精神科Q&A

【1867】妄想は自覚したが、その後、奇行が目立つ弟


Q: 私は30歳の女性で会社員です。27歳の弟のことで相談させてください。
私は実家を出て1人暮らしをはじめて、10年ほどになります。弟は実家に住んでいます。
長文で大変失礼しますが、ご参考にと思いまして、現在までの来歴です。

弟は、高校卒業から、アルバイトはしたことはありますが、定職は持たず今まできました。
高校時に大学を受験しなかった理由は、「落ちるのがイヤだから」です。
以後数年浪人生活を送った後、いわゆるプータロウになりました。受験は一度もしませんでした。
当時、家の中はバタバタしていましたから、勉強に専念できないというのもわかりましたが、傍目に見ても努力が足りません。
私も仕事の合間に英語を教えに行ったりもしましたが、出した課題や宿題に手をつけることはありませんでしたので、卒業後も受験はしませんでした。

その後、二年ほど前ですが、突然弟に相談されました。
曰く、「自分を嫌っている連中に嫌がらせを受けている」「集団に盗聴されたりして、その様子をネットにアップされて嘲笑われている」。
驚いて話をきき、メモをとり、@果たして本当にそんな目に合っているのか、Aただの妄想なのか、悩みました。
同世代の友人もいないようでしたから、健全な生活を送れるよう、私の友人を紹介したり、遊びに連れ出したりしながら、さらに話を聞きました。
が、自分がどんな被害を受けたかを訴えて悲壮に泣くので、本当に嫌がらせを受けている万が一の可能性を考えて、弟を連れて探偵事務所に相談に行きました。
探偵たちは最初弟に同情し、無償で家の周囲に数日張り込んでくれ、実家まで来て盗聴器等を探してくれました。
結果盗聴器も周囲に不審な人物も見当たらず、ネット上の履歴にも該当の内容なしとのことで、「過去に嫌がらせはあったかもしれないが、現在は収束している」「そういうものに立ち向かう姿勢で頑張ってほしい」と思いやりのある言葉をかけ、さらには臆病な弟を叱責してくれたようです。
ですが、弟は、「彼らもグルだった」というようになります。私の友人たちにも、同じような疑いをかけるようになります。

彼の妄想ぶりはエスカレートするばかりで、話も変わっていきます。
「なんでそんなことをするのか」「それは誤解なんだ」「誤解を晴らしたい」と言って泣いたりしながら、目つきはきつくなり、自分の一部屋を目張りして潰し、家族にもおかしなことを強要します。

万策つきた、と思っていたころ、ある日突然、自分が偏執的な思い込みを持っていたように気づいたようです。
母に「ぼく、おかしいかな」と尋ね、以来妄想について言うことも、それについて要求することもなくなりました。「盗聴されている」「盗撮されている」という妄想も消えたようです。
その後の経過は次の通りです。

【X年末 食事拒否】
妄想がなくなってしばらくして、秋口より、食事量が減りました。
社会的に独立していない後ろめたさから、遠慮して食事を取りづらいのかと考えていましたが、食欲は人間の健全な欲求ですし、何を食べようと誰も咎める人間もいなかったはずです。
友人との会食事など、「食欲がない」という決まり文句が段々とエスカレートして、食事をとらなくなりました。

食欲がないのではなく、意志で食べていなかったということが後になって判明しました。
本人は腹を減らしていて、食べたくてたまりません。
が、時には何かにあてつけるかのように、あるいは時にはおまじないでもしているように、食事を制限します。一日絶食しているものですから、限界はきます。
腹を減らして周囲に「食べていいか」「間違いじゃないか」「絶対保証しろ」と迫った挙句、どっさり食事をとっては「騙された」と言って周囲を責めたりしていました。
食事をとらないことだけが、彼が自分をコントロールする術のようでした。

彼には、「優しくされたり認められたい」という気持ちがあったようです。
が、情を受けるとさらに自分に同情して、自分からは何もアクションを起こさないのですから、どうしようもありませんでした。
また、彼の求める理解は、例えば食事を例にとっても常軌を逸していました。

「自分がほかの人がわかるような色々なことをわからないのは、周囲が教えてくれなかったせいであるから、仕方ない」「だから自分が飯を食べる前にそれが正しいか、絶対保証しろ」。
母などはわが子かわいさから、「お母さんが保証するから食べなさい」と言ってしまうわけですが、食事を存分とった後、「騙された」と騒いで荒れるのです。
そんな日々を延々と繰り返しました。

「摂食障害は時間がかかるから自分の意志でやっているならやめるように」
「栄養が足りないと、心も体も正常に働かないかもしれないから、それを覚えておくように」
「何かやりたいことがあるなら、きちんと自分で健康な体をつくってから挑戦するように」。

