精神科Q&A

【1801】路上で保護した広汎性発達障害 (知的障害もあり)の男性


Q: 路上生活者支援を行っている団体でボランティアをしている訪問看護師 (30代女性) です。 今、ボランティア団体からひきつぎ、自分の勤める訪問看護ステーションから訪問看護をしている方についての相談です。
その患者さんは、41歳の男性です。X年の10月に、路上で髭は胸まで伸び、恐らく足の静脈瘤から蜂窩織炎を起こして足が半分壊疽になっているような状態で、当団体の夜回りパトロールで保護されました。 出身は青森とのことで、子どもの頃に母親が亡くなったこと、妹がいたこと、とにかく何か仕事の為に東京に出てきたらしいこと、ぐらいしか経歴はわかっていません。ただ、彼の戸籍があったらしい所まではたどりつきましたが、既に誰も住んでおらず、家族との連絡はとれずじまいです。 保護された当時は、とにかく、何に対しても、「はい、そうっす」「大丈夫っす」と答え(直後に反対の問いかけをしても同じ)、殆ど意思表示がないような状態でした。大人しく、優しい(道端で自転車が倒れて困っている人を助けてあげたり、子どもを可愛がったり)性格でした(この優しい性格は今も変わりません)。ただ、しばしば空笑や独語がみられていましたので、当時一度精神科を受診し、その際には、それらは知的障害から来るもの、と診断されたそうです。ちなみに、当ホームレス支援団体のリーダーも精神科医で、やはり同じ見解でした。彼は従順に、支援者に従って生活保護を受け、治療を受けに行き、愛の手帳まで取得し、第2種社会福祉施設に居住するようになりました。保護された10月から今年X+1年の5月までは、そのような状態で、従順にしていました。
医療を受ける中で、彼はウイルス量の多いHCVであることが分かりました。年齢的にも若いし、ということで、大学病院の医師から治療を勧められ、知的障害者への治療のリスクを知らなかった訳ではないようですが、インターフェロンとリバビリン療法が始まりました。2週間の入院後は、服薬と通院という形でした。一時的な発熱があった後は目立った副作用もなく過ごしていたとのことでしたが、3回目の注射が終わった5月上旬、彼は施設から突然失踪しました。(あとで分かったことなのですが、この際、あと数日分残っていたはずのリバビリンが見当たらなかったそうです)以前、結核で入院していた病院から、迷子になった履歴があったので、初めは迷子になったのかと思っていましたが、違いました。 彼に密に関わっていた支援者は、炊き出しから炊き出しを渡り歩き、道の占い師や手配師まで味方につけて、彼を必死で探しました。そして、奇跡的にも発見しました。 しかし発見した時の彼は、まるで別人のように目がつりあがり、攻撃的だったそうです。何かをブツブツ言いながら歩き、声をかけても目も合わせず通り過ぎ、更に声をかけると怒鳴りつけられたそうです。しかし、空腹には勝てなかったのか、お弁当を買ってあげると言うと大人しくついてきたそうですが、自分は寮(施設)で苛められていた、寮よりここ(野宿)がいい、もう帰る気はないので、来ないでほしいとすさまじい形相で語ったとのこと。彼からいつも、寮については不満はないと聞いていた支援者はショックを受けたようでした。その後、他の支援者も数人接触を試みたのですが、顔をよく知った人が行くと警戒し、逃げ出してしまう(特に男性)、近づけても、聴ける話は同じく、**(地名)には戻らない、しかし、彼が再び半年余り前の姿に戻っていくことを見るにしのびず、その後もその支援者(但し、彼は前に出ていけなくなった為、表立っては彼の妻;以降「おばさん」が)が、食料の補給をしつつ、彼を保護する手立てをあれこれと練っていました。そのうちに、毎日食べ物をくれる、「おばさん」には警戒心を解いていったそうです。しかしそのおばさんが、ひとこと「寮で誰にいじめられたの?」ときくと、「全員です!」と食べている弁当を噴出しながら言い、走り去ったそうです。いじめの事実は、寮長は分からなかったものの、ないとは断定できないとのことでした。彼にとっては、いじめのつもりで言われたのではないことがいじめになったのかもしれませんし。この当時は、彼の拒否的な反応から、インターフェロン療法の副作用である鬱と、リバビリンによる興奮作用、更に、嫌でもNoと言えないままに、抱え込んでいたストレスが重なり、精神症状に繋がったのだろうと思われました。 それでも、おばさんと彼のかかわりだけは、毎日続いていました。