精神科Q&A

【1265】60代で統合失調症を発症した母が、電話診療と服薬だけを続けているのですが


Q:   60代の母は、同じく60代の父と実家で2人暮らしをしています。私は同じ県内ですが別のところに家族で住んでいます。なお、私に兄弟はありません。

以前、母を精神科に受診させる際に、精神科 Q&A は大変参考になりました。最近、先生の 統合失調症 患者・家族を支えた実例集 を見つけまして購入させていただきました。改めて通読すると大変分かりやすく、父に読ませて正しい知識を身に付けさせるのに役立ちました。
その恩返しと言うのもおこがましいのですが、何かの参考になればと思い、質問というよりは母の経過の報告が主になりますが、メールを差し上げる次第です。

母の発症は、一昨年の9月頃でした。最近の Q&A で申し上げますと、きっかけは【1100】が近く、その後の被害妄想は【1103】が近いです。

私が知ったのは、ある日突然届いた手紙でした。地上げ屋に狙われて嫌がらせを受けている、盗聴の可能性があるから電話はするな、手紙も盗まれるといけないから個人名は出すな、と奇異な内容で驚きました。
取り敢えず勤務先から社用の封筒で返事を出し、実家に行ってみて驚きました。母は、昼間なのに雨戸を閉め切って部屋の中で怯えながら生活していたのです。

母の手紙や直接聞いた話によれば、道を歩いていて人とぶつかりそうになったことがあり、そのことを隣人に話したところ、それは地上げ屋が人を使って嫌がらせをしているのだと言われてしまい、そこからおかしくなってしまったようです。
その隣人というのが、昔からゴミ出しなどでトラブルをたびたび起こす人だったのですが、最初のうちは母はその人にあれこれ相談をしていたようです。実家では長いことセコムのホームセキュリティに入っていたのですが、その隣人に「セコムが留守の情報をヤクザに流して、それで嫌がらせをしてくる」と言われたようで、さらにその隣人に付き添われて消費生活相談センターに行き、苦情を言うと共に解約を申し入れてきてしまいました。ホームセキュリティを解約してしまってからは、雨戸を開けられない生活になってしまい、思い余って私に手紙を送ってきたのです。

きっかけが妄想である可能性も充分考えられると思いますが、原因を作った隣人の過去の言動から、面白半分でからかわれた可能性も否定できず、発症の引き金になったのではないかと私は考えています。

まず、私はセコムがこのような犯罪行為に加担した事実がまったく見当たらないことから、母に対してその隣人が嘘を言っているのではないかと指摘しました。そうしたら、母はその隣人が自分の土地を目当てに嫌がらせをしているのだと思うようになり、被害妄想が進んでいくようになりました。これは現在に至るまで変わりません。
幸い、セコムに対する疑いは素直に晴れましたので、私の方から再契約の手続きをして機器を設置したところ、かなり安心して雨戸を閉め切る生活は終わりました。しかし、被害妄想は続きました。

他の例にもよく見られるように、最初のうちは「あり得なくもない」レベルの妄想でしたので、分かりませんでした。そのうち、「近所の人は皆買収されている」「自治会も牛耳られている」「郵便局も買収されていて届く郵便物の差出人の情報が漏れている」などと訴えるようになりました。ちなみに、電話盗聴については、私が IT 関係に勤めていることもあり、心配はないことを説明し納得してくれました。しかし、知らない発信者番号からの電話は、「在宅を確認しているのだろう」と全く電話に出ようとしなくなりました。これのおかげで、宅配の荷物を受け取れなかったこともあるのですが、これも「業者が買収されて嫌がらせをしている」などと、ある意味典型的な被害妄想を訴える始末でした。

また、「外出すると人が大勢出てきてつけ狙いをされる」と訴えるので、私も一緒に外出したのですが、私が一緒だと嫌がらせが少なくなると都合のいい解釈で自分の妄想を正当化しました。また、立ち話をしている人を見ると「あの人も買収されて自分を見張っている」、携帯電話を操作しているひとを見ると「メールで自分の挙動を報告している」、駐車している車に人が乗っていると「自分を見張っている」、その車がハザードランプを点滅させていると「見張っていることを分からせるようにわざと点滅させている」などなど、典型的な注察妄想・関係妄想も訴えました。

当初、私も統合失調症のことが分からずに、母には躍起になって反論したりしたのですが、これが無駄であったことは明らかです。特に、父に対しては「鈍感だから気付かない」とはなから聞く耳を持たない状況でした。余談ですが、父はややだらしない性格で、一番しっかりしているのが母であったため、家のことは全て母が仕切っており、発症前から父はあまり発言権がない状況でした。

