精神科Q&A

【2077】自殺した姉の病名を、もっと早く知らせてほしかった


Q: 私は20代女性です。統合失調症を患っていた姉が、先月、自殺しました。家族共にその日は忙しく姉の自殺に気づいてあげられませんでした。姉は五年前から不登校になり不安定でしたが、つい最近までは普通に元気でした。そのため支え続けてきた母は落胆しています。

しかし後悔はそれだけではありません。というのも、姉が亡くなった後、姉が半年前くらいから統合失調症だったと四年前から通い続けている精神科医から最近初めて聞かされたのです。確かに半年前から体調を崩し、睡眠薬や精神安定剤を処方されていることは知っていましたが、処方箋にも説明は簡単にしか書かれておらず、それが統合失調症の薬(エビリファイ)だと知りませんでした。統合失調症と知り、色々調べてみたところ、自殺の率がかなり高い病気だとわかり病院に不信感を覚えました。発作的に自殺の衝動にかられたりなど自殺の恐れが誰にでもありうるとわかるのに、なぜ家族に知らせなかったのか。きっと本人のプライバシーを配慮したのだろうと思うし、きっと自殺の恐れがないと考えての判断だろうと思いますが、かなりしんどい精神病で姉本人の判断力だってかなり信用が低いはずなのに、家族に言わないという判断はおかしいのではないのでしょうか。もう戻ることは出来ませんが、もし姉の病気を知っていたら、病気の苦しみを慰めたり、自殺を止めることが出来たのではないかと思うとかなり腹が立ちます。また姉の幸せを願い続けてきた母にどのように慰めてあげればよいのでしょうか?


林: 
統合失調症を患っていた姉が、先月、自殺しました。

お姉さまのご冥福をお祈りするとともに、自殺から一ヶ月という、まだまだ悲しみの癒えない時期に、精神科Q&Aにメールをいただいたことに深く感謝申し上げます。
精神科で治療を受けていながら最悪の結果になったことで、

かなりしんどい精神病で姉本人の判断力だってかなり信用が低いはずなのに、家族に言わないという判断はおかしいのではないのでしょうか。

このようにお怒りになるのは理解できるところです。
しかし医師がご家族に統合失調症という病名を伝えなかったことが不適切だったかどうかは、結果だけから判断できることではなく、この方の病状や取り巻く環境についての詳細な情報があってはじめて判断できることであるといえます。
 たとえば、統合失調症という病名をご家族に伝えたために、治療を拒否され、結局はご本人のためにならないというケースも多々あります (たとえば【0440】)。すなわち、適切な治療のためには、病名は告知しないほうが望ましいことも十分にあり得るのです。また、ご本人がどうしても家族には説明しないでほしいと希望されることもあります。
 もちろんこうした事情がこの【2077】にあてはまるかどうかはわからないことではあります。
 そして、統合失調症に限らずいかなる病気においても、いかに適切な医療を行なっても悪い結果になることはあり得ることですから、医療者の側としては、この【2077】の質問者からなされたような批判を避けるためには、とにかくすべての情報を開示するという方法も考えられるところです。しかしそれは、専ら批判を回避することを目的とした、いわゆる「自己防衛的な医療」といえるでしょう。すなわち、統合失調症の例でいえば、「真の病名を告げたら、治療は成り立たない」と考えられる場合でも、「(後々の批判を回避するという目的のために)とにかく真の病名を告げる」ことが、医療として適切とは到底思えません。

また姉の幸せを願い続けてきた母にどのように慰めてあげればよいのでしょうか?

慰めの言葉もありません。その代わりには到底ならないとは思いますが、統合失調症という病気の重大さと、統合失調症の医療をめぐる困難で錯綜した現実を、今回の【2000】から【2078】、さらには【1805】から【1870】を通してお伝えしたいと思います。


◇ ◇ ◇

統合失調症の早期発見・早期介入をめぐる問題。そこには、統合失調症という病気に対する偏見も大きく関与しています。もし偏見がなければ、偽陽性はそれほど大きな問題になりません。他の病気を例にとれば、たとえばコレステロールが高いことは、心臓や脳の血管障害のリスクになりますから、本人や家族に「コレステロールが高い」と告げることにはほとんど何の問題もありません。実際にはコレステロールが高いからといって、必ずしも血管障害になるわけではないのですから、そこには膨大な偽陽性があるわけですが、「血管障害」という病気には、「統合失調症」のような偏見はありませんから、たいした問題にはならないのです。

この【2077】のケース、統合失調症という病名が家族に告げられなかった理由は不明ですが、統合失調症という病気には、その偏見ゆえ、単純に病名を告げることはできないという事情があることは事実です。そしてそれが、早期発見・早期介入の実行にも大きな影を落としています。

長大になった今回の早期発見・早期介入の特集は次の【2078】で結びになります。



【2000】から【2078】までの回答は一連の流れになっています。【2000】、【2001】、・・・【2078】の順にお読みください。


(2011.6.5.)


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