私が相談を受けたのは、そんな時でした。その支援者の奥様が法事で1週間いなくなる、誰か代わりになってくれる女性がいないか、と。私は平日は仕事があり、とても毎日は無理でしたが、週末なら、と引き受けました。私は彼と面識がありましたが、まだ彼の足が腐りかけている初期の頃だけで、その後は関わっていないので、覚えていないと思われ、うってつけだった訳です。更に、彼が徘徊しているのは、彼が住んでいた寮や、団体の活動拠点から離れただいぶ離れた区であり、私の職場の方面でした。 私が「おばさんの妹」として近づくと、意外に警戒心なく、一緒にお弁当を食べたりすることができました。私の働く場の近くには「ドヤ」という簡易旅館が沢山あります。私は、寮を出て1ヶ月、だいぶ汚れてきた彼を銭湯に入れて、ドヤに泊まらせることに何とか成功し、翌日、生活保護を再開してもらいました。彼は、金銭管理も難しく、ケアの手が必要と考えられた為、私が働いている訪問看護ステーションにつなぎ、つてのあるDrに指示書を書いて頂き、訪問を開始して今に至ります。
初め、口は何でもイエスマンという以前に近い状態に近くなっていたものの、たとえばお風呂は「入れます。入ります。」と言うだけで、何日しても入ろうとしない、のような状態でしたので、まずは生活を整えることから開始し、知的障害や発達障害の方への接し方の原則に則って不安を起こさせないように接し、更に、彼がNoと言えないために抱え込んでいたストレスを考慮して、彼ができるだけ自分の意思表示ができるように接していきました。その結果、表現力は、もっと知的に低いだろうという人よりないものの、自分の意思をだいぶ主張するようになりました。
しかし、よく喋るようになってきた所、逆に精神症状というべきものが、時折前面に出てくるようになりました。 具体的に言うとタバコが切れると、「宇宙人が出てくる」「おじさんが出てくる」「でていけ、と言われる」など。先日は、ついに避けていた支援者(「おばさん」の夫)と会う、と言ったのですが、直前でおばさんに対して険しい顔で断ってきたそうです。その支援者には、やはりNoと言えなかった鬱屈とした気持ちがあるようでした。それについて、翌日私に話したことは、「変な人が来たので、気持ち悪くなったので断りました」とのこと。「その辺におじさんたちがゴロゴロ寝てるでしょう?(これは本当です。酔っ払いが常に路上にゴロゴロしている地区です。)そこで腕を掴まれたり、お尻を触られたりするんです」と。この辺りまでは、まあ、ないでもないかな、知的障害から来る妄想かな、と思いましたが・・・この後は、誰だか分かりませんが「ヤツ」「ソイツ」について話し続けていました。「ソイツは色んな人を連れてくるんです。ソイツは死んでるんですけど、蘇らないんです。ヤツは一人殺してきたんですよ。」「女はいないんです。男なんですけど、新宿で、リカちゃん人形なんですよ。」等々・・・昨日は、飲み残していた薬の袋を突然、テレビの下(画面ではなく)に投げつけたので、何かいたの?と訊くと「タマキリムシです。タマキリムシは怒らすとヤバイんです」と言い、その後「気のせいっすよ、気にしない方がいいっすよ」と言っていました。今日は「おばさん」に「下北には悪いやつがいて、自家用ヘリコプターで東京に来ますから、来たら追い返した方がいいですよ」独語は、常々ですが、何かに向かって話しかけているというよりは、独り言、という感じの話し方です。大概聞き取れず、聞き返すと「何でもないっす」と笑っています。ちなみに、彼は、こういう話をしている時はやや興奮気味で、吹き出さんばかりに笑っています。 他に、最近は少なくなりましたが、被害的というよりは、罪悪感に近いようなことを、路上を徘徊していた折に言っていました。彼は、一日の大半を歩き続けていましたので、どうしてそんなに歩くの?と訊くと「自分は生意気だから、もっとちゃんとしなきゃいけない。」「歩いてた方が楽だから」ということを言っていました。うちの団体の精神科医は、知的障害の人の鬱には、健常者と違い、活動低下するのと逆に、歩き続けてしまう、というような症状がよくみられると言っていました。あと最近では「そんなつもりはないのに、目上の人に、乱暴な口をきいてしまう」というような言葉が聞かれています。彼の言葉遣いは、多少ガラの悪さはありますが、基本的に誰に対しても敬語で、乱暴ではありません。誰に対してもちゃんと、ありがとうございます、と言い、相手を気遣います。少なくとも落ち着いている時は。

