精神科Q&A

【0593】境界性人格障害と思われる39歳の妹について


Q: 私はある大学病院で、冠動脈バイパス手術を専門としている心臓外科医で、精神疾患については全くの門外漢です。
 今年39歳になる妹の件でご相談申し上げたく筆を取りました。
 妹の状態をDSM-Wに照らしてみますと,
1) 見捨てられ不安の存在と,些細な事象から見捨てられたと決めつける論理展開
2) 同一人物に対する極端な理想化から一転して出現する罵倒・暴力を伴う激しいこきおろし
3) 自分の存在意義・自分の今後の人生に対する極度の不安
4) 自殺のほのめかし・脅しの繰り返し(ジアゼパム系統の薬剤の非致死量服用など)
5) 金銭の浪費,無謀な運転,アルコールの過量摂取等の衝動的行為
6) ほぼ連日持続している極端ないらいら・不快感と行動によるその表現
7) 自分の存在・生活に対する極端な虚無感
8) 家人(特に両親)に対する些細な原因に基づくコントロール不可能な激しい怒り・罵倒・暴力を伴う高度の感情の不安定さ
9) コントロール不可能な激しい怒り発作時の意識朦朧状態,
等の症状が数10年来持続しており,素人判断は危険とは思いますが境界性人格障害と判断してよい病態ではないかと考えております。
 
 御相談の前提として以下の情報を記載させていただきます。

1) 現在の家族構成と居住地
私自身は家族(私:外科医46歳,妻:皮膚科医40歳,長女:中2)とともに実家を離れ,20年来大学医局にて勤務医を続けております。
 私の両親は両方とも内科医で内科・小児科医院を開業し,現在も診療を続けております。
 妹は7〜8年前に結婚し,実家から車で1時間くらいの町に嫁ぎました。嫁ぎ先も内科開業医で、お父上と次男が医師で、妹はこの次男と結婚しましたが、種々の事情により6年程前から子供(4歳)とともに実家にもどり,夫とは別居しております。

2) 妹が幼年期〜少女期(思春期)を過ごした頃に生じた問題
A)出戻りのおばさん(父の妹)とその子供2名が同居しており,両親,私(兄),妹,
出戻りのおばさんとその子供(男2),祖母に加え田舎の医院ですので住み込みの看護婦さん4〜5人,お手伝いさん1〜2名という大家族での生活でした。
B) 父は医師ですが,大正生まれの軍人でした。しかし,今思うと1)アイデンティティの障害,2)衝動的・自己破壊的行為。カネの浪費,無謀な新築・設備投資,3)感情の不安定。4)些細なことに対してひどく怒る。それを自分では抑えられない。などの境界型人格障害らしき徴候を持っていたことは事実です。
C) 妹は小学校でも学業成績は思わしくなく,さらに校長の資格を得るために担任をやらなければいけなくなった高齢の単科教員(音楽)からいわゆる「いじめ」を受け,次第に不登校となり,中学はなんとか卒業したものの高校は中退してしまいました。その後大検を受け,大学入学資格は得たものの入学した美術大学,専門学校などすべてを短期間で中退してしまいました。本人の弁では,「いじめられる」という極端な対人恐怖があったとのことです。以後画廊勤務等の仕事を手がけましたが,すべて途中で投げ出しております。この間の生活は東京で,東京生活の間は約10年で一億円近い生活・遊興費を消費しておりました。

3) 結婚から別居まで
 結婚はご紹介によるお見合いでした。お相手はさきに述べた医師(45歳)ですが,自分の実家を非常に誇りに思っておられ,結婚後は妹に対し自分の実家の医院がいかに立派であり両親・兄弟も大変な立派な人物であることを折りにふれて妹に力説していたようです。(これは,私も直接聞きました。)
 さらに,この方は食事に対する異常なまでのこだわりがあり,調味料からはじまってありとあらゆる超一流の食材を全国津々浦々からとりよせ毎食とも多数の食品を異なった調理法で並べないと納得せず,妹がつわりで苦しんでいた際には妹の作った食事にことごとく文句を言い,自分は同じ敷地内にある両親の住む母屋に行って食事をするという状況であったようです。
 妹はストレスの中で結婚の子供を流産してしまいましたが,流産直後に義母からベビーベットを中心としたベビー用品を運び込まれ、これを嫌がらせととったようで、このころから嫁姑関係がくずれはじめていたようです。さらに2人目を無事出産したところ、この家族の中で初めての男の子であったため、両親ともに大変喜ばれたようですが、突然に義母から子供は義母と義姉が育てるので、あなた(妹)はいらないから実家へ帰れといわれたのだそうです。この時,妹の夫はだれの子供だと思うのか?との問いに夫の家みんなの男子であると答え,妹と夫の2人の子供であるとの言葉はなかったようです。妹はここで完全にキレてしまったようです。

