精神科Q&A

【2076】15 年近く放置してしまった統合失調症の母


Q: 母、54歳が15年以上統合失調症を患っております。現在は、父、妹(25歳)と同居しており、私(27歳)は、同じ市内にすでに家庭を持っております。 父は私達が学生の頃から単身赴任でしたため、母の統合失調症の症状に触れる機会なく今日に至ってしまいました。また、私達姉妹も、母の妄想を否定ばかりしてきてしまい、ここ数年は相手にするのも億劫になってしまい、適当な相槌のみうっておりました。もちろん、母の妄想を私達が否定したり、病気だから精神科へと促すたびに母の支離滅裂な会話はヒートアップし、口論となっておりました。病気への無知も手伝い、精神疾患患者に対する家族の態度としては最低だったと思います。 母の症状は、主に妄想と幻聴、そして不眠と独り言です。「マスコミが父、私、妹を操っている」「自分は、ガンで余命がない。医者にもわかってもらえず治療できない」「世間が、自分の悪口を言う」など、典型的な妄想症状です。夜の就寝前や、日中一人でいる時に出やすいのです。 そして今回、その妄想・幻聴からのひどい強迫観念から宗教団体に多額のお布施をしてしまっていたことが判明し、父も退職し、現在家族で今後どうして行くか検討しているところです。 妹は、医療従事者であり、一秒でも早く治療させるため、強制的に首根っこをつかんでも、近々、病院に連れて行こうと考えています。今回はお金の問題で済んだが、いずれ警察沙汰のような行動を起こすに違いないと。 しかし、15年以上も統合失調症を患いながらも、今でも日常生活を送り家事全般をこなし、日中も普通に家族と接している母を見て、父はどうにか説得して病院に連れて行ける道がないかを模索しています。 煮え切らない父や私をみて、妹はとてもイライラしています。あと数ヶ月のうちに、強制的に病院へ連れて行かないなら、妹は家族の縁を切るとまで言い始めています。 母にとっては治療をさせるのがもちろん良いに決まっていますが、ここまで放置し、慢性化してしまった母を説得して病院へ連れて行こうと考える事自体間違っているのでしょうか? 現在、母が警察沙汰あるいは近所とのトラブルに結びつくような行動に至るような兆候はなく、退職して母と常時一緒に生活するようになり、まだ一ヶ月の父とすれば、もうしばらく説得する機会を試みたいとのことです。タイミングを見て「病院へ行こう」と言葉を私達が発するたびに、「あんたたちも、またマスコミに支配されて、人を病人扱いをするのか」と、堂々巡りになってしまいます。でも、一時も経つと、何事もなかったようにしているのです。しかし、母の根底に、妄想からくる家族に対する長年の不信感がある限り、説得は無駄な事なのでしょうか? ある病院の精神科医に家族相談に出向いた際、強制的に連れて行くことを勧める先生もいれば、あくまで強制は最終手段でできる限り説得できないかと、どちらの意見もありました。 素人考えで恐縮ですが、強制的に連れて行き(もちろん、事前に病院には相談しておきますが)、首尾よく入院治療しても、退院後のことを考えると説得して病院へ連れて行ったほうが良いのではと、思います。強制的に連れて行った場合に、家族の溝が修復不能になりそうで、恐いのです。(母の妄想の矛先は家族である私達に向けられることが多いため) どちらの選択がいいのでしょうか?


林: 平凡な問題、といったら明らかに質問者に失礼ですが、これは、病識のない統合失調症の方を抱えたご家族に共通する問題です。答えは論理的には明快です。すなわち、「治療を受けさせてあげるためには、説得不能なら、強制的にでも病院に連れて行くしかない」ということです。

あくまで強制は最終手段でできる限り説得

は、当然のことです。
したがって

強制的に連れて行き(もちろん、事前に病院には相談しておきますが)、首尾よく入院治療しても、退院後のことを考えると説得して病院へ連れて行ったほうが良いのでは強制的に連れて行った場合に、家族の溝が修復不能になりそうで、恐い

というご心配も当然です。
また、

強制的に連れて行った場合に、家族の溝が修復不能になりそうで、恐い

というご心配もまた当然です。

けれども、あえて申し上げますが、これまでの15年間、懸命に説得を重ねて来られたのにもかかわらず、結局は受診させてあげることができなかったとすれば、これからの説得によりご本人が納得するかもしれないと考える根拠はあまりないように思います。
 ご家族の対応は、これまで必ずしも適切ではなかったことは、質問者がお書きになっていように事実と思われますが、

母の根底に、妄想からくる家族に対する長年の不信感がある限り、説得は無駄な事なのでしょうか?

説得にあまり期待できないのは、「家族に対する長年の不信感」が理由ではありません。妄想そのものが理由です。そして、無治療で15年が経過している以上、妄想は悪化しているとみるのが妥当です。

繰り返しますが、強制はあくまで最後の手段です。
しかし、「最後」とはいつであるとお考えなのか、質問者は自問自答なさる必要があると思います。15年間の努力がもしあって、それでもなお「最後」でないとすれば、さらに同じような努力を続けるのは、問題をどこまでも先送りにしているにすぎないのではないかと考えるべきでしょう。もっとも、

退職して母と常時一緒に生活するようになり、まだ一ヶ月の父とすれば、もうしばらく説得する機会を試みたいとのことです。

このお父様の方針は、不合理とはいえません。けれども、「もうしばらく」とはどれだけの期間を指すのか、事前にはっきりさせておく必要があるでしょう。そうしないと、「もうしばらく」が半永久的に続くことになりかねません。現に、そういうご家族はたくさん存在し、統合失調症の方が治療を受ける機会を得られていないという現実があります。


◇ ◇ ◇

【2000】から【2075】まで、統合失調症の早期発見・早期介入をテーマに解説を続けてきました。早期に診断しようとすれば、偽陽性という重大な問題があります。しかし、ではどうするかという段階になれば、統合失調症という病気の重大さを認識したうえで、熟慮しなければなりません。診断や治療の機会を逃して放置されれば、【1805】から【1870】の中のケースに見られるような悲惨な帰結があります。この【2076】も早期に治療を受けられれば、ご家族がこのように苦悩されることはなかったでしょう。
 今回の早期発見・早期介入の特集は間もなく結びになりますが、その前にもう一度、統合失調症という病気を治療しなかった場合の悲惨な帰結をご確認ください。




【2000】から【2078】までの回答は一連の流れになっています。【2000】、【2001】、・・・【2078】の順にお読みください。


(2011.6.5.)


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