状というのがネックであるのと、母親もそれを非常に怖がっているため、三環系抗うつ薬は使えないと主治医からも言われています。
この制限された状況での鬱の治療は難しいかと思うのですが、術後ほぼ5年が経過し、イレウスにもなりにくくなっているかとも思いますし、もう少し薬の工夫などが可能なのかどうか一度ご相談したく思っております。
1)うつ病ということでいいのでしょうか
2)一日中続くあえぐような息の不安発作に対する方法としてはどういった方法があるのでしょうか(デパスは最近ほとんど効果もなくリボトリールもほぼ効果なしです)一度私の判断でテトラミドを処方してみたら眠気があるため少し軽減しましたが、ほぼ一日中横になるという状態になります。
3)今まで何とか父親の前でしかしていなかった自殺行動を父が眠っているときにして、口の中などを怪我しています。これにより入院を考えすすめましたが、母の精神病院入院への偏見が強いこと、又もしイレウスになってしまったときに精神科入院ではどうしたらいいのかなどを考え踏み切れずにいるようです。
4)SSRIではデプロメールしか飲めないこと、(ジェイゾロフトはためしていません)しかしこれではほぼ効果はないといっていいのかとも思えるほど症状がひどいことから、何とか別の薬剤への変更ができないかをご相談したいのです。
テトラミドだけでの効果なども望めるのでしょうか。あるいは抗精神薬などを追加したほうがよいのでしょうか。
5) 電気けいれん療法も視野にいれたほうがよいのでしょうか。経過は約6〜7年、この間非常に調子がよかった期間は計2年ほど。
器質性疾患も最初は疑いましたが、神経内科医として見ても明らかな認知症や他の変性疾患は考えにくいように思います。
ただ、ほぼ自分のことしか考えられず、性格異常なども一因なのかとも愚考いたします。
とりとめなく書きまして申し訳ございません。何とぞよろしくお願い申し上げます。
林:
1)うつ病ということでいいのでしょうか
症状はうつ病に一致しています。しかしではこの【1421】のケースの診断がうつ病といえるかどうかということは、うつ病という概念の根本にかかわる問題です。
つまり、このケースの経過を見ると、うつの症状は、ご自分やご家族の癌など、何らかの強い心理的ストレスに引き続いて始まり、そのストレスがなくなったり小さくなったりするのに引き続いて軽くなっています。このような形を取る場合、そのうつの症状(「うつ状態」と呼んでもいいでしょう)が、病気なのか、それともストレスに対する正常な反応なのかは、判断が難しいものです。
ご自分やご家族が癌にかかれば、それは誰にとってもストレスであり、ある程度のうつ状態にはなるでしょう。そのすべてが病気(うつ病)ではないことは言うまでもありません。ではどこからが病気でしょうか?
癌というストレスに対する普通の人の反応よりも強いうつ状態なら病気ということになるのでしょうか? 普通の人の反応だとしても、とにかくある程度以上強いうつ状態なら病気ということになるのでしょうか? ストレスに対する反応であれば、それは正常な心理ですから、いくら強くても病気ではないということになるのでしょうか?
これらは今のところ誰にも答えられない問いです。現代のマスコミ的風潮ですと、「ストレスに対する強いうつ状態は、病気=うつ病」という考え方が蔓延していますが、それは本来のうつ病の概念からは外れるものです。
そしてこの【1421】のケースでは、もともとの性格の影響もありそうです。そうなると問題はさらに複雑になります。仮にもともとの性格が偏っていて、そのためにストレスに反応して強いうつ状態になりやすいのだとしたら、ではそれは病気でしょうか? 病気ではないのでしょうか? これは、パーソナリティ障害(人格障害)を病気と考えるかどうかという問題につながります。
というような問題はあるのですが、おそらくこの【1421】の質問者(神経内科の先生ですので)はご承知の通り、現代の代表的な診断基準であるDSM-Wでは、原因の如何にかかわらず、一定以上のうつ状態であれば、それはうつ病(=Major Depression)と診断することになっています。そのように診断することには多大な問題があることはしばしば指摘されていますが、現実にはたとえばストレスに対する反応はどの程度までが正常かということは誰にも判断できず、また仮に判断できたとしても人によって判断の基準は違ってきますから結局は判断できないことと同じなので、Major Depressionという概念を受け入れざるを得ないというのが現状です。
というわけで、解説が長くなりましたが、ご質問1) への回答は、端的にいえばイエスです。つまり、原因論についての複雑な問題はあるものの、現代の診断基準に従えばこのケースはうつ病としていいでしょう。
2)一日中続くあえぐような息の不安発作に対する方法としてはどういった方法があるのでしょうか(デパスは最近ほとんど効果もなくリボトリールもほぼ効果なしです)一度私の判断でテトラミドを処方してみたら眠気があるため少し軽減しましたが、ほぼ一日中横になるという状態になります。
通常であれば、抗不安薬をいろいろ試し、最もよく合うものを用いるというのが定法ですが、おそらくこのケースではそれはもはや難しいでしょう。しかも抗不安薬の依存になりやすいタイプと思われますので、お勧めできません。抗うつ薬の処方の工夫か、または電気けいれん療法ということになるでしょう。また、症状への性格の影響も大きいと考えられることから、薬だけでなく精神療法の効果も期待できます。
3)今まで何とか父親の前でしかしていなかった自殺行動を父が眠っているときにして、口の中などを怪我しています。これにより入院を考えすすめましたが、母の精神病院入院への偏見が強いこと、又もしイレウスになってしまったときに精神科入院ではどうしたらいいのかなどを考え踏み切れずにいるようです。
当然のことですが、イレウスの治療も可能な精神科への入院を考慮すべきでしょう。
4)SSRIではデプロメールしか飲めないこと、(ジェイゾロフトはためしていません)しかしこれではほぼ効果はないといっていいのかとも思えるほど症状がひどいことから、何とか別の薬剤への変更ができないかをご相談したいのです。
テトラミドだけでの効果なども望めるのでしょうか。あるいは抗精神薬などを追加したほうがよいのでしょうか。
イレウスのことを考えると、三環系抗うつ薬の使用は困難と思われますが、それ以外の抗うつ薬は、すべて試みる価値はあります。また、少量の抗精神病薬の追加も有力な方法です。(ただし少量です。抗精神病薬も腸の運動を抑制するからです)
5) 電気けいれん療法も視野にいれたほうがよいのでしょうか。経過は約6〜7年、この間非常に調子がよかった期間は計2年ほど。
もちろんです。これまでの経過からすると、むしろ、薬の処方を工夫するより先に、電気けいれん療法を行なうべきかもしれません。