4)別居から現在まで
 別居して妹が実家にもどるとすぐに夫から連絡があり,いきなり弁護士をともなって息子を取り返しに行くと言ってきたようです。しかし,親権問題はそれほど簡単なものではなく,弁護士の件はうやむやになって,現在週末に夫が妹と息子のところ(実家)にやってくるという変則的生活がかれこれ4〜5年続いており,妹の息子は実家から幼稚園に通園しています。

5) 妹の症状の変遷
 結婚以前にも転々と学校・職場を変え,ひとところにおちつくことができず時々ヒステリーのように感情を爆発させ長時間にわたる夜間の電話攻撃を両親に繰り返し,両親が実家と妹の住居(新幹線と在来線で4時間ほどかかります)の往復をするという異常事態でした。
 結婚後も数週後には両親への夜間の電話攻撃が再開され,夫に対しても感情の爆発をみせ,別居後実家では1回2〜3時間(長い日は一晩中)両親に罵詈雑言をあびせ,日中でも住宅から医院で診察中の両親にインターホンで罵詈雑言を繰り返し、さらには両親を医院から住宅に呼び戻し殴る蹴るの暴行を加えたことも多々あるようです。
家事は一応こなしてはいますが,投げたりたたきつけたりして破壊される食器や建具(ドア、窓など)は1日に1枚や2枚ではなく,家の中をものすごい足音とドアの暴力的開閉音をとどろかし,大声で罵声をはきながら歩き,両親もめがねを割られたり,顔をなぐられ怪我をしたりしています。少なくても年齢を経るにしたがって落ち着いてくる気配は全く無く,むしろ結婚も症状の悪化を招いているのみのようです。
 薬物療法はジアゼパム、テグレトールを試みましたが効果は一過性で明らかな改善は見られません。また、その他のセロトニン系の薬剤ではむしろ凶暴性が増すとの両親の見解でした。

6) 妹の子供に対する対応
 妹は夫の家唯一の男の子である長男が、妹の子供としてではなく家の跡取りとして考慮されていることから、いつ連れもどされるか非常な恐怖感があるようです。しかし、
A) 自分の人生が思い通りの理想的なものでないこと
B) 自分は周囲の人間のほとんど全員が医師であるのに対し、自分には手についた職もなく、今後もし離婚しても自分自身のみでは生活のあてもないこと。
C) 自分の不安定で暴力的な精神状態が、今後子供の成長(精神的にも肉体的にも)に与える影響については思うことが多いらしく、ここ2〜3年はもう子供は夫の家に渡してしまったほうが子供の健全な成長のためにはよいかもしれない。と言い出しており、さらに子供を手放せばもう自分の存在意義はいっさいないので自分は死ぬしかないと何度も繰り返して叫んでいます。

7) 肯定的な要素
 唯一持っている資格を使って茶道教室を始めようとしています。現在半年前から試行期間として息子の通う幼稚園のお母さん方を集めて時々指導してみているようですが、このような「イベント」があった日はやや落ち着きがみられるとのですが、あくまで2〜3時間の短時間の平穏です。また幼稚園の役員を引き受けているようですが、こちらは1年程度は続いているようです。
 ただ、茶道についても中途半端な勉強しかしていなかったらしく「おなさけ」で頂戴した師範資格のようで回を追うごとに生徒さんの不満が出てきている様子ですので長続きは困難である可能性が大と思われます。

8) 決定的ダメージ
 結局、妹の場合は母との関係の構築が当時の特殊な家庭環境により阻害され、満たされない依存の継続から最終的母離れができていなかったことが大きいような気がします。 ところが、半年前、たよりの母に癌が発見されてしまいました。すでに転移もあり手術不能は明らかで他の治療を選択しましたが、それに伴う遠方の病院への入院が断続的に続いており、再入院で出かける前日などは母に向かって「癌など治療することはない! あんたのせいで私はこんなに苦しい人生になったのである。だからは早く死んでしまえ!」と虐待しているようです。