こんな状況で母が普通でいられるはずはなく、「常時監視されているストレスでおかしくなってしまう。」と訴えるため、発症の翌月、一昨年 10月に近所のメンタルクリニックを受診させました。そこで、母は嫌がらせの内容を切々と訴えたのですが、先生はセルシンとデパスを処方してくれただけでした。今思えば、その時に抗精神病薬を処方していただければと悔やまれます。

何度か通院していましたが、そのうち「病院に行くとつけ狙いがひどくなる」と訴え始め、私と一緒に待合室にいても、「あの男が見張っている」など訴えるようになり、通院をやめてしまいました。
その後は、医師をしている親戚に頼み込んで、安定剤の処方をしてもらっていたようです。

そしてこれまた典型的な症状ですが、「もうここには住めない」と引っ越しをしてしまいました。昨年の2月のことです。仕方がなく私が手続きをして、私と同じ市内の団地の空室に入居しました。引っ越して数日間は非常に安心していたようですが、やがてすぐ被害妄想を訴え始めたのもよくある例の通りです。
「やはり引っ越しの車の後をつけられていた」「もう団地の自治会を買収したみたいだ」などから始まり、「上の部屋と下の部屋がグルになっている。」「部屋にいることを下の部屋の人が上の部屋に伝えて、床をどんどん叩いて眠らせないようにしている」など、幻聴らしき訴えもするようになりました。

ただ、不思議なのは父も一緒になって、夜中にうるさいと訴えていたことです。母の妄想につき合わされているうちにそう思い込むようになってしまったのか、それとも集合住宅に住んだことがなかったので通常聞こえる程度の足音に過剰反応しているのか、よく分からないのですが、父が同調してしまったことで、エスカレートしてしまったようです。

そのうち、「下の部屋は上とグルだから」とドンドン鳴らされたら自分も床を叩いて仕返しをしていると言い始めたので、これは看過できないと思い、前述の医師をしている親戚に私から相談しました。その結果、統合失調症の症状に酷似しているからすぐ専門の先生に見せるようにとアドバイスをいただけて、私は初めて事態が理解できました。
この際、いろいろ調べていて、精神科 Q&A にたどり着き、母の症状が明らかな統合失調症であることに確信を持ちました。その際は大変お世話になりました。

ここまで来てしまうと、精神科を受診させるのも一苦労なのですが、親戚の人がやはり直接受診して安定剤を処方してもらうように説得してくれたのと、私が内科の看板をメインで掲げている精神科の開業医の先生を(当時母が住んでいた)近所で見つけて(メンタルクリニックといった名称だと嫌がらせの元になると母は嫌がっていたのです)、何とか連れていくことが出来ました。昨年の2月です。

先生曰く、「よく連れて来られましたね。」と驚かれたほどでしたが、おかげですぐに統合失調症と診断をいただきまして、リスパダール1mg とアーテンを1日1錠、デパス 0.5mg を1日2錠処方されました。
但し、この時も母は「待合室に怪しい男がいて見張っていた」「やはり後をつけられている」と訴え、金輪際医者には行きたくないということになってしまいました。
しかし、不幸中の幸いで、薬は先生に言われた通り服用してくれたようで、病識がないのは相変わらずですがひどい妄想は訴えなくなりました。また、本人も不安感がだいぶ収まったようで、先生を信頼するようになり、最悪の事態は避けられたと思っています。
但し、本人は通院をかたくなに拒否するため、その後は私が先生のところへ行って薬を処方していただくことが続いています。

リスパダールを服用し始めて1ヶ月ほどしたら、「どこにいても嫌がらせされるのは同じだから、家に戻ろう」と言い始めて、昨年の4月には団地を引き払って自宅(私の実家)に戻りました。
その後は、家の中では普通に生活できるようになり、近所の散歩・買い物程度は外出できるようにもなりました。ただ、母に言わせれば「最近はお金(買収資金?)が続かなくなったのかつけ狙いの人数が減った」「人がつけて来るけれど構わず買い物をしている」とのことで、妄想が完全に消失はしていません。
また、人混みの中へ出かけること、特に列車やバスなどに乗ることを極度に嫌がり、遠くへ出かけるのは全て私が運転する車になってしまいました。先生によれば、対人恐怖とひきこもりが見られるとのことです。
相変わらず通院はいやがるので、先生も無理強いはせず、私が行った時に電話で問診をしてくださいます。昨年の秋にできれば連れて来られないかと先生にお願いされたので、昨年 11月にどうにか説得して車で連れて行ったことがありますが、それが不安の種となってしまったようで(もちろん先生にも訴えていました)、先生も仕方がないですねと電話での問診が続いている状態です。