すると、彼は真っ当な道に戻るまでの【期限】を聞くのです。
「いつまでにやればいい?」「いつまでだったら大丈夫?」
正直、どこまでふざけた男なんだと情けなくなりましたが、何を言っても無駄でした。

弟はどんどん痩せていきました。
その頃の口癖は、「自分は色々なことができるのに、こんな体だからできないのだ」「本当の自分はこんなんじゃない」「あれもしたいこれもしたいんだ」。
ならメシをくえ、と思ったものですが、明らかに異常な体つきになっていたのでこちらも真剣に食事の必要性を説きました。
痩せ方が餓死寸前であると判断したとき、午前中会社を休んで実家へ行って、以下を告げました。

「ごはんを食べないと人は死にます。あなたも人間なので、それは同じです。が、食べるか食べないかはあなたの自由です。食事を拒否し続ける限り、あなたは死にますよ。あなたが死ぬというなら私はとめません。死ぬか死なないか、選ぶのはあなたの自由で、私たちは干渉しません」

言ったあと、非常に心配になりましたが、それが限界だったと思います。
幸い、結果はその日のうちに出ました。
弟は夕刻には体が動かなくなり倒れて震えていたそうで、すぐに自分から食事をとって、窮を脱したようです。
しばらくは「自分が死にかけた」「ひどく大変な思いをした」ということを主張してやみませんでした。

その後、ギリギリまで食べずにまとめて食べる、というパターンを繰り返していましたが、
肉付きもよくなり、現在は通常の人間の体型に戻りました。
明らかに内容の偏った食事のとり方をしていますが、嘔吐していないようですし、定期的に摂食していますので、
徐々に通常に戻るのではないかと期待しています。

【X+1年1月】
弟は幼児のようになりました。
出かける家族を引き止めたり、外に出たがったりするようになりました。
といいますのも、自分で外出するのではなく、必ず誰かについて行こうとするのです。
フードや帽子を目深にかぶり、マスクで顔をほとんど覆って、絵に描いたような不審者です。
当然道行く人々に警戒されますし、警察に通報されたことも何度かあります。それが不満のようです。
「そんな格好をしていると、誰だって警戒する」と親が諭すと、
「なんで誤解するんだ」「自分はいい人間だ」「いいことをしている」と不満を露にします。
一般論に耳を貸さず自分の言い分だけを主張する姿を見て、
この子は本当にただのわがままで、どこか根本を間違えているんだろうなと思いました。

【X+1年3月】
弟はあちこち出歩くのをやめています。

父方の祖父が京都で1人で暮らしており、介護が必要になってから、
家族で頻繁に訪ねているのですが、祖父を訪ねている際も弟は何も言わず座り込んでいますので、
祖父も弟を大変心配し、日記に「心身を鍛えて社会に有用な人間になってほしい」と書き付けるほどがした。
が、弟は「おじいちゃんを守る」と気持ちだけはありがたいことをおかしな方向から望んでいるようで、
先日、祖父から貰っただろうお小遣いで京都へ行きました。電気を消してフードを被って一日中階段に座り込んでいるものですから、
祖父の世話をしに来た介護士やヘルパーさんに警戒され、「気味が悪い」「身の危険を感じる」と両親が相談を受けたそうです。

介護士さんたちの反応は尤もだと思います。
両親は介護士さんたちに謝罪し、悩んでいる旨を伝えたそうです。
父が弟を連れて帰り、介護士さんたちから相談があった旨を弟に伝えたところ、「本当はそんな人間じゃない」と言い募った挙句、今度は身動きをとらなくなりました。

家の中でフードをかぶり、マスクをして顔を隠し、風呂に入らず、リビングのひとつところにずっと座っています。
布団をじゅうたんのようにフローリングの床に敷いて、一角を占領しています。寝るときもその姿勢のままです。
食事は布団を頭から被ってとります。食べるものは、ごはんとパン、時々隠れてそのほかのものも食べているようです。
食事をとったあとは、冷蔵庫の電源を引き抜いたりします。

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リビングのような公共のスペースに目立つ格好で陣取る姿は、悪い冗談のようです。
自分が以前目張りをほどこして潰した自分の部屋に行かないのは、居心地が悪いからだと思いますが、つまりその程度の覚悟で現在の行動を選択しているように思えてならないのです。
彼は決して家を出て行こうとはしません。何か行動を起こそうともしません。
彼と話すとわかるのですが、必ず彼の口から出てくるのは、「自分の立場の言い訳」と「周囲への恨み辛み」です。

