精神科Q&A
【0549】朝起きるのが非常に辛く、だるさが取れない私はうつ病なのでしょうか? それとも本当は治っているのに、甘え癖や擬態うつ病などで逃げているのでしょうか?
Q:
34歳女性です。4ヶ月ほど前から、うつ病の治療にメンタルクリニックに通っております。
うつ病になったきっかけとしては、主に会社の激務(毎日の終電あるいは泊り込み)だったと思います。単に忙しいだけでなく、会社の組織が激変し、私自身の仕事については実質的に相談先・指示を仰げる相手・膨大な業務のシェアなどが不可能で、何から何まで自分でやらなければならない状態が半年以上続いていました。
(人事や社長に相談しても、もう少し我慢してほしい…という答えのみでした)
さすがに退職を考えていたのですが、いまから半年前に、会社の組織が変わり、日ごろから私が信頼している方が私の上司となり、ようやく組織としてまともな仕事ができるようになり始めたころから、体調が目に見えて悪くなってきたのです。
それまでも、あまりの辛さに会社を出た途端に家に帰り着くまで涙が止まらない、布団に入ると涙が何時間でもあふれ続けて息苦しくなる、包丁を手首にあててみて「切るのは大変そうだから自殺はやっぱり無理だ」と自分を納得させる…などの状態を半年近く続けていたのですが、会社にいてもめまいが止まらず、立方体を紙に描くだけの作業に一日かけてしまったり、新聞の文字が頭をすり抜けていく感じなどもあり、あきらかにおかしいと思うようになり、会社近くにあるメンタルクリニックにかけこんでそろそろ4ヶ月ほどになろうとしています。
病院では、薬物による治療がメインです。
・パキシル(10mg)+マイスリー→マイスリーが安眠できず、変更(2週間)
・パキシル+デパス+レスリン→レスリンの効果が見られず変更(2週間)
・パキシル(20mgに増量)+デパス+トレドミン→トレドミンの効果が見られず変更(2週間)
・パキシル(20mg)+デパス+ノリトレン(25mg):すべて就寝前
→効果があり、1ヶ月ほど継続
・パキシル(30mgに増量)、ノリトレンを朝夕食後にも服用
→2週間、効果あり
長々と書きましたが、ノリトレンが効果があり増量もしていただいたのですが、副作用の便秘がひどくなってしまい(内科にかけこむほどの痛み)、三環系の薬は中止することになりました。
結果、現在はパキシル(30mg)+デパス+ルボックス+セパゾンを処方してもらっており、ルボックス25mgは2週間で効き目がなかったため50mgに増量してもらっています。それから一週間ほどになりますが、まだ目だった変化はありません。
この4ヶ月の治療で、精神的な悲壮感は緩和されてきています(死にたい、消えたいなど)。ただし、疲労感・集中力のなさ・物事への興味などは相変わらずで、できれば丸一日ぼーっと床に転がっていたい状態が多いです。
先生のHPで擬態うつ病との言葉を知り、もしかしたら自分もそうなのでは…とか、あるいは病気にかこつけて甘え癖がついてしまって、会社に通う根性がないのでは…とか、そんなことまで気にかかっています。
また、2週間を目安に薬を変更していただいているのですが、これは普通のことなのでしょうか?
パキシル、トレドミン、ルボックスと、SSRI・SNRIの薬をすでに処方してしまっているので、先生は治療中にも「どうしましょうかねぇ…」と何度も繰り返されるので、上記の「擬態うつ」「甘え癖」あるいは「逃避」という言葉が頭をかすめてなりません。
そこで、おうかがいしたいのですが、
(1)いまだに朝起きるのが非常に辛く、集中力が続かず、だるさがほぼ毎日取れない私はうつ病なのでしょうか?
(2)本当は治っているのに、甘え癖や擬態うつ病などで逃げているのではないでしょうか?(会社もたびたび休んでしまいます)
(3)2週間ごとに薬を切り替えることで効果は出るものでしょうか?