今年の春先までは小康状態を保っていましたが、最近はまた少し悪化してきたようです。というのも、相変わらず知らない電話番号の着信は取らない、門扉は施錠するといった生活をしているため、最近宅配の荷物が送り返されてしまったことがあったようです(インターホンが玄関にしかないため、門扉を施錠してしまうと来訪者はなす術がない)。それを運送業者にクレームしたようなのですが、「のらりくらりと回答をかわされる」「言うことが一貫していない」挙げ句には「やはり買収されていて嫌がらせて荷物を届けてくれない」などと訴えるようになりました。私が思うに、理不尽なことを訴えるために、運送業者も対応に困っているのではないかと想像しています。
もっとも、私と直接会っても、発症前と変わらない感じですし、父がいるところでは妄想は全くといっていいほど口に出さないので、見た目は変わらないのですが。

どうやら、母は主治医の先生と私だけを信頼しているようで、先生が電話で問診した時にもいろいろと被害を訴えているようです。前回は、少しお薬を増やしてみましょうということで、リスパダールが1日2錠になりました。母はデパスを飲むと調子が悪くなると訴えたようで、デパスの代わりにリスパダールを1日2錠飲んでもいいという言い方で先生は説明してくれました。

長くなりましたが、これがここ2年近くの母の経過です。
現在の主治医の先生は、母が 60代と高齢のために薬物投与に慎重になっています。しかも、母が通院をいやがるために、積極的な処方ができないことを心配されています。先日ようやくリスパダール増量に踏み切りましたが。
先生は紹介状はいつでも書いてくれるとおっしゃっていて、どこでもいいから本人を直接診てくれる近所の先生に行けないかと提案してくださるのですが、本人がかたくなに拒むために難しい状態です。
やはり、多少無理してでも近くの先生に連れていくほうがよろしいのでしょうか。強引なことをして、先生や私に不信感を抱いてしまい、服薬拒否になってしまうことを考えると踏み切れない状況です。
もし、林先生からなにかアドバイスがあれば頂戴できれば幸いです。


林: 症状・経過を詳細にお書きいただきありがとうございました。多くの読者の方々に貴重な参考になることと思います。

あらためて言うまでもないことですが、お母様は、発症が高齢であったことを除けば、典型的な統合失調症です。ですから、最初に受診されたときに、

「常時監視されているストレスでおかしくなってしまう。」と訴えるため、発症の翌月、一昨年 10月に近所のメンタルクリニックを受診させました。そこで、母は嫌がらせの内容を切々と訴えたのですが、先生はセルシンとデパスを処方してくれただけでした。今思えば、その時に抗精神病薬を処方していただければと悔やまれます。

こうあなたがおっしゃるのは実にもっともで、なぜこのときに抗精神病薬が処方されなかったのか、理解に苦しみます。
ここで治療開始のチャンスが逃されたことにより、事態は悪化することが当然予想され、事実、悪化したのですが、それでもご家族の皆様のご努力により、良い先生に受診しなおすことが出来て本当によかったと思います。

そして症状はかなり改善されたわけですが、

相変わらず通院はいやがるので、先生も無理強いはせず、私が行った時に電話で問診をしてくださいます。昨年の秋にできれば連れて来られないかと先生にお願いされたので、昨年 11月にどうにか説得して車で連れて行ったことがありますが、それが不安の種となってしまったようで(もちろん先生にも訴えていました)、先生も仕方がないですねと電話での問診が続いている状態です。

この状況が好ましいとはもちろん言えません。直接診察を受けられるほうがいいことは言うまでもありません。けれども、治療は何より信頼関係が重要ですから、お母様が今の先生を信頼され、たとえ電話ででも問診を受け、その結果をもとに先生が処方などの対応をしてくださっている限り、今の状態を続けることが次善ながらもお母様にとっては現実的最善と言うべきでしょう。できれば年に一回でも直接診察を受けたほうがいいのですが、どうしてもそれも無理ということであれば、このまま続けることを容認していいと思います。

なお、

ただ、不思議なのは父も一緒になって、夜中にうるさいと訴えていたことです。母の妄想につき合わされているうちにそう思い込むようになってしまったのか、それとも集合住宅に住んだことがなかったので通常聞こえる程度の足音に過剰反応しているのか、よく分からないのですが、父が同調してしまったことで、エスカレートしてしまったようです。

この現象は、感応性精神障害の色彩があります。お父様の状態の詳細が不明ですので何とも言えませんが、【1238】などをご参照ください。




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