精神科Q&A

【2188】 精神科の診断書は無敵のカード?


Q42歳の部下の件で、ご相談です。5年ほど前にパニック障害、社会不安障害と診断され、通院中です。診断書が出て以降、年に約50日の不定期な休み、遅刻(朝、携帯メールで連絡がくる)が続いています。本人が言うには、初めてパニック発作の不調を感じて脳神経外科に行ったのは15年以上前で、その時は脳神経外科的な異常は無いという診断にしかならず、パニック障害や社会不安障害という認識に、周囲も本人もいたらないまま、5年前に行った心療内科で、初めて診断書が出されたとのことです。(診断書が出る前は、これほどまでに休むような勤務態度ではなかったのです) 彼は見るからにおとなしく内向的な雰囲気で、どちらかというと人を避けるような傾向が以前から見て取れますが、他人に対する攻撃的な態度はありません。1対1で仕事の説明や報告を受ける際、よく指が震えているのは、私が初めて彼と会い、上司となった10年前から気付いており、緊張しやすいタイプとは思っていましたが、病気というほどの認識には至りませんでした。 5年前に診断が出た際、2ヶ月休職してみたものの、本人いわく、「何も変わらなかった」とのことで、再度の休職を希望はせず、年間約50日の不定期な休みを取りながらでも、出社したい意向はもっています。 仕事を進める上では、好ましくない勤務態度であることは間違いなく、発注者側の不信感を招くことも多々ありますが、本人から、病気を治したい、周りと同じような勤務態度や仕事ぶりで頑張りたいという欲のようなものは全く感じられず、(何事にも欲がないように見えます)周りがフォローしながら、何とか仕事を続けている状況が、このままずっと続くであろうという諦めもあります。 しかし、厳しい見方をすれば、精神科の診断書というオールマイティの無敵のカードを手にしたことで、どんな理由(最近は理由を問うこともせず、年に1回診断書を出せば、風邪でも腹痛でも休めということにしています)でも休める、周りの人間は一切の批判は許されないという状況をわかって、確信犯的に都合良く利用しているのではないかという疑いを抱くこともあるのが正直な気持ちです。私たち会社の周りの人間が、彼にしてあげられることは、どのようなこととお考えでしょうか。


林: メールの記載からは、この42歳の社員の方に、パニック障害や社会不安障害という診断がつくレベルの症状があるのか、それとも性格の範囲にすぎないのか、判断が困難です。とはいえ、

診断書が出る前は、これほどまでに休むような勤務態度ではなかったのです

という事実から見て、精神科で病気と診断されることによって、それまでの自力で何とか頑張ろうという気持ちが、折れたとはいわないまでも弱まった可能性は強いように見えます。このようなケースは職場にはかなり多いと推定され、心の病の診断が安易にされすぎるという批判をそこここで生んでいます。私はサイコバブル社会でこの状況をアブノーマライゼーションと呼んで論じましたが、一般にはmedicalization (医療化、医学化)とか、disease mongering などと呼ばれ、最近特に問題となっているところです。

精神科の診断書というオールマイティの無敵のカード

は、やや言い過ぎの感があるものの、

厳しい見方をすれば、精神科の診断書というオールマイティの無敵のカードを手にしたことで、どんな理由(最近は理由を問うこともせず、年に1回診断書を出せば、風邪でも腹痛でも休めということにしています)でも休める、周りの人間は一切の批判は許されないという状況をわかって、確信犯的に都合良く利用しているのではないかという疑いを抱くこともあるのが正直な気持ちです。

というような気持ちを持っておられる方は増えているようです。
そのお気持ちが、当事者に対する嫌悪や、さらには心の病全体に対する嫌悪につながる場合が見られることがとても悲しむべきことで、そういう事態を避けるためには、精神科医が、安易に診断書を出さないことが必要であると私は考えています。私以外にもそのように考える精神科医はもちろん多いのですが、医療の現場では、たとえ客観的には軽い症状に見えても、本人がつらさを訴える限り、それを切って捨てることはできませんから、診断書を書くことが本人のためなのか、それとも診断書で目先だけの解決をすることは好ましくないことを告げることが本人のためなのか、ジレンマに悩むことがしばしばあるのもまた事実です。

私たち会社の周りの人間が、彼にしてあげられることは、どのようなこととお考えでしょうか。

この【2188】のような事態は、(この42歳の社員の方が、本来は病気と診断できるレベルではないか、少なくともそう何日も休む必要がないレベルだとすれば)、原因は精神科医の診断にあるわけですから、質問者のような周囲の方を悩ませるのは心苦しい限りです。そして質問者が、この方に嫌悪感を持つのではなく、建設的な解決を志向しておられるのはありがたい限りです。
質問を受けた私としては、ぜひ実効ある回答をしてさしあげたいところですが、【2188】の事態は現代の精神医療そのものに原因がある問題、さらにいえば日本社会そのものに原因がある問題で、なかなか即効の解決策はないというのが現状です。
職場という場面での現実的な方策としては、たとえ病気であっても、この【2188】のような形で休みを取り続けることは本人の将来にとってマイナスであることを、時間をかけて説明していくことが挙げられると思います。
しかしこの方法も、現代の職場では、「会社での自分の将来がそれほど明るいものでなくても、クビにならず給料をもらい続けることができればそれでいい」と考える人も少なからずいらっしゃるようですので、そういう方にはほとんど効果がないと考えられます。これも擬態うつ病を生むひとつの背景になっています。

(2012.1.5.)


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