母親や父親は、そんな彼とまともにとりあって口喧嘩しているようですが、明らかに不毛です。
その様子だけ見ていると、彼がありふれた反抗期の男の子のように見えます。
彼は一人前の扱いを受けたいと思っていて、言葉の応酬でそのようにふるまっているようです。喧嘩をコミュニケーションとして日常の支えにさえしているようでした。

私はしばらくの間、実家に一緒に住んでみることにしました。
仕事が忙しいので、ほとんど寝泊りするだけですが、瑣末な論議を避けることはできます。

彼を見ていると、「自分が自分の思っているように理解されない」ことによる、「周囲への不満」から、真っ当な日常生活を拒否しているようにしか見えません。つまり拗ねているのです。
また、長いこと健全な社会生活から離れてきたため、日常の瑣末なことに自信をなくしているようです。
おまけに頑固ですし、ひねくれても居ます。すなわち、「人から注意されたからやらない」ような子供じみたところがあるのです。
現在、以下のことを認めてくれるよう、誘導を試みています。

●現実を認めてもらう
「きみ自身について、責任を持てるのはきみしかいない」「きみはきみの選んだことしか行動していない」
「今のきみは、きみが様々な選択を続けた結果である」「きみは今真っ当な生活をしていない」

●大枠だけアドバイスをする
「真っ当ではないことを選び続けたからそうなったのであり、真っ当な人間になりたいなら、真っ当ではないことを選ぶのをやめるべきだ」
「どんな個性を持っていてもいいが、真っ当な人間であるための真っ当な努力は放棄すべきではない」

●その上で、想定される彼の言い訳に反論する
「きみは、自分が言い訳にしている『〜のせいでできない』『運が悪い』という恨みに囚われすぎて人の道の本筋を見失った」
「たとえどんな事情があろうと、人間としての努めは無視していいものではなく、何によっても埋め合わせがきかない」

私が上記を伝えると、彼は朝はフードをとるようになりました。仕事に出かける家族を羨んでいるようです。
伺うように周囲を盗み見、自分を見る家族の目が不自然であると感じたら、即刻フードを被りなおします。
そこで、父母は何食わぬ顔で出て行きますし、私はなるべく普通に声をかけ、入浴や着替えを勧めます。
ですが、それだけです。夜にはまたぴっちりとフードをしめ、無言でリビングのイスに座っています。
経緯が経緯ですので、いい加減疲れてきました。

弟は鬱状態というわけでもないようですし、とくに破綻した奇行があるわけではないので(彼のとっている行動自体はすべて奇行ですが)、どうしたものか考えています。
彼は非常に頑固で幼稚であり、臆病であり、自尊心が強いのです。
「自分は運が悪かった」「自分は本当はよい人間である」にも関わらず、
周囲がそのように評価してくれなかったから、「こうなっているのだ」と言いたいようです。
自分を認めない周囲を遮断しているうち、色々とおかしなところが出てきてしまったのではないでしょうか。

が、こんな化け物のような大人、しかも身内に対する最良の対処法を私は知りません。

医師の診察をずっと考えてきましたが、これまで受けていない理由は、見栄などではなく、以下のとおりです。

(1)本人の了解が得られず、現実問題として病院に連れて行くことが難しいこと
(2)強制連行は、彼の心のゆがみをますます悪化させるだけではないかと思っていること
(3)継続した投薬治療や、診察時の医師との対話について、彼に積極性があるか甚だ疑問であること
(4)私自身、彼のすべての原因が【わがまま】にあるのではないかと思っているので、投薬治療には懐疑的であること
(5)彼の来歴について、的確に認識してくれる医師にあたるかどうかということ
(6)欝の投薬治療を受けた友人2人が結果として自殺しており、弟のダメ具合(病気だった場合、継続して治療に向き合う可能性を低いことをさしています)から判断して、そのようなリスクは冒したくないということ

私は、弟がいつか真っ当な人間になってくれればと心から望んでいますし、そのための努力も惜しみたくありません。
反面で、両親の年齢と決して豊かではない実家の経済状態や、自分の経済状態も考えると、両親の老後とこの弟の面倒を両方私が見て行くことは、限りなく困難で達成できるとは思いません。
ので、弟は見捨てる選択も視野に入れる時期がきているかもしれないとも考えています。

その前に、専門家の方につぶさにご相談したくて、筆をとりました。
わがままが高じてこうした状態になるケースもあるのでしょうか? 
それとも、私がわがままととらえているものは、統合失調症のような病気の症状のひとつでしょうか?
弟のような状態の人間に対しては、精神医学からアプローチしたほうが近道なのでしょうか?


