精神科Q&A

【1558】上司に不満や怒りの感情を持つ私は擬態うつ病でしょうか


Q: 44歳男性、会社員です。独身で一人暮らしをしています。うつ病と診断されて現在休職していますが、林先生の著書やサイトを拝見して、自分が擬態うつ病なのではないかと思いました。長文で恐縮ですが、ご教示をいただければ幸いです。 私は入社して以来、ずっと店舗や営業所などの出先でお客様に接する仕事をしてきました。5年前から本社勤務となり、昨年4月から本社の中で事業部に異動しました。今まで私が現場で担当した業務の調整や統括などを行う部署です。組織の中の立場は、役職のない平社員です。 休職に至る経過ですが、昨年4月に異動してから心身とも調子が悪いことが多くなりました。具体的には次のような状態です。

(1) 気分が落ち込むことが多い。仕事をしている時はそれほどでもないが、休みの日は憂うつで何もできないことが多く、体が重たく感じる。
(2) 新しいことを覚えにくい。業務関係の書類を読んでもなかなか理解できない。 
(3) 考えをうまくまとめられない。以前は楽にできていたメール返信、企画書やお客様からの質問や苦情への回答文の作成などに時間がかかるようになった。 
(4) 私生活で面倒やおっくうに感じることが増えた。洗濯はするが自炊はせず、部屋は散らかって片付けられない。写真撮影や水泳など、今まで楽しみやストレス解消に行っていたこともやる気が起きない。 
(5) この世から消えてなくなってしまいたいと思うことがある。

昨年4月から8月まで、月平均75時間程度の残業のほか、月2〜3回休日出勤もしています。私としては、心身の不調は疲労によるもので、数件あるプロジェクトが完了して業務が減って仕事に慣れれば楽になると思っていました。 残業時間が多いことから9月に産業医の面接を受けたところ、残業しないことを原則に仕事をすべきだとのアドバイスがあり、私の仕事の一部を同僚に分担してもらうことになりました。しかし調子はよくならず、有給休暇を使って11月からまとめて休むことになりました。 休み始めた頃は気分も体も楽になり、家事も少しずつできるようになりましたが、半月ほど経過したころから、やる気が起きず憂うつになるときが増えてきました。産業医から、精神科で診察を受けて、必要なら治療のため療養に専念するように話があり、12月に入って受診した結果うつ病と診断されました。 主治医からは引き続き休養するよう指示があり、会社から1月からの休職命令を受けました。薬は、デプロメール25mgを朝・夕1錠ずつ飲んでいます。

さて、自分が擬態うつ病ではないかと思ったのは、次のようなことからです。 

(a) 上司や業務体制に対して不満や怒りの感情を持つことがあった
(b) よく眠れないということがなかった
(c) 約1か月服薬しているが、際立ってよくなったと感じられるない点がない 

(a)については、一例をご説明します。新採用や異動で初めて現場に配属された社員を対象に、詳しい業務知識やクレーム対応等の研修を事業部が毎年実施しています。前年度のうちに日程を決め、会場の確保や講師依頼などを行っています。 しかし、昨年4月に私が担当を引き継いだ時点で、これらの準備が全く行われていませんでした。実施は例年より約2か月遅れましたが、上司から「仕事が遅い。自覚が足りない」と文句を言われました。同じような例がほかにも数件あります。 客観的に見て、自分は有能ではないと思います。また、部署の状況が大変だからこそ、現場経験が長い自分が配属されたのだろうと考えて仕事をしてきました。それでも、上司の態度や業務体制に不満や怒りを感じました。それだけの精神的エネルギーと他罰的感情の存在から、擬態うつ病ではないかと思いました。 (b)については、眠れずに疲れるということはなく、あまり眠くならない時でも本や雑誌を読んでいると次第に眠くなります。朝は目覚まし時計で6時に起きていましたが、たまに5時〜5時半に目が覚めることはありました。ただ、あまり熟睡した感じはしませんでした。
(c)については、薬は様子を見て必要に応じて量や種類を変えるものだと主治医から説明を受けていますが、少々気になっています。

前に書きました(1)〜(5)の現在の状況は次のとおりです。 (1) 何もできない、体が重たく感じるということは少なくなった (4) 少し部屋の片付けができるようになったが、おっくうな感じは変わらない (5) この世から消えてしまいたいと感じることはなくなった (2)(3)については、このメールを書くために推敲を含めて毎日30分から1時間を費やして1週間かかっていますので、ほとんど変わっていないと思います。