9) 私と妹との関係
 私は高校時代から実家を離れて暮らしており、妹とは27〜28年間離れて暮らしていたことになります。大学病院勤務を長く続けているのは必ずしも本意ではないのですが、勤務先の大学病院医局も昨今の研修医制度改革のあおりで人員が極度に不足し教授からの強い要請があること、子供達の転校の問題もあり、実家から離れた生活をつづけざるを得ない状況でした。しかし、現実的にみれば妹の攻撃のターゲットとならないように両親が守ってくれていたのだと思います。
 しかし、妹の精神状態は日に日に攻撃的となり両親も生命の危機を感ずる程となってきていたところに、母の深刻な病気の問題が降りかかってきたわけです。母の疾患については私が段取りを付けて遠隔ではありますが専門の病院での特殊治療をお願いできることになりました。しかし、私も今回の母の病気治療のマネージメントだけで精一杯であったのですが、妹からみると
A) 妹への説明がいっさい無く、かやの外におかれた。(見捨てられた。)
B) 家族の中で自分だけが医師でないのでばかにされている。
C) 罵倒しながらも頼り切ってきた母の余命が予測できなくなってきた。
などのことから、不安が一気に加速しているようで、ずっといい人だと思っていたお兄ちゃん(私)が特に説明もせず勝手にはなしを進め「ひとりだけいい子になっている」として、1か月ほど前から私に対する極端で急激なこき下ろしが始まってしまっています。

 とんでもない長文になってしまいました。本当に申し訳有りません。
 しかし、このような状況下でどうしてよいものか全く途方に暮れてしまっております。

私も実家に戻って両親を助けたいのですが、このままでは私の家族まで多大な影響を被り、私の妻、子供の幸せまで奪われてしまう可能性があります。どうしたら私は実家に帰れるでしょうか? また、妹には具体的にどのような治療を受けさせるべきでしょうか。 妹の子供は、このまま妹が育てるべきでしょうか。それとも親権を夫の家に移譲し、離婚させるべきでしょうか。もし、妹を医療施設に連れて行く場合、説得にあたってはQ&Aにありました通り(たとえ私が医師でも)病名は告げないほうがよいのでしょうか? 現在私に対して妹は超過激なこきおろしの真っ最中ですが、私からの説得は可能でしょうか?

 私自身は、できれば攻撃性、コントロール不能な激しい怒り、すべてを他人のせいにする破壊的言動をなんとか押さえ込むような治療ができるまでは入院加療が必要なのではと考えております。

 家族の協力、家族療法の概念も理論としては理解できますが、実際のところ罵詈雑言と暴力、結論の出ない激しいこき下ろしの中での長時間の議論にさいなまれての生活は我々医師の資格をもつものであっても家族として耐え難いものがあります。年老いた両親は毎日が地獄だと申しております。
 何とか光明を見いだせるようなアドバイスをいただければ幸いです。



: あなたのご意見の通り、入院すべき状態と思います。

妹さんの診断については、これもあなたのご指摘通り、境界性パーソナリティ障害(境界性人格障害)にはあてはまると思います。環境がマイナスに作用しているのも確かですが、それを考慮しても、人格障害と診断できると思います。

現在の状況では、ご本人もご家族も限界近くに達しており、いったん環境を変えるということだけでも、入院の意義は十分あると思います。ただし、入院自体が、即症状の改善につながるとは残念ながら期待できません。一時的な悪化の可能性もあるでしょう。それでも、これからの治療(長期化が予想されます)へのステップとして入院が必要だということです。ご家族も、「毎日が地獄」と自ら表現されるような今の状況からいったん離れて、落ち着いて考える機会を得ることができるという効用もあるでしょう。なるべく早く、入院を具体化されることをおすすめ致します。

妹を医療施設に連れて行く場合、説得にあたってはQ&Aにありました通り(たとえ私が医師でも)病名は告げないほうがよいのでしょうか? 

病名はいつでも告げられますし、いったん告げてしまうと撤回するのは難しいですから、いま告げる必要はないでしょう。

現在私に対して妹は超過激なこきおろしの真っ最中ですが、私からの説得は可能でしょうか?

ご承知のとおり、境界性人格障害の方は、他人(家族を含む)への評価はちょっとしたことで180度変わりますので、できれば今あなたから介入するのは避け、時期を待ちたいところですが、そういっていられる状況ではないように見えます。「説得」が結果的に激しい争いにつながる可能性は十分ありますが、ここはやむを得ないと思います。また、入院させると決心されたら、障壁はあっても必ず入院させるという覚悟ですすめてください。一回失敗すると、あとはないかもしれません。

 


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