精神科Q&A
【0500】化学物質すべてに対して発作が出ます
Q: 48歳の主婦です。20年前から不安神経症ということで片づけられて、処方された精神安定剤とか抗うつ剤とかを飲むと息苦しくなり、血圧急上昇、手足冷汗、頻脈と、我慢しようのない苦しみで、医師に話しても薬に対する恐怖心と言われ、わかってもらえませんでした。予期不安など全くなく、その後も同様、なんの不安もなくかけたパーマ液、今まで飲めていたアルコール類、ビタミン剤、接着剤使用など、服用、塗布、吸飲にかかわらず、呼吸困難症状が条件反射的に起こり、薬効持続時間ずっと8時間でも24時間でも続きます。知らない薬効時間なのに過ぎればウソのように楽になります。どこの病院の内科、アレルギー科、精神科でもわかってもらえず、化学薬物類を避けて何の薬も飲まずに、やってきました。今、高血圧治療しようにも入院して薬を飲んでも、かえって薬物拒絶の反応で上がってしまい逆効果になり、ほとほと困り果てています。八方ふさがりの精神状態です。自分自身のホルモン交代の時期にでも、同様夜中に寝ていて突如発作がおこっていました。脳が化学薬物すべてを危険物として認識してしまい誤作動するのでしょうか?発疹などは全く出ず、アレルギーとも違うそうです。
林: このメールを読んで、まず私が思い出したのは、「バラの花に反応して喘息の発作が起きる」という、ある歴史的な患者のことです。
それはある女性の患者で、バラの花や、バラの香水などに対して、直ちに喘息の発作が起きるというのが中心症状でした。1886年に、マッケンジーという医師が報告したものです。
この女性患者は、自分の喘息症状が、バラに含まれる何かによって起きていると信じていました。
ところがある時、マッケンジー医師が、きわめて精巧に作られたバラの造花をこの人の目の前に見せたところ、やはり直ちに喘息発作が起きたのです。
つまり、この女性患者自身が信じていた、「バラに対する喘息発作」は、自己暗示的な要素が強かったということになります。
この造花の一件で患者自身がそれを悟ってから、初めて本当の治療を開始することができたとマッケンジー医師は述べています。
これは、心身症の文献には必ずといっていいほど出てくる有名な例で、自己暗示によって様々な症状が出ること、そして本人はそれが自己暗示であるとは気づいていないことが、鮮やかに示されているといえるでしょう。
さてそこであなたの症状のことです。
話の流れからいって、あなたの症状は自己暗示によると私が言いたいのだと予測しておられると思います。そして、「やっぱり他の医者と似たりよったりの説明か」と失望されているかもしれません。また、化学物質に反応するという状況からいって、自己暗示のはずはない、と主張されるかもしれません。
けれども、「化学物質すべてに対して発作が起きます」というあなたの中心的訴えそのものが、自己暗示であることの証拠であると私は判断しています。
なぜなら、化学物質がない所というのは事実上存在しないので、もし本当に化学物質すべてに対して発作が起きるのであれば、絶えず発作が起き続けていなければならないからです。たとえば食べ物の中には化学物質はたくさんあります。塩や砂糖も化学物質です。空気中にも様々な化学物質があります。
そもそも化学物質とは何でしょうか? あなたの文面からすると、薬品や合成化合物のことを指しているようにも読み取れます。しかし、薬品にしても合成化合物にしても、自然に存在する物質と何ら本質的な違いはありません。直感的には人工の物と自然の物は明確に二つに分けられると考えがちですが、科学的には両者にたいした差はありません。ですから、あなたのおっしゃる「化学物質すべて」に対して発作が起きる、というのは、考えられない現象です。さきほども言ったように、もしそうなら絶えず発作が起き、それが何年も続けば、生きることはできないでしょう。つまり現にあなたが生きておられることが、あなたのおっしゃることは間違っていることの証拠ということにもなります。そうしますと、「化学物質すべて」に対して発作が起きるのではなく、「あなたの言うところの化学物質すべて」に対して発作が起きている、というのが正しい認識ということになります。その原因は、自己暗示以外に考えられません。
私がこうした説明をあなたにする理由のひとつは、症状について正しい認識をするところから、治療が始まるからです。逆に、誤った認識をしている間は、本当に有効な治療は不可能だということになります。おそらくこれまでにもあなたの症状は自己暗示だという説明を受けたことはあるのではないかと思います。そのほかにも類似した説明は繰り返され、あなたはそれには決して満足しなかった(満足しようとしなかった)のだと思います。
「20年前から不安神経症ということで片づけられて」
という書き出しの文章にもそれが表れていると思います。
また、
「我慢しようのない苦しみで、医師に話しても薬に対する恐怖心と言われ、わかってもらえませんでした」
という文章も同様の気持ちから出ているように読めます。ここで「わかってもらえませんでした」とありますが、よくお考えください。苦しみをわかってもらえる・わかってもらえないということと、その苦しみの原因をどう認識されているかということ(つまりここでは「薬に対する恐怖心が原因」という説明)とは、全く別のことです。ここでのあなたの不満は、苦しみをわかってもらえなかったことではなく、あなたの信じている原因とは違う原因だと説明されたことではないでしょうか。
事実というものは、常に納得できるものとは限りません。事実を直視し、本当の治療を開始してください。