以上につき、何かご意見をお聞かせいただければ幸いです。
林:
(1) あなたはうつ病だと思います。甘えや擬態や逃避ではないでしょう。
4ヶ月前のあなたの症状は、いずれも典型的なうつ病にみられるものです。すなわち、
・頻回に涙を流す (あまりの辛さに会社を出た途端に家に帰り着くまで涙が止まらない、布団に入ると涙が何時間でもあふれ続けて息苦しくなる)
・死を考えること (包丁を手首にあててみて「切るのは大変そうだから自殺はやっぱり無理だ」と自分を納得させる)
・自律神経症状 (会社にいてもめまいが止まらない)
・頭が回転しない感じ (立方体を紙に描くだけの作業に一日かけてしまったり、新聞の文字が頭をすり抜けていく感じ)
これらは、いずれもうつ病の症状です。もっとも、これらひとつひとつだけをとってみれば、病気かそうでないかの判断は難しいですが、症状の組み合わせと経過からは、まず間違いなくうつ病と診断できると思います。
経過というのは、ひとつは発症直前の状況です。
うつ病は、つらい経験をきっかけに発症することがあるのはもちろんですが、つらい状況が少しでも改善されたときに発症することもあります。あなたのケースは
日ごろから私が信頼している方が私の上司となり、ようやく組織としてまともな仕事ができるようになり始めたころから、体調が目に見えて悪くなってきたのです。
ということですので、「つらい状況が少しでも改善されたときに発症」したといっていいでしょう。このパターンは、甘えや逃避では認めにくいものですので、うつ病の診断を強く支持するものといえます。
また、治療を受けてからのあなたの経過も、うつ病によくみられるものです。すなわち、悲壮感は軽くなったものの、まだ元気が出ない。うつ病の治り方の典型的なパターンは、まず不安・焦燥が、続いて抑うつ気分(あなたのいう悲壮感はこれにあたります)が軽くなり、意欲低下(あなたのいう「集中力が続かず、だるさがほぼ毎日取れない」はほぼこれにあたります)が回復するのは最後という順番です。あなたはまさにこの経過をたどっているといえます。
(2)本当は治っているのに、甘え癖や擬態うつ病などで逃げているのではないでしょうか?
いま説明したとおり、違います。あなたはうつ病だと思います。逃避ではないでしょう。
(3) 2週間ごとに薬を切り替えることで効果は出るものでしょうか?
これはいちがいにお答えできないところで、2週間ごとの薬の変更は、効果が出る場合も出ない場合もあります。ただし「薬を切り替える」というのは具体的にどうしているのかが問題です。もし2週間で効果がみられないからといって、別の薬に変えているとしたら、それはよい方法とはいえません。2週間で効果がみられない場合は、その薬の量を増やすのが治療としては最善でしょう(抗うつ薬の量については、うつ病の相談室の64ページから70ページに詳しく解説してありますのでお読みください)。
実際にあなたの処方歴をみますと、レスリンとトレドミンは、2週間だけの処方で、増量されることなく見切りをつけられている点は、賛同できないところです。睡眠薬のマイスリーについては、2週間で安眠が得られなければ、変更するという方法も他の薬を追加するという方法も一般的なものです。
それよりやや理解しがたいのは、せっかく効果のあったノリトレンをやめてしまったことです。もちろん副作用が強ければ、どんなに効果があっても中止するのは当然です。しかし薬の副作用には、対策があるものとないものがあります。あなたがノリトレンをやめた理由である便秘は、普通はかなりひどくても便秘薬を一緒に飲むことで改善できるものです。なぜその対策をとらなかったのでしょうか。
もっとも、便秘といっても重症になってイレウスという状態になると、手術が必要になったり時には命にかかわることもありますので、軽くみることは禁物です。しかしこれも早めに便秘薬を使えば十分予防することができるものです。
とはいうものの、あなたの症状に対するノリトレンの具体的な効果が不明ですので(「効果あり」と書かれていますが、それはどの程度の効果なのかということです)、なんともいえないところではあります。副作用の出た薬を続けるかどうかは、効果と副作用のバランスを考慮して決めるものですので。もしあなたにとってノリトレンの効果がかなりはっきりしたものであったのなら、もう一度ノリトレンによる治療を再検討するべきだと思います。
もちろんいま飲んでおられるルボックスの増量を続けて効果を見るという方法も十分期待できます。ただ、理屈からいうと、あなたに効果のあったノリトレンは、どちらかというとノルアドレナリン系に作用する薬で、一方ルボックスはSSRIですからセロトニン系に作用する薬ということになり、薬理作用的には一貫性のない治療戦略といえないこともありません。「いえないこともありません」というのは、実際の臨床では、ノルアドレナリン系に作用するとかセロトニン系に作用するとかいう薬理学的な知識をもとに抗うつ薬の処方を考えても、なかなか理屈通りにはいかないことからそういう表現をとってみました。
以上まとめますと、
・あなたはうつ病だと思います。甘えや擬態や逃避ではないでしょう。
・いま受けておられる治療は、特によくないとはいえませんが、処方については一考の余地はあります。