精神科Q&A
【0556】妄想を持っているバセドー病の母は、内科と精神科のどちらで治療を受けるべきでしょうか。
Q: 母(50歳)は3年程前に、体調不良で(風邪か何か)内科にかかり、その時に首の腫れ具合から診察を進められ、バセドー病と診断されました。チウラジールという薬で現在も症状を抑えています。
その母が、今年の春頃から発言がおかしくなってきました。
家族に「会社で変わったことはなかったか?」「いたずら電話がなかったか?」「嫌がらせを受けていないか?」と毎日のように聞くのですが、その時は父親が自営業ということもあり、私は会社で何か困ったことでも起きたのかなと、深くは考えていませんでした。
秋頃になると、明らかに妄想だと思う発言が増えてきました。
電話が盗聴されている・洗濯物に私に自殺をしろというサインが出ている・近所の人が蛇をまいていやがらせをする(もちろん実際にはそんなことはないのです)
毎日2時頃まで起きていましたし、「寝なさい」と言わなければ、部屋にも戻らない日が続きました。そんなことを話す時は顔つきが変わってしまい、表情が全くなくなるのです。
林先生のホームページでバセドー病でそのような精神病の症状がでることを知り、精神科に行きました。
そこの先生も50歳では分裂病の可能性は低いし、バセドー病からくるものでしょうと診断をされ、セレネースと名前を忘れましたが、その副作用(手の震え)を抑える薬を二週間一日二回(朝晩)飲みました。その後3日に一度(朝晩)6週間飲みました。
その間、自分の状態に自覚が無いため、自発的に薬を飲むことはありませんでしたが、症状は治まりました。
精神科の先生が「今バセドー病の治療薬をもらっている内科で、同じ薬を出してもらえれば通院の負担も軽くなるのでそうされてみては?」
ということでしたので、内科の先生に相談に行ったところ、
「甲状腺の検査では春から正常範囲を保っているし、バセドーからくる可能性は低いと思う。精神科で治療を続けてほしい」
と言われました。
母の症状には波があり、たまに支離滅裂な話をします。電話が盗聴されているともこの間言っていました。
精神科の先生は、「バセドーからくるもので、分裂病ではない、お薬で症状が抑えられます。」と言われ、内科の先生は、「検査結果は正常です。お話からでは分裂病の可能性が高い」と言われました。
一体どちらが正しいのでしょうか。
林: どちらの可能性もあります。つまり、バセドー病の精神症状かもしれないし、精神分裂病(統合失調症)かもしれない、ということです。
お母様の症状である、被害妄想(電話が盗聴されている・洗濯物に私に自殺をしろというサインが出ている・近所の人が蛇をまいていやがらせをするなど)や、支離滅裂な話などが、いちばんよく見られるのは精神分裂病(統合失調症)です。しかし、体の病気でも見られることがあります。比較的多いのはバセドー病をはじめとする内分泌疾患(ホルモン系の病気)や(たとえば【0324】)、SLEなどの自己免疫疾患です。
したがって、お母様のケースでは、症状を見ただけでは、どちらの病気によるものかはなかなかわかりません。
そうすると、ひとつの判断基準は、バセドー病の病状や検査所見との関係ということになります。一般には、体の病気のために精神症状が出た場合には、そのもととなった体の病気がよくなれば、精神症状はよくなるとされています。医学書にはそのように書かれていることがほとんどです。お母様の内科の主治医の先生が、
甲状腺の検査では春から正常範囲を保っているし、バセドーからくる可能性は低いと思う。
とおっしゃったのは、この意味で常識的な判断と言えるでしょう。
しかし、実際にはなかなかそうはいきません。バセドー病を例にとると、甲状腺ホルモンの検査所見が正常範囲になっても、精神症状がすぐに消えるとは限らないのです。これは、実際にバセドー病や、そのほか体の病気に伴う精神症状を診ている医師なら必ず経験していることのはずです。
ですから、
甲状腺ホルモンの値が正常になったら、精神症状が消えた
という場合には、その精神症状はバセドー病によるものだといえても、
甲状腺ホルモンの値が正常になったが、精神症状が消えない
という場合には、その精神症状はバセドー病によるものであるとも、そうでないとも言えないのです。
では、甲状腺ホルモンの値が正常になっても、なぜ精神症状が消えないことがあるのかという疑問を持たれると思います。もっともな疑問なのですが、ここでは回答を省略します。省略する理由のひとつは、本当のところはまだよくわかっていないからです。もうひとつは、あまりに専門的な話に踏み込むことになるからです。バセドー病の精神症状は、単に甲状腺ホルモンの過剰によるものではなく、内分泌系・神経系の複雑なネットワークの変調に原因がある、とだけ説明しておきたいと思います。
さて、以上の説明で、お母様の症状がバセドー病によるものではないと言い切れないことはおわかりいただけたと思います。
そして、精神分裂病(統合失調症)でないとも言い切れません。お母様の精神科の主治医が、
50歳では分裂病の可能性は低い
とおっしゃったのは確かに正しいですが、可能性がゼロというわけではありませんし、限りなくゼロに近いというわけでもありません。
というわけで、この回答の最初に言ったように、「どちらの可能性もあります。つまり、バセドー病の精神症状かもしれないし、精神分裂病(統合失調症)かもしれない」というのが答えになります。
そうしますと、精神科・内科のどちらで治療を受けるべきかということになります。私は、もしどちらかひとつなら精神科に通院するほうがいいと思います。しかし、両方に通院することができればそのほうが望ましいでしょう。内科だけというのはお勧めできません。精神科医が、甲状腺ホルモンの検査結果も常に把握しつつ、精神症状を診ていく、というのが、最善の治療だと思います。そのためには両方に通院し、内科の検査結果が精神科医に伝えられるというのが最善です。しかし、精神科でも甲状腺ホルモンの検査はできますので、精神科だけでも可能と思います。
あなたの地域の地理的な状況などが不明ですので、両方に通うことがどの程度負担になるかわかりかねますが、いずれにせよ内科だけというのはお勧めできないところです。微妙な精神症状の悪化が、内科では気づかれにくいからです。また、薬を飲んでいれば症状がおさまっているとしても、その判断が精神科でないとなかなか難しいので、今飲んでおられるセレネースの量の調節が、内科ではできにくいからです。
以上まとめますと、お母様の精神症状は、バセドー病によるもの、精神分裂病(統合失調症)のどちらの可能性もありますが、どちらにしても、精神科で治療をすべきところだと思います。