できるだけ早く仕事に復帰したいと思いますが、産業医からは「回復が不十分のまま復帰して、状態が悪化して再び休職することは避けたい」と言われています。同僚にこれ以上迷惑をかけたくないですし、同一の疾病で通算3年休職して復帰できないと規則により解雇されますので、しっかり療養したいと考えています。 以上、長々と書いてしまいましたが、うかがいたいことは次の2点です。 
1.私は擬態うつ病の可能性が高いでしょうか
2.擬態うつ病と考えられる場合は、服薬のほか林先生が著書『擬態うつ病』でお示しになった「治療法のピラミッド」の図を参考にして、家事をしながら散歩をする時間を増やし、楽に感じてきたら水泳を始めてみるというようなことを考えていますが、対応として問題ないでしょうか 
どうぞよろしくお願いいたします。お読みいただき、ありがとうございました。 


林: あなたはうつ病だと思います。擬態うつ病ではありません。したがって、うつ病の適切な治療を受ければ治ります。

あなたがうつ病だと思われる根拠は、まず第一に、あなた自身がお書きになっている(1) 〜 (5) までの症状です。これらが典型的なうつ病の症状であることは理解しておられると思います。しかしあなたは(a)(b)(c)の理由を挙げて、ご自分が擬態うつ病ではないかと考えておられます。私がそのお考えに賛同できない理由は以下の通りです。

(a) 上司や業務体制に対して不満や怒りの感情を持つことがあった

うつ病の典型的な感情は確かに自責感です。他責的(他罰的といってもほぼ同じです)な感情は、確かに一般にはうつ病らしくないとは言えます。しかしだからといって、「他罰的な感情があれば、うつ病ではない」とまでは言えません。重度なうつ病であれば、文字通りすべてについて自責的になることもしばしばありますが、そこまで重度でなければ、状況次第では他罰的な感情を持っても不思議はありません。ですから、

昨年4月に私が担当を引き継いだ時点で、これらの準備が全く行われていませんでした。実施は例年より約2か月遅れましたが、上司から「仕事が遅い。自覚が足りない」と文句を言われました。

このような状況であれば、上司に対して不満や怒りを持つのは自然ですから、

それだけの精神的エネルギーと他罰的感情の存在から、擬態うつ病ではないかと思いました。

↑これは適切な判断ではありません。
つまり、この状況での他罰的感情は、うつ病であっても充分に持ち得るということです。

さらに言えば、「他罰的感情を持つ自分は、擬態うつ病であろう」とお考えになること自体が、ある意味自責的と言えますので、この観点からはむしろうつ病らしい感情であると言うこともできます。

(b) よく眠れないということがなかった

不眠はうつ病によくある症状ですが、決して必須症状ではありません。

(c) 約1か月服薬しているが、際立ってよくなったと感じられるない点がない 

薬は、デプロメール25mgを朝・夕1錠ずつ飲んでいます。

デプロメール一日50mgというのは抗うつ薬としては少ない量ですので、服薬一ヶ月で改善が見られていなくても不思議はありません。
が、

(1) 何もできない、体が重たく感じるということは少なくなった (4) 少し部屋の片付けができるようになったが、おっくうな感じは変わらない (5) この世から消えてしまいたいと感じることはなくなった

とのことですので、「改善が見られていない」とは言えません。むしろ、徐々に改善が見られていると見るのが自然でしょう。したがって、今の薬の量で治療を継続するというのも一理ある治療方針だと思います。(私なら一ヶ月たったこの時点でデプロメールを増量しますが、このケースでは増量しないという判断も充分に尊重できるものです)

以上、あなたがご自分を擬態うつ病ではないかとお考えになる理由は、いずれも不適切です。あなたはうつ病だと思います。したがって、うつ病の治療を続ければ治ります。擬態うつ病の内容をご参考にしていただく必要はありません。症状はすでに快方に向っていると判断できますので、

産業医からは「回復が不十分のまま復帰して、状態が悪化して再び休職することは避けたい」と言われています。

この産業医の先生のおっしゃるとおり、復帰をあせることなく、十分な治療を受けてください。


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