精神科Q&A
【0911】疲れやすく会社にいくことのできない統合失調症の夫について
Q: 33歳の夫のことです。6年前、大学院生だった夫は指導教官による盗聴や行動監視を訴え、統合失調症と診断されました。セレネース3mgで妄想は消失し、その後の2度の再発もセレネース増量で速やかに消失し、3年近く妄想はありません。今もセレネース1.5mg服薬していますが、問題はとても疲れやすい点です。大学院では朝から行ける日はほとんどなく、午後や夕方からの通学が主で、週2日は休むような状態でした。理由は、大学院での勉強がつまらないとか、しんどい、指導教官に怒られる(確かに厳しい先生でしたので)からなどでした。
それでもなんとか卒業までたどりつき、今年の6月から就職しました。就職後は、奮闘し9時から5時に仕事に行っていましたが、夜にはぐったりと疲れた様子で、9月ごろから徐々に休みがちになってしまい、1ヶ月前から完全に仕事にいけなくなりました。理由を聞くと、闘病に疲れた、競争の激しい仕事は疲れる、こんなにしんどい思いをしても疲れるから人ほど働けないし、本来なら競争相手にならないような同僚としんどい思いをしてまで張り合うのはみじめ、ゆっくりしたい、刺激が多いと疲れるしまた妄想になりそうで怖いなどと言います。私は仕事で家にいませんが、家ではだいたい夕方まで眠っているようです。その後、テレビやインターネットに向かっています。調子が良ければ、一緒に出かけたり、家事をやってくれ、話をしていても全く違和感がありません。また、私に対しては引きこもるわけでなく、いつも会話が楽しいと言います。他人には、心をひらくことはありませんが、普通に話をしていると思います。そばで見ていて、はっきりした症状がなくつかみ所がないのですが、今困っている点は3つに分けられます。
1.疲れやすい
たとえば、休日に一緒に買い物などにでかけても疲れたとすぐ言う。
仕事から帰ってくると疲れてぐったりしている。
数人で話をしていると、疲れてきて集中できなくなり、話についていけなくなる。
疲れたからと一日中眠っている、夕方になり目が覚めると良く眠れた日はすっきりして調子が良いという。
2.人間関係に過敏で刺激を感じやすい(以前から他人の目が気になる方でしたので、性格もあるのではと思っています。)
たとえば、人が自分についてどう感じているか、いろいろと考える。
人に言われたことについて、うじうじといろいろと考えてしまう。
コンビニやスーパーなど監視カメラがあるところで落ち着かない(発症前からですが、発症してから精神病だから、犯罪者と疑われやすいと思い、余計気になるようになったそうです)。
コンビニやスーパーの店員さんに昼間に来る男性と変に思われていないか気になる。
これら気になったことは逐一私に相談します。私が気にしすぎだと言うと、安心するそうです。
3.睡眠の質が悪い
一応、11時頃就寝しますが、寝ても寝ても疲れがとれない、寝た気がしない、夢ばかりみる、眠りが浅いと訴え、実際に平均15時間近く寝ています。最近主治医の指示で睡眠薬を少しずつ減らしており、そのためか寝つきは悪くなってきました。ひどいと3時とか4時まで眠れないそうです。夜より朝方から昼の方がよく寝られるそうです。なので、朝起きるのはとても苦手です。
以前の経験でセレネースを増やすと倦怠感が強まりよりふらふらになり、これらの症状には効かないようでした。発症してから今まで、まとめて休養したことがなかったので、今はそうしたら良いと思っています。実際、夫の今の仕事は結果が求められ、結果により立場が決まるので、ストレスの多い職と思います。発症前と後で総合的な能力が落ちてしまっているため、競うのは以前競争相手にならないような相手であり、そんななかで働く意欲を失っているのも事実と思います。夫と話し合った結果、軌道修正が必要だと考え、休養してリズムをとりなおし、もう少し楽な仕事を見つけられたら良いのではという意見で一致しています。ただ、今のような、状態(疲れやすく眠ってばかりいて朝起きられない状態)が続くと、転職どころではありませんので、いつまで続くのか、良い治療法がないのかと気になります。
そこで、教えて頂きたいのですが、(1)これらの症状は統合失調症の症状として矛盾がないのですか?(2)そうだとすると一般にどれくらい続くのでしょうか?(3)薬によって倦怠感を感じることがあると読んだことがありますが、副作用の可能性もあるのでしょうか?(4)また、疲れやすいのは人間関係への過敏さからきているようにも感じますが、これらに対して認知療法やカウンセリングは適応になりますか?(5)非定型抗精神病薬が陰性症状に効くという話を聞いたことがあるのですが、主人の症状は陰性症状で適応になるのでしょうか?(6)また慢性的な症状に漢方を併用することがあると聞いたことがありますが、どうお考えですか?
