精神科Q&A
【1150】恋人の急死2ヶ月後の人格変化
Q:
31歳の主婦です。29歳の妹のことでご相談いたします。
1年前に、妹は三年間一緒に暮らした恋人を事故で亡くしました。一週間ほどはご飯も食べられない、眠れない、といった状態で、側で見ているのも辛いほどの落ち込みかたでしたが、友人の励ましもあり、徐々に元気を取り戻し、今は彼と暮らしていたアパートに戻り、仕事にも復帰しています。
一ヶ月ぐらいの間は、頻繁に電話やメールで様子を聞いたり、休日にはうちに呼び、一緒にご飯を食べたりしていましたが、特別におかしい様子はなく、自分で立ち直ったのだな、と安心していました。
子供のころから自立心が強く、しっかりとした性格だし、友人にも職場にも恵まれているので大丈夫だろうと思い、私も子供の病気などでバタバタしていて、しばらく連絡を取らずにいたのですが、少し前に妹の友人から少し様子がおかしいようだけど、という相談を受けました。
話によると、まず第一に服装がおかしい。
身内のことを言うのも変ですが、妹はおしゃれでセンスもいいほうです。
いつでも身なりはきちんとしている子でしたが、寒いのに真夏のようなキャミソールを着て、その上にコートだけ羽織っていたり、口紅をはみだしてつけていたり、スカートに経血をにじませていたこともあるそうです。
普段はシックな服装を好んでいましたが、突然学生時代に着ていたような派手なスーツをクシャクシャのまま着てきたり、ひどくだらしない様子になった、ということです。
時間や約束にもルーズになり、感情も不安定なようで、突然泣き出したり、カンカンに怒り出したりするということでした。
「まったく別人のようになることがあって、驚いている」
と彼女は言っていました。
いつもというわけではないけれど、突然人が変わったように攻撃的な口調になるそうです。
もともとお酒には強いたちで、それなりに飲んではいましたが、以前はつぶれるほど飲むようなことはけしてなかったのに、今は飲み始めると際限がなく、一人で焼酎を一本あけてしまうと言います。
しかも、酔うとお店の人や他のお客さんに絡み、道端で声をかけられた男の人にも簡単について行こうとするので、心配で一人で帰らせることができない、と言います。
会ったときから既に酔っていることもあるそうです。
驚いて会いに行ってみると、確かに様子がおかしいようでした。
仕事を休んだりはしていないようでしたが、部屋の中は錯乱状態で、お酒の瓶がゴロゴロしていることから、毎日一人で飲んでいるようでした。
しばらく仕事を休んで、実家に帰ってくるように勧めてみましたが、「彼との思い出のつまったこのアパートを出るのは嫌だ」と言って聞きません。
気持ちはわかるので、無理に引っぱって行くことはできませんでしたが、私が一番心配なのが、性的に極端にだらしなくなっているらしいことです。
友人の男性のことを片端から誘惑しているらしく、突然のことにみんな驚いているようでしたが、何人か応じた人もいるようです。
知り合いの間だけなら、まだいいのですが、道端で声をかけてくる人にも簡単について行こうとすると言いますから、大変な事件に巻き込まれやしないかと、心配でたまりません。
妹のこうした様子は、一時的に自暴自棄に陥ってしまっているだけなのでしょうか?
恋人の死の直後は全くおかしな様子はなかったのに (もちろん落ち込んでいましたが、普通の落ち込みかたのように思えました) 、二ヶ月ほど経ってから、突然こんなふうになってしまうことはあるのでしょうか?
先生のサイトを拝見していると、どうも人格障害と似た症状に思えるのですが、それまではまったく兆候がなかったのに、突然発症することがあるのでしょうか。
もしも、その必要があるようならば、ちゃんと病院に連れて行って治療を受けさせたいと思っていますが、病気なのか、一時的な感情のぶれなのか、判断ができません。
もう一ヶ月ほどこうした状態が続いています。
そうそう妹の友人達にご迷惑をかけるわけにもいきませんので、なんとかしたいと思っていますが、本人はほっといてちょうだい、の一点張りで、私と顔を合わせるのも避けたがっているようです。どうしたら良いのか判らず、ご相談をさせていただきました。よろしくお願いいたします。
林:
妹のこうした様子は、一時的に自暴自棄に陥ってしまっているだけなのでしょうか?
状態からみて、「一時的な自暴自棄」のレベルを超えていると思います。経過も、普通の意味での心理的反応とは言いにくいでしょう。(もっとも、このメールに記載されている経過には矛盾があり、事実が今ひとつわかりません。
「1年前に、妹は三年間一緒に暮らした恋人を事故で亡くしました。」
「恋人の死の直後は全くおかしな様子はなかったのに (もちろん落ち込んでいましたが、普通の落ち込みかたのように思えました) 、二ヶ月ほど経ってから、突然こんなふうに」
「もう一ヶ月ほどこうした状態が続いています。」
上の三つの文章は時間関係が互いに矛盾しています。何か書き誤りをされているのではないでしょうか。)
もっとも、正確な時間的経過が不明でも、今の状態は病的と判断できます。
先生のサイトを拝見していると、どうも人格障害と似た症状に思えるのですが、それまではまったく兆候がなかったのに、突然発症することがあるのでしょうか。
人格障害とは、いわば性格の著しい偏りですから、子供から青年へと成長するに従って明らかになってくるものです。この【1150】のように、ある出来事をきっかけに人格障害になるということは通常ありません。
ただし、WHOの診断基準であるICD-10には、
破局体験後の持続的人格変化
というものがありますが、「恋人の死」は、この診断基準では「破局体験」とはいえませんし、症状も【1150】とは異なります。
大きなショックをきっかけに発症したという点では、PTSDも考えられますが、【1150】の症状はPTSDにも該当しません。
アルコールが害になっていることは確かです。しかし、アルコールだけではこのような症状は出ません。(といっても、アルコールは今すぐやめる必要があります)
そうしますと、残るのは、大きなショックをきっかけに、他の病気が発症したということです。この場合、第一に考えなければならないのは統合失調症です。人格のレベルが低下したかのようにみえるこの【1150】の状態は、統合失調症を思わせるものです。
とはいっても、典型的な統合失調症とはいえません。
もうひとつ、解離性障害も考えられます。精神的なショックは、解離性障害のきっかけになり得るものです。
以上、現時点ではいろいろな可能性が考えられ、メール記載の症状からは決め手がありません。ただ、病的であることは確かなので、早く精神科を受診することをお勧めします。