精神科Q&A
【0489】医師から「職場復帰可能」という診断書をもらった同僚の、職場での異常行動
Q: 私は25歳の既婚女性です。
実は、私の職場に転勤してきた職員(40歳代後半男性・独身)のことで大変困っております。職員、と言いましても、彼は仕事らしい仕事はほとんどできません。
というのも、前の職場にいたときに精神を病んで、欠勤を繰り返し、その後3ヶ月ほど精神病院に入院していたのですが、これ以上休職すると、復職が難しいということで、親が無理やり退院させたそうです。(そのときの医者は、「パニック障害」という診断書を出し、軽微な事務作業はできると書きました。)
そして、現在の職場へ転勤してきたのです。
が、毎日何をしているかというと、椅子にじーっと座って、ただひたすらボーっとしているのです。
時々、簡単な仕事(電話を取る、郵便物を出しに行く、ごみを集める等)を上司に言われてするのですが、どれもすぐに飽きてやらなくなります。
かといって、知識を必要とする業務ができるかというと、これも全くできませんし、やろうともしません。
初めは、あまりに簡単な仕事だと彼のプライドが傷つくかと思って、周りの人間も皆気を遣っていたのですが、どうやらそうでもないようなのです。
どんな仕事を与えても、
「おもしろくない」
「疲れた」
「眠い」
と言って、本当に一日中椅子に座って、宙を見つめてボーっと座っているだけなのです。
普通なら、あまりにすることがないと退屈して、かえってしんどいと思うのですが・・・。
彼はちょっと作業をしただけで疲れるそうで、持続力、やる気というものが全くありません。
そして、薬を飲んでいるので毎日すごく眠いんだそうです。(何の薬かは分かりませんが、今も毎週通院しています)
椅子に座ってボーっとしているときは、
時々ブツブツと何かつぶやいたり、
ひとりでうなずいたり、
急にニヤーッと笑ってそれがしばらく止まらなくなったりもします。
また、周囲の人間はみんなそれぞれ忙しく仕事をしているのに、急に大きな声で話しかけてきます。みんな、自分の仕事で忙しいので相手をする者はあまりいないのですが、そんなことはおかまいなしのようで、自分の気が済むまで一人でしゃべり続けるのです。
彼が転入してきて、前任者が転出したことで、私の仕事量は以前の倍近くになってしまいました。
会社としては、前の医者が「パニック障害」という診断書を書き、しかも職場復帰はできるという内容の診断書を書いている以上、それを無視して彼を離職させることはできない、という方針だそうです。
彼の病気は、私には病名はわかりませんが、本人がそうなりたくてなったわけではないし、そう考えると非常に気の毒だと思います。
そう考えるようにして、なるべく気にしないようにして仕事をこなすよう心がけているのですが・・・。
私の仕事量は大幅に増え、忙しく仕事をしている目の前で、毎日ボーっと座られ、ニヤニヤ笑ったり居眠りしたり、大きな声で話しかけてきて仕事の邪魔をされて、どうしてもイライラすることが多くなってしまいました。
そして、毎日胃痛と便秘、下痢に悩まされるようになり、とうとう円形脱毛症にもなってしまいました。
今では出勤するのがおっくうになり、朝起きるのがとてもつらいです。夜もなかなか寝付けませんし、仕事中もいつもダルい感じがするようになりました。
上司に言い、配置換えも頼んでみましたが受け入れてもらえませんでした。
いろいろなHPを見て、パニック障害の症状を読んでみましたが、どう考えても彼はそういう病気ではないように思えます。いったい彼はどういう病気なのでしょうか。また、彼に対して私はどのように接していけばよいのでしょうか。アドバイスをいただけたら幸いです。
林: この40歳代後半の男性は、精神分裂病(統合失調症)だと思います。あなたがおっしゃるとおり、パニック障害ではありません。
「本当に一日中椅子に座って、宙を見つめてボーっと座っているだけ」
という記載に代表される無気力さは、精神分裂病の陰性症状でしょう。
「普通なら、あまりにすることがないと退屈して、かえってしんどいと思うのですが」
というあなたの感想はもっともですが、それが病気の症状というものです。
また、
「時々ブツブツと何かつぶやいたり、ひとりでうなずいたり、急にニヤーッと笑ってそれがしばらく止まらなくなったりもします」
というのは、幻聴がある人に特有の症状です。
さらに、
「周囲の人間はみんなそれぞれ忙しく仕事をしているのに、急に大きな声で話しかけてきます。みんな、自分の仕事で忙しいので相手をする者はあまりいないのですが、そんなことはおかまいなしのようで、自分の気が済むまで一人でしゃべり続けるのです」
という症状、これに名前をつけるのはなかなか難しいのですが、いわば自分の周囲の状況を的確に把握できないということで、思考障害とも認知障害ともいうことができるでしょう。
総合すると、この方はかなり慢性化した精神分裂病であると判断できます。