質問が多く、長文となりましたが、よろしくお願い致します。
林: 27歳時に被害妄想を中心とする症状で発症。セレネースで妄想は速やかに消失。以後も妄想はないが、疲れやすさが続いている。また、過敏さも見受けられる。
この【0911】の方のこれまでの経過は、上のようにまとめられると思います。これは、統合失調症(精神分裂病)としては、ひとつの典型的な経過であるといえます。精神分裂病(統合失調症)の医学部講堂でも説明しましたが、最初の症状はまず間違いなくおさまります。この方の被害妄想も、セレネース(抗精神病薬)によって速やかにおさまっています。その後の経過は人により様々なのですが、服薬を続けていればおおむね安定しているというのがごく普通です。ただし、では発症前と全く同じ状態に戻っているかというとそれもまた人によって違ってきます。この【0911】の方のように、漠然とした不全感が続くケースも少なからずあります。これは、陰性症状と呼ばれたり、軽い人格変化と呼ばれたりしています。
(1)これらの症状は統合失調症の症状として矛盾がないのですか?
上記のとおり、矛盾はありません。疲れやすさ(といっても、統合失調症でない人の疲れやすさとは質が異なると考えられますが)、対人関係の過敏さは、比較的よくある症状です。
(2)そうだとすると一般にどれくらい続くのでしょうか?
かなり長期にわたって続くでしょう。ただし、睡眠に関しては、薬物の調整により、より良い状態にすることができると思います。その他の症状に関しては、「いついつになれば治る」というような予測はたてず、現在の状態でどのように生活していくのがいいかを考えるべきです。その意味で、
発症前と後で総合的な能力が落ちてしまっているため、競うのは以前競争相手にならないような相手であり、そんななかで働く意欲を失っているのも事実と思います。夫と話し合った結果、軌道修正が必要だと考え、休養してリズムをとりなおし、もう少し楽な仕事を見つけられたら良いのではという意見で一致しています。
これはきわめて適切な方針だと思います。
(3)薬によって倦怠感を感じることがあると読んだことがありますが、副作用の可能性もあるのでしょうか?
このような場合、薬が原因であると考える人が多いのですが、薬よりも統合失調症の症状の割合がずっと大きいです。薬の影響はゼロとは言えませんが、寡少でしょう。そして、しばしば多くの人が陥る誤りは、試しに薬を減らしてみて、あるいは極端な場合は中止してみて、症状がどんどん悪化してしまうということです。特にこの【0911】のケースに限っていえば、薬の量はセレネース1.5mgと少量であり、また、妄想を感じさせる症状も残っていることから(「監視カメラがあるところで落ち着かない」という点)、これ以上薬を減らすことは極力避けるべきでしょう。
(4)また、疲れやすいのは人間関係への過敏さからきているようにも感じますが、これらに対して認知療法やカウンセリングは適応になりますか?
通常の意味での認知療法やカウンセリングはほとんど効果がありません。
ただ、最近では統合失調症(精神分裂病)の対人関係障害などに対し、生活技能訓練と呼ばれる方法が試みられており、一定の効果があるとする研究データもあります。しかし、逆に効果がないという見解もかなり有力ですので、過大な期待はできないところです。
このようなどっちつかずの回答をされても迷われるばかりかもしれませんので、結論を簡潔に申し上げますと、「生活技能訓練という方法はあり、多少の効果は期待できる」といえます。
(5)非定型抗精神病薬が陰性症状に効くという話を聞いたことがあるのですが、主人の症状は陰性症状で適応になるのでしょうか?
確かに非定型抗精神病薬が陰性症状に効くと言われています。しかしこれは、非定型抗精神病薬の市場を広げるための製薬会社の宣伝にすぎないと私は考えています。
もっとも、「非定型抗精神病薬が陰性症状に効く」これには全く根拠がないわけではありません。非定型抗精神病薬は、従来の抗精神病薬に比べて副作用としての錐体外路症状(パーキンソン症候群などのことを指します)は少ないので、一見すると陰性症状が改善したかのように見えることはあり得ます。しかしこれは見かけ上の改善にすぎず、陰性症状に効いたわけではないことを、製薬会社の専門家が認識していないはずはなく、したがって「非定型抗精神病薬が陰性症状に効く」という宣伝に対しては、会社の基本姿勢を問いたくなるところです。
話がそれました。【0911】に戻りますと、陰性症状には効かないまでも、いま飲んでおられるセレネースを非定型抗精神病薬に換えるという方法は試みる価値があると思います。さきほど「(疲れやすいなどの症状は) 薬の影響はゼロとは言えませんが、寡少でしょう」と申し上げましたが、この場合の薬の影響のひとつに上で述べた錐体外路症状がありますので、この副作用の少ない非定型抗精神病薬に換えることで、ある程度の改善は期待できると思います。
(6)また慢性的な症状に漢方を併用することがあると聞いたことがありますが、どうお考えですか?
漢方の併用は意味がないと思います。
以上の回答のとおり、統合失調症(精神分裂病)の陰性症状に対しては、画期的な対策はないというのが現実です。それを直視しつつ、日々の生活、及び長期的な生活設計を立てられることが最も重要です。