精神科Q&A

 【1196】花が咲くとなぜ哀しいのでしょうか


Q:  私は47歳男性、職業はプログラマです。10年前に独立して事業を起こしましたが、残念ながら軌道に乗せることができず頓挫し、今は人材派遣会社を通じて契約社員として仕事をしております。
 さて、この三年間ほど、書きかけては止め、書こうとしては書けずにいたご相談を今回はようやく最後まで書き上げることができましたのでご一読下さればと思います。

 いま、梅の花が咲いています。
 こぶしの花も咲き始めています。
 花が咲くとなぜこんなに悲しいのでしょう。
 何年か前にはこんな気持ちに加えて「自分を殺せ!」という怒号が胸の中で渦を巻いていました。
 初めて不調に気づいたのはその半年前のX年7月でした。毎年春になるとひどく悪化するアトピー性皮膚炎の入院治療を6月に終えて、「さあ仕事に復帰して入院中の遅れを取り戻そう!」と意気込んでいたのが6月です。仲間に好条件の仕事をもらって、元気いっぱいで復帰したまではよかったのですが、その仕事がさっぱり手につかなかったのです。設計書を書くどころか下調べすら手につかず、焦りと不安で唯ひたすら悶々とするばかりで、2週間後の進捗会議では白紙の報告を出さざるを得ない状態でした。もう少し時間をくださいということでその場を凌いだのですが、その次の2週間も状況は変わりませんでした。自分でも異常を感じざるを得ず、ネットなどでうつ病のことを知りました。自己診断結果は「重度のうつ」でした。そして初めて近在の精神科を受診したのです。そのとき以来現在にいたるまで主治医はその医師です。

 主治医によると診断は、うつ病ではなくうつ状態、ということでした。後に私は配偶者を通じて、診断は抑うつ神経症ですか、と尋ねさせたところ、「あれぇそう言ってあるはずだけどなぁ」という返事だったそうです。
 当初は、ドグマチール100mg/Dとアモキサン50mg/Dという処方で始まりましたが、絶望感は募り、自殺を考えと悪化するばかりで、X+1年2月には、ドグマチール200mg/Dとトレドミン75mg/Dになりました。しかしこの頃には既に先生のHPを拝見しておりましたので、抗うつ薬の服用量が足りないのではないかという疑問があり、主治医に尋ねたところ、躁転してはいけないし、アトピーという合併症があるから慎重に処方しているということでした。

 しかし秋から始めたカウンセリングもさっぱり功を奏せず、ますます自殺の念は増すばかりでした。身辺整理をし、実家の両親にも挨拶に行きました。仕事関係も友人関係もすべて絶交してしまったので、もはや生きていても意味のない状態で、あとはいつどうやって死ぬかというだけになりました。意味なく生きていて家族に迷惑になるよりも私が死ねば5000万円の保険金が下りますからその方が家族にとってはよっぽど良いのです。この頃の私の生活は、夜は睡眠薬を飲んで寝つけても明け方前に目が覚めてしまい以降明るくなるまで寝られず、再び眠りに落ちるのが7時ごろでそれから夕方まで寝ていました。中途覚醒しない日は12〜14時間も寝たりして過眠の毎日でした。朝に気が重く夕方から軽くなるということはなく、その点ではうつ病ではないのかなとも思います。

 当時の私はいろいろと自殺を企図する一方で、この状態を何とか打開したいという気持ちもあって、私は主治医に抗うつ薬の増量を懇願しました。そしてトレドミンが75mg/D→100mg/D→150mg/Dと増量した時点で、それまでの絶望感が一気に晴れたのです。それまでどんなに寒くてもストーブの灯油を買いに出ることができなかったりしたのですが、そういうこともだいぶできるようになりました。残りは自殺念慮と時々湧き上がる悲しい感覚、そして意欲のなさでしたが、それでもあの圧倒的な絶望感から解放されたのは救いでした。

