精神科Q&A
【0787】時々「意識」が薄い膜に覆われている気がします
Q: 私は34歳の女性です。【0519】20年前に自殺した母の病名が知りたいで回答をいただいた者です。その節は大変お世話になり、有難うございました。
今回は、自分の精神面でのことで異常ではないかと夫に指摘され、心配になってメールさせていただきました。
前回の先生のご回答で、私の母がうつ病であった可能性が高いことを教えていただき、長年の疑問がすっきりし、私も母になってみよう、と思いました。
そのことを夫に話すと夫もとても喜んでくれました(結局今まで妊娠にはいたりませんでしたが)。
妊娠を目指すにあたり、夫が気になることがある、というので何かと思えば私の精神的なことです。夫が指摘するのは
・集中力が普通の人間より異常に低く、物忘れ等も普通ではありえない程多い
・突然怒り出し、抑えられなくなることがある
・夜中にしょっちゅう夢を見て泣き叫んでいる
・特に理由もなく不機嫌になったり泣いたりしている
とのことでした。2人で暮らすには特に問題ないけれど、子供を育てるとなると、このままでは不安であると。
この4点は私も自覚していました。さらに自分で付け加えると、
・時々「意識」が薄い膜に覆われている気がします。
自分の「意識」が「意識」以外の外界と隔てられているような気がします。
そんな時自分の手をじっと見ても、ものすごく遠くに手があるような、自分の手ではないような気がします。上手く表現できなくてすいません。
・忘れ物をするのが怖いので例えば旅行の準備など、段取りを整えるのが苦痛です。
・漠然とした不安感は常にあります。いつかきっと、何もかも無くしてしまうような気がします。
このようなところはうつ病のもののような気がします。
でも、このようなことは子供のころからずっとあったことなので、私にとってはいわばあたり前なのです。
ということは、私がもしうつ病なら、ものごころついたときからずっと、うつ病だった、ということになってしまいます。
熟睡できないこともありますが、特に眠れなくて困る、ということはありません。
食欲は人より旺盛なほうです。
何もする気がしない、ということもなく、あまり活動的でもありませんが日々の生活には満足しています。このあたりはぜんぜんうつ病らしくない、と思います。
正直なところ、夫が不安がるほどには自分は異常ではない、と思っているのですが、夫は聞き入れません。
はっきりした「症状」が常にあるわけではなく、薬を継続して服用しなければならなくなることは妊娠のことを考えても避けたいので受診を躊躇しています。
受診したとしても、あまりはっきりとした「症状」らしきものがないので何と言って説明したらよいのか迷っています。
今度、精神科と念の為、脳外科でも診ていただかなければ、と焦っているのですが一歩踏み出せない状況です。
お忙しいところ、こんな些細な事で申し訳ありません。
短期間の服薬で長年の私の精神面での症状?が解消する可能性があるなら、どうぞお示しください。よろしくお願いいたします。
林: 大変むずかしいですが、結論を先に言いますと、今は特に治療を受ける必要はないように思います。
・集中力が普通の人間より異常に低く、物忘れ等も普通ではありえない程多い
・突然怒り出し、抑えられなくなることがある
・夜中にしょっちゅう夢を見て泣き叫んでいる
・特に理由もなく不機嫌になったり泣いたりしている
ご主人から指摘され、あなたも自覚しておられるというこの四つの点については、どれも程度の問題ですので、治療の必要・不必要の判断は容易ではありません。けれどもこれらが、少なくともこれまでの社会生活上特に支障はなく、また
2人で暮らすには特に問題ない
というレベルのものであれば、あえていま精神科を受診しなければならないだけの必要性は認められないと思います。
ただ少々気になるのは次の症状です:
・時々「意識」が薄い膜に覆われている気がします。
自分の「意識」が「意識」以外の外界と隔てられているような気がします。
そんな時自分の手をじっと見ても、ものすごく遠くに手があるような、自分の手ではないような気がします。上手く表現できなくてすいません。
これは離人(りじん)と診断して間違いないと思います。
離人という症状は、あなたが「上手く表現できなくてすいません」とおっしゃるように、本人にも上手く表現できないのが普通です。しかし、あなたの表現は実際には離人にぴったりあてはまるものです。
離人という症状は、最近では本などにもよく紹介されており、それを読んだ方が、自分は離人ではないかと心配されることもよくあるのですが、そういう場合は大体が離人ではありません。ただの思い過ごしです。
しかしあなたのケースでは、離人という言葉も内容もご存知ないのにもかかわらず、典型的な表現をされていますので、離人であるとみてまず間違いないでしょう。
離人というのはきわめて難しい症状で、離人だけが唯一の症状である方もいらっしゃれば、他の病気の一症状として現われる場合もあります。そしてこれが治療を必要とするかどうかもまた難しく、本人があまり強く悩んでいなければ、特に治療をする必要もないといえるでしょう。
あなたのケースでは、この離人を含め、どれも症状と言えば言えますが、かといってこれまで特にそれで困っておられたわけでもない。
でも、このようなことは子供のころからずっとあったことなので、私にとってはいわばあたり前なのです。
と書いておられるように、特に支障がなければ、病気という診断は適当でないでしょう。
ということは、私がもしうつ病なら、ものごころついたときからずっと、うつ病だった、ということになってしまいます。
とあなたがおっしゃるのももっともです。
けれどもやはりここで一つ意識しておかなければならない重要な点は、【0519】の回答の通り、あなたのお母様がうつ病であった可能性が高いということです。しかも自殺に至ったわけですから、控えめにいっても「軽い」とはいえないレベルだったはずです。
そして【0022】の通り、どんな病気にも遺伝的な因子はありますから、あなた自身もある程度はそれを意識される必要があるということになります。抽象的な言い方ですが、うつ病へのなりやすさは持っているかもしれないと考えるべきでしょう。
その点から考えますと、またも抽象的な言い方で恐縮ですが、あなたの脳内にはうつ病の準備状態的な何らかの変調(「変調」というほどのものではないと思いますが、仮にこの言葉を使いました)があって、それがメール記載のような症状(これも「症状」というほどのものではないと思いますが)として現われているのではないかと私は推測します。
だとすると治療が必要ではないかと考えられるかもしれませんが、結局のところ病気の治療の必要性とは、その症状によって困っているか・苦しんでいるか、ということによって決まるものですので、ここまでお話してきたとおり、特に生活に支障がない限り、治療が必要とは言えないと思います。また、仮に治療をするとなれば薬物療法がもっとも考えられますが、これから妊娠を考えておられるという時期を考えますと、なおさら今治療を始めなければならない理由はないと思います。
もっとも、今後、うつ病の発症には十分気をつけていただく必要があると思います。幸いご主人はあなたの精神状態をよく見ていらっしゃるようですので、うつ病についての正確な知識を持っていただき、あなた自身とともに、うつ病の徴候があれば早目に治療を開始することが大切です。