すっかり長くなってしまいましたが、質問です。以前の接枝分裂病の話も読みましたが、彼は、統合失調症の疑いが強いでしょうか。そもそも、「いじめられた」が被害妄想だったようにも思います。彼は、愛の手帳を取ったり、寮を見つけたり、病院につきそったりと世話を焼いていた支援者に強い反感を抱いている訳ですが、それもNoと言えなったが為に、「行きたくないのに、あっち行け、こっち行けと言われた」という認識になっているようです。インターフェロン+リバビリン療法の副作用をきっかけに、彼のようにストレス・コーピングが弱い人は、統合失調症を発症してしまう、ということがありうるのでしょうか。ただ、幻聴よりも、幻視が多い感じなのがすこし気になります。彼のHCVの感染経路は分かっていません。手術歴も輸血歴もないとのことで、新宿や渋谷にいた頃は、結構アブナイ人たちとつきあっていた感じもあるので、もしかしたら、薬物ということも考えられるかと思いましたが、確認の方法は今の所ありません。
何よりもききたいのは、彼に精神科の治療が必要かということです。彼は時々興奮気味になって、妄想や幻覚について語りますが、それ以外は、概ね普通に会話でき、特に生活障害が出ているという訳ではありません。訓練して、銭湯も自分で行けるようになり、洗濯もコインランドリーで自分でして干すことができます。肝臓が悪いうえに、お金を持つと酒とタバコに使ってしまう為、(更に彼のいるドヤは鍵がかからないため)、ケースワーカー了承のもと、金銭管理はすべてこちらが行い、彼と一緒に買い物に行き、現物支給しています。酒とタバコも本人に決めて貰った量で、安定しています。歯磨きとか掃除とか、薬の飲み忘れとか細かいことは、まだNsと一緒ですが、少なくとも妄想に左右されて、何か困っているとかいうことはなさそうです。ただ、慣れた人以外とは、コミュニケーションがうまくとれず、自閉的な所があるのですが、もともと発達障害なのである程度仕方ないかな、と思う程度です。 精神科的な薬物治療が必要なのか、それとも、今のように、生活を整えながら、対応の中で、精神の安定を図っていけばいいのか、迷っています。 インターフェロンの際の入院や、様々な病院でホームレスだった彼が受けた扱いに傷ついた為か、病院や医療への反発も強く、治療が必要だとしても、どうやって受診させたものかと思います。ギリギリ往診という手もなくはないのですが、やはり選択肢は狭そうです。更に言うと、週3回の訪問看護で、服薬管理を完全にするのは難しく、今は肝臓のウルソとビタメジンぐらいなのですが、飲み忘れは勿論、一度、頭痛がすると言って、セットしてあった3日分をすべて飲んでしまったことがあり、向精神薬の服薬についても不安があります。 それでも、彼が統合失調症で、治療が必要だとしたら、ほっといて妄想がひどくなり、人格が荒廃していくようなことにはしたくありません。 長くなって申し訳ありません。事実から分かる範囲でアドバイスをお願いします。


林: 非常に詳細かつ適切に、描写されておりますので、この方の状態を生き生きと目に浮かべることができます。そして、そこから読み取れるのは、診断名として最も考えられるのは、慢性化した統合失調症であるということです。それもかなり典型的です。

当時一度精神科を受診し、その際には、それらは知的障害から来るもの、と診断されたそうです。

ちなみに、当ホームレス支援団体のリーダーも精神科医で、やはり同じ見解でした。

とありますが、なぜそのような診断となったか不可解です。精神科病院に勤務経験がある精神科医なら、ほとんどひと目で統合失調症と診断するはずです。精神科病院の慢性病棟に行けば、この【1801】とそっくりの状態の長期入院患者に何人も出会うことができます。統合失調症は、かつて早発性痴呆と呼ばれていたことからわかるように、慢性化して人格が荒廃すると、一見すると知的障害にも見えるものです。
但し、もともと知的障害の人が統合失調症になることもあり得ますし、また、知的障害の人はストレスに反応して幻覚や妄想を生じやすいので、「ひと目で統合失調症と診断するはず」というのはやや誇張で、より正確には、「ひと目で統合失調症と、まずは仮に診断するが、他の可能性も考えて、より精密に診断を試みる」というべきでしょう。
この方を実際に診た精神科医が、どのような思考過程で、統合失調症ではなく知的障害と判断されたのかは、このメールからは読み取れません。しかし過去の生活歴や病歴がわからなければ、もともと知的障害の方が統合失調症になったのか、それとも、統合失調症が慢性化して人格が荒廃したのか、なかなか区別はつかないはずですので、この【1801】のケースのように、過去の状態についての情報が得られない場合には、現在の病像から推定する以外になく、すると、少なくともこのメールの描写からは、慢性化した統合失調症である可能性の方がはるかに高いということになります。
 また、広汎性発達障害であるという診断は、全く不合理なものです。発達障害は、幼少時からの発達の経過についての情報があってはじめて診断できるものですから、この【1801】のように、成人してからの情報しかない場合には、診断は不可能です。例外して、きわめて典型的な広汎性発達障害の症状があれば、成人してからでも高い確率で診断可能ですが、この【1801】の症状は逆にきわめて典型的な慢性化した統合失調症ですから、広汎性発達障害との診断は全く不合理です。
 統合失調症であると考える根拠は、全体像が最も大きいですが、個々の症状に目を向けても、