林: 弟さんは統合失調症です。質問者の方が弟さんのことを親身になって心配され、様々な努力をされてきたことはよくわかります。けれども統合失調症を理解されていないため、有効性の低いものになっています。いや、もっとはっきり言います。質問者のこれまでの努力の多くは無駄な努力です。もっと早い時期に統合失調症の治療を始めるべきでした。けれどもまだ手遅れというわけではありませんので、今からでもすぐに精神科を受診し、治療を始めてください。

以下、ご質問項目にお答えします。

わがままが高じてこうした状態になるケースもあるのでしょうか? 

これはわがままではありません。

それとも、私がわがままととらえているものは、統合失調症のような病気の症状のひとつでしょうか?

そうです。統合失調症です。わがままととらえられていたことが、弟さんはこれまで非常に不幸な経過を取ってきたことの大きな原因です。

弟のような状態の人間に対しては、精神医学からアプローチしたほうが近道なのでしょうか?

もちろんです。いや、厳密には、「精神医学からアプローチしたほうが近道」ではなく、「精神医学からアプローチ」する以外に方法はありません。

質問者のこれまでの誘導については:

●現実を認めてもらう

●大枠だけアドバイスをする

●その上で、想定される彼の言い訳に反論する


以上、質問者はこれまで、親身になって努力されていると思います。そして、その効果はゼロではありません。質問者の親身な姿勢が弟さんに伝わっているのだと思います。であれば、その親身さを、精神科での治療を受けることを促すことに使えば、弟さんは治療を開始することができるはずです。努力はその方向に用いてください。

これまで受診していない理由については:

(1)本人の了解が得られず、現実問題として病院に連れて行くことが難しいこと
(2)強制連行は、彼の心のゆがみをますます悪化させるだけではないかと思っていること
(3)継続した投薬治療や、診察時の医師との対話について、彼に積極性があるか甚だ疑問であること


以上は、統合失調症の患者さんを持つご家族に共通の悩みです。
精神科Q&Aの統合失調症の実例、中でも特に今回(2010.10.5.)の実例(【1805】から【1870】)などをお読みください。

(4)私自身、彼のすべての原因が【わがまま】にあるのではないかと思っているので、投薬治療には懐疑的であること

それが最大の誤解です。このため、質問者のせっかくの努力が誤った方向に向けられてきています。その結果、病状は悪化しています。

(5)彼の来歴について、的確に認識してくれる医師にあたるかどうかということ

それはわかりません。

(6)うつ病の投薬治療を受けた友人2人が結果として自殺しており、弟のダメ具合(病気だった場合、継続して治療に向き合う可能性を低いことをさしています)から判断して、そのようなリスクは冒したくないということ

実に不合理な理由です。
まず、弟さんはうつ病ではありませんから、これら友人の例とは何の関係もありません。
また、「うつ病の投薬治療を受けた友人」が、本当はいかなる病気であったかは不明です。(精神科にかかると何でもうつ病だと思われる傾向が、うつ病に対する誤解、さらには心の病すべてに対する誤解を生んでいます)
そして、その友人が本当にうつ病だったとしても、「うつ病の投薬治療を受けた友人2人が結果として自殺」ことを理由に、治療に懐疑的になるのは非論理的です。別のケースで考えてみてください。たとえば体の重い病気。「入院して亡くなった人が多いから、入院は死亡の原因」と考えることが非論理的であることはすぐにおわかりになると思います。その死亡は重い病気が原因であって、入院が原因ではありません。入院しなければ、死亡はもっと早まったと考えるのが普通でしょう。うつ病の治療もそれと同じことで、「うつ病の治療を受けている人が自殺した」場合、自殺の原因はうつ病か、治療か。あなたはその答えはを「治療」であると非論理的に推論しています。

私は、弟がいつか真っ当な人間になってくれればと心から望んでいますし、そのための努力も惜しみたくありません。

では精神科で治療を受けさせてあげてください。

弟は見捨てる選択も視野に入れる時期がきているかもしれないとも考えています。

もってのほかです。
そのようにして見捨てられた統合失調症の方の末路は、精神科Q&Aの統合失調症の実例の中にたくさんご紹介してあります。

その前に、専門家の方につぶさにご相談したくて、筆をとりました。

適切なご判断でした。ネットではなく、現実の専門家に相談されればなおよかったと思います。

繰り返しになりますが、質問者が姉として弟さんを思う真摯な気持ち、そして、これまで惜しまず努力をされてきたことはとてもよくわかります。けれども、統合失調症という病気の知識が不十分なため、結果としては弟さんの役に立っていません。
ぜひこれを機会に、精神科Q&Aの統合失調症の実例、中でも特に今回(2010.10.5.)の実例(【1805】から【1870】)、統合失調症の本などをお読みになり、どういう行動を取るかお決めください。

 

今回の更新(2010.10.5.)について

(2010.10.5.)


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