 X+1年5月の時点では自殺念慮もようやく薄れてきたのですが、春はアトピーが悪化する季節で、このときもかなり辛い状態でした。そこで主治医に相談したところ、近くの大学病院の精神科を入院前提ということで紹介してくれました。うつ病で精神科に入院しつつ皮膚科医に往診してもらうという体制をとってもらったのです。そして入院してあらためて診断結果をきいたところ内因性うつ病であるとのことでした。
 退院後は経過も良く、X+1年12月からは仕事にも復帰できました。その後、抗うつ薬を漸減して、2005年夏ごろから現在に至るまで、トレドミン60mg/D+テトラミド10mg/D(夜)で固定化しています。ただしこの間、中途覚醒も含めて睡眠の質がたいへん悪いので睡眠薬は数え切れないくらい処方が変遷して現在に至っています。ここ数ヶ月はようやく睡眠も安定してきましたが、それでも週末になると寝だめをしないと一週間持ちません。現在の睡眠薬処方は、サイレース2mg&ユーロジン1mgです。いまの私の自覚としては、医学用語の「寛解」というのが現在の私の状態であるに違いないというように思っています。つまりおおかたの症状が消えたが完治しているわけではないという状態です。
 
 これが大まかな経過なのですが、ここで私が疑問に思うのは、花が咲くとなぜこんなに悲しい気分になるのか、なぜ空が青いとこんなに悲しいのかということなのです。なんとか仕事は人並みにやれるようになりました。でもそれ以上の意欲が湧いて来ないのはなぜなのか、仲間たちはみんなビジネスに趣味にスポーツにと人生を謳歌しているというのに、なぜ私はこんなに情けないのかということなのです。相変わらずしょっちゅう忘れ物をするし……。

 私は二人の私を失いました。うつ状態になる以前の私とうつ状態のひどかった時の私です。好奇心と行動力に満ちた昔の私はもう戻ってこないのでしょうか。そしてこうも思います。うつがひどかった時の私は純粋だった、あの頃は無条件に自己を否定できた、私は掛け値なしに罪人だった。けれども今の私は命が惜しいのか我が身が可愛いのか、とにかく図々しくて自分を断罪する事もできないようになっている、と。

 先生はうつ病を取り上げられるたびにお書きになっておられます、「うつ病は治ります」と。たしかにわたしは以前の酷かった時の私ではありません。もう自殺しようとは思わなくなりましたし、人が言う冗談にも大口を開けて笑えるようにもなりました。でも治ったのかというとそうではないのです。最初に発症したX年7月以前の私に戻ってはいないのです。だから主治医も薬を減らそうとしないのかもしれません。でもこのままずっとトレドミン60mg/D+テトラミド10mg/Dと睡眠薬を飲み続けないといけないのでしょうか。それは私がうつ病ではなく神経症だからなのでしょうか。もう私は診断名には拘ってはおりません。なんでもいいです。神経症でも擬態うつ病でもなんでもいいからとにかく完治したい。そう願うばかりです。
 林先生は私の状態をどうお考えになりますか。それをお聞かせ願えれば幸いです。
 長文にして乱文で申し訳ありませんでした。最後まで読んでいただいた事に感謝を申し上げます。


林: まず、診断はうつ病に間違いないと思います。メールに書かれている「抑うつ神経症」か「内因性うつ病」かということになれば、内因性うつ病ということになります。そして、その中でも「季節性うつ病」と呼ばれるものにあたると思われます。

「季節性うつ病」とは、その名の通り、ある季節になると再燃する傾向が見られるうつ病を指します。最も多いのは冬に再燃するタイプですが、他の季節に再燃するタイプもあります。この【1196】のケースは初春に再燃するタイプのようです。

