震災時の精神医療の実像を記した貴重な一冊として、1995年の阪神・淡路大震災についての、

19951月・神戸 「阪神大震災」下の精神科医たち』中井久夫編 みすず書房

  があります。この本には、それまで精神科治療によって安定した生活を送っていた統合失調症などの方々が、阪神・淡路大震災の直後、服薬が途切れることによって次々に悪化していった様子が描かれています。マスコミにはPTSDやいわゆる心のケアが大きく取り上げられますが、本当は、それまで精神科の病歴がある方々の症状悪化をどう防ぎ、悪化してしまったらどう対処するかが、精神医療の喫緊の課題なのです。

たとえばこの本に次のような文章を見出すことができます。

p.152 兵庫県立光風病院・山口直彦院長の話

マスコミから「震災以後の入院患者に何か特徴はないか」との問い合わせがしばしばあった。「ほとんどがかつて病歴のあった人です」と答えると、いかにも残念そうに「それでも少しはあるでしょう。実例をあげて下さい」と食い下がられた。

 「それでも少しはあるでしょう」とは、これまで病歴がないのに震災によって精神科入院に至ったというケースが「少しはあるでしょう」という意味です。

マスコミの方の仕事は、事実を伝えること以外に、人々に話題を提供するという側面がありますから、もともと精神疾患を持っていた方々の悪化には興味を示さないのは仕方ないことかもしれません。しかしこれは、1900でもお話したように、社会の中に精神障害者の方が多数存在するという事実を抹殺する態度であるともいえるでしょう。

  今回の東日本大震災の直後にも、薬が飲めなくなったことにより症状が悪化した統合失調症の方が、避難所に入れず困窮されているという複数の情報が、私のところにも入っています。

認知症や高齢者の人々、あるいは知的障害の人々の避難所でのご苦労は報道される。高血圧や糖尿病の人々の薬が手に入らずご苦労されていることは報道される。けれども、精神病の人々については報道されない。つまり精神障害者の情報の抹殺。そういう現実がまだまだ日本にはあります。

(2011.4.5.)