しばしば空笑や独語がみられていました

自分は寮(施設)で苛められていた、


などは統合失調症として典型的であり、質問者が述べておられるように、

そもそも、「いじめられた」が被害妄想だったようにも思います。

という可能性がはるかに高いでしょう。
なお、

幻聴よりも、幻視が多い感じ

とのことですが、メールの描写を見る限り、そうは言えません。この判断は、この方の、

「ソイツは色んな人を連れてくるんです。ソイツは死んでるんですけど、蘇らないんです。ヤツは一人殺してきたんですよ。」「女はいないんです。男なんですけど、新宿で、リカちゃん人形なんですよ。」等々・・・昨日は、飲み残していた薬の袋を突然、テレビの下(画面ではなく)に投げつけたので、何かいたの?と訊くと「タマキリムシです。タマキリムシは怒らすとヤバイんです」と言い、その後「気のせいっすよ、気にしない方がいいっすよ」と言っていました。今日は「おばさん」に「下北には悪いやつがいて、自家用ヘリコプターで東京に来ますから、来たら追い返した方がいいですよ」

などの症状を幻視と解釈されたのだと思われますが、これらを視覚性の症状であるとみることには無理があり、むしろ妄想ないしは思考障害と解釈すべきです。(余談ですが、統合失調症の有名人に紹介したジョーン・ナッシュを題材にしたビューティフルマインドという映画では、彼の幻視体験が描かれています。しかし実際の統合失調症では、あのような鮮やかな幻視が現れることはきわめて稀で、あれは症状を映像で示さなければならないという映画の性質上あのようになっていると思われます。ナッシュがあの映像に類似の症状を体験したことは事実でも、それは視覚性がはっきりしたものではなく、妄想の範疇に入るものであったはずです。それが統合失調症の症状の常です)

以上が診断についての回答です。
そこで質問者の最大の危惧、すなわち、

何よりもききたいのは、彼に精神科の治療が必要かということです。

という点に関してお答えしますと、

彼が統合失調症で、治療が必要だとしたら、ほっといて妄想がひどくなり、人格が荒廃していくようなことにはしたくありません。

それはもっともなご意見ですが、残念ながらこの方の人格はすでに荒廃していると思います。治療によってこれを回復させることは不可能です。
ただし、幻覚や妄想のような陽性症状には薬が効きますので、精神科で治療を受ければ、会話や行動がもう少しまとまったものになることは期待できますが、ここまで慢性化すると、著効というわけにはいかないでしょう。また、人格の荒廃のような陰性症状には薬はほとんど効きません。
それから、薬による治療を続けることで、人格の荒廃を防止できるかについては議論のあるところです。「議論のあるところ」ということは、たとえ効果があるとしても、それは非常に小さいというのが現実です。

具体的にこのケースでどうすべきか。抗精神病薬を飲むことによって、温和な状態を維持することはできるかもしれません。しかしその一方で、薬なしでも、今まで質問者の方々がされてきたような人間としての対応だけによっても、薬の効果と同程度の効果を得ることができるかもしれません。

しかしどちらか一つを選ぶとすれば、やはり精神科で薬物療法を受けることをお勧めします。予想以上の改善が得られる可能性もあるからです。この方の保護される前の状態が不明とのことですが、それまでどこかで抗精神病薬による薬物治療を受けていたのかもしれません。また、精神状態が悪化したのはインターフェロンのためではなく、抗精神病薬による治療が中断されたためかもしれません。

いずれにせよこの【1801】のケースは、慢性化した統合失調症として対応をお考えになるべきです。



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