ここで私が疑問に思うのは、花が咲くとなぜこんなに悲しい気分になるのか、なぜ空が青いとこんなに悲しいのかということなのです。

この疑問への回答は、「季節性うつ病だからです」に帰着します。もちろん真の疑問は診断名ではなく、「なぜ他ならぬその季節にうつになるのか」であることは承知しておりますが、残念ながらそれはわかりません。冬に再燃するタイプの場合には、日照量との関係、つまり日光に当たる時間が少ないことが再燃のきっかけになるという説もデータもありますが、他の季節に再燃するタイプの場合については、ほとんどわかっていません。
推定だけなら色々なことが可能です。【1196】のケースのように初春に再燃するのは、冬の間の日照量の少なさの影響が蓄積したと推定することも出来ます。しかしそれを証明するのは容易ではありません。
なお、季節性うつ病で注意すべき点として、実は季節そのものではなく、その季節に関係する行事が、うつになるきっかけであるケースがあることです。たとえば、日本では入学や異動などは4月が多いことが、この時期のうつのきっかけになるケースがあるということです。
けれどもこの【1196】はそれにはあたらず、本物の季節性うつ病であると思います。したがって、

この状態を何とか打開したいという気持ちもあって、私は主治医に抗うつ薬の増量を懇願しました。

この方針は正しく、事実、

そしてトレドミンが75mg/D→100mg/D→150mg/Dと増量した時点で、それまでの絶望感が一気に晴れたのです。

このように抗うつ薬がよく効いたという結果もうなずけます。

そして問題は現在の状態ですが、

たしかにわたしは以前の酷かった時の私ではありません。もう自殺しようとは思わなくなりましたし、人が言う冗談にも大口を開けて笑えるようにもなりました。でも治ったのかというとそうではないのです。最初に発症したX年7月以前の私に戻ってはいないのです。だから主治医も薬を減らそうとしないのかもしれません。でもこのままずっとトレドミン60mg/D+テトラミド10mg/Dと睡眠薬を飲み続けないといけないのでしょうか。それは私がうつ病ではなく神経症だからなのでしょうか。

以上から、以前と比較すれば非常に良くなっていることは確かであるものの、かといって「非常に良い状態」とは言えないことが読み取れます。そしてこのことについて質問者は、

私は二人の私を失いました。うつ状態になる以前の私とうつ状態のひどかった時の私です。

と書いておられます。この文章をはじめとする記載からは、うつ状態になったことによって、いわば人生観が変わってしまい、明るく積極的な自分を失ってしまった、と感じておられることが読み取れます。

人がある病気になり、苦しい経験をした場合、その病気が治ってからのその人と、病気になる前のその人とでは、何らかの違いが生まれる。これは理解できることです。病気の経験により、以前より前向きになれることもあれば、逆に消極的になってしまうこともあるでしょう。

しかしこの【1196】のケースの現在の状態は、それとは異質のものだと思います。つまり、端的にいえば、まだうつ病が治りきっていないのだと思います。

いまの私の自覚としては、医学用語の「寛解」というのが現在の私の状態であるに違いないというように思っています。

と書いておられますが、寛解という言葉を使うとすれば、今の状態は「完全寛解」ではなく、「部分寛解」といえます。つまり普通の言葉でいえば「まだ治りきっていない」、逆にいえば、「これから治る」ということです。

好奇心と行動力に満ちた昔の私はもう戻ってこないのでしょうか。そしてこうも思います。うつがひどかった時の私は純粋だった、あの頃は無条件に自己を否定できた、私は掛け値なしに罪人だった。けれども今の私は命が惜しいのか我が身が可愛いのか、とにかく図々しくて自分を断罪する事もできないようになっている、と。

このようにお考えになることも、うつ病による思考だと判断できます。治療が進み、状態がもっとよくなればこのような考えはなくなっていき、さらには「どうしてあの頃はあんなふうに考えてしまったのだろう」という思いも出てくるでしょう。
あるいはこの回答を掲載する6月には、季節的にもすでに完全寛解に至っておられるかもしれませんが、いずれにせよ、このメールの時点では、あなたのうつ病はまだ回復途中で(そして、長いこと書き上げられなかったメールが書きあがったという点ひとつをとってみても、それまでよりはかなり回復していると判断できます)、これからさらに回復に向かうでしょう。あまり考えすぎずに治療に専念してください。


精神科Q&Aに戻る

ホームページに戻る