念のため付け加えますと、精神分裂病の人がすべてこういう状態に陥るというわけでは決してありません。精神分裂病の経過はさまざまです。ほぼ完全に健康な人と変わらない状態に回復する人もたくさんいます。
ただ一方でこの方のような状態が固定するケースもあり、精神病院の慢性病棟にはこういう症状の人がたくさん入院されているというのが現状です。
あなたのご質問に戻ります。
ここまでお話してきたように、この方が精神分裂病であることはほぼ確実だと思います。そしてあなたのおっしゃっていること、
「本人がそうなりたくてなったわけではないし、そう考えると非常に気の毒だと思います」
は、本当にそのとおりです。どんな病気にもある苦しみのほかに、この方のような場合は、その病気のために周囲の方からよくない印象を持たれてしまう。ふつうの病気の二倍以上の苦しみだと思います。しかしこの方自身には、もうその自覚がないかもしれない。それを苦しみというべきかどうかは難しいですが、悲惨であるという印象は否めません。
ただ、あなた自身にもあなた自身の苦しみがあることも事実です。あなたは以下のように書いておられます。
「私の仕事量は大幅に増え、忙しく仕事をしている目の前で、毎日ボーっと座られ、ニヤニヤ笑ったり居眠りしたり、大きな声で話しかけてきて仕事の邪魔をされて、どうしてもイライラすることが多くなってしまいました」
「毎日胃痛と便秘、下痢に悩まされるようになり、とうとう円形脱毛症にもなってしまいました」
「出勤するのがおっくうになり、朝起きるのがとてもつらいです」
「夜もなかなか寝付けませんし、仕事中もいつもダルい感じがするようになりました」
こうした状態になってまで、この方の病気による職場でのふるまいを受け入れるべきかどうか。
それはあなたがお決めになることです。
ただし、これを決めるのは上司の職務でもあると思います。
「会社としては、前の医者が「パニック障害」という診断書を書き、しかも職場復帰はできるという内容の診断書を書いている以上、それを無視して彼を離職させることはできない、という方針だそうです」
もっともな方針だと思います。「離職させること」はできないでしょう。しかし、この方のために職場での仕事全体に支障が出ているとすれば、離職させないまでも、何か手段を講じるのが管理者の役割だと思います。病気だからといって、周囲の迷惑を容認し、周囲に過剰な忍耐を強いることは、逆に病気に対する嫌悪感を増すことになると私は思います。診断書をタテにとって、何もしないのは、上司としての務めを放棄しているのではないでしょうか。
それからもちろん、そもそも職場復帰可能という診断書を発行した医師の行動にも疑問が投げかけられるところでしょう。
診断書に職場復帰可能と書くかどうか、また書くとすればどのような条件をつけるか、というのは個々のケースによってかなり微妙な問題なので、この方の診断書の是非についてのコメントはここでは致しません。(「軽微な事務作業はできる」という診断書であるとのことですが、「軽微」とはどの程度かが問題になるケースだと思います)
かわりに私がいま思い出したケースのことをお書きします。それはもう何年も前のことになりますが、空港に勤めていたある男性の患者さんです。その人は、あるこころの病(統合失調症ではありませんでした)の治療のため休職中だったのですが、あるとき職場復帰可能の診断書を求められました。
私は復帰可能とは書きませんでした。
その人は旅客機の整備士だったのです。そして、病状からいって、整備士の仕事はとうてい無理で、旅客機を危険な状態にする可能性が大きいと私は判断したのです。
もし私が職場復帰可能という診断書を出したらどうなっていたか。それでも上司の権限で復帰を止められたか。または仕事内容を制限されたか。それともあなたの上司のように、医師から復帰可能という診断書が出たからには復帰させるしかないという方針で、旅客機の整備をさせたか。
それはわかりません。わかりませんが、とにかく私としては無理であると判断したのです。
こういう場合、医師としての逃げ道は実はあります。診断書に、「職場復帰は可能だが、職務内容は現状に応じて決定すべきである」というようなことを書くのです。それによって上司に判断を移行するというテクニックです。
しかしこのケースで私はそうしませんでした。病状からみて、現在の職場への復帰そのものが無理だと判断したからです。
このことで、この人は私を恨んでいるかもしれません。助けを求めて受診したのに、結局はそれが失職につながったわけですから。
これは医師患者関係の問題のようにも見えますが、病によって仕事の能力が低下してしまった場合には、あらゆる場面で出てくる葛藤だと思います。
それはともかく、こういったケースではどうするのが正しいのか。そもそも「正しい」とはどういうことか。
それをよくお考えになったうえで、あなたのケースでのあなた自身の対応をお決めいただきたいと思います。