精神科Q&A
【1958】父が飲酒後転倒してからわけのわからないことを言っている
Q: 60代の父のことです。
X年3月頃から長男一家の揉め事等からではないかと推察しますが、軽い鬱状態と診断され睡眠薬等の薬を服用しておりました。それ以降は以前より口数は少ないものの、普通でした。
X年11月14日に趣味の集まりで、飲酒後に転倒し、意識がはっきりしないということで救急車で脳神経外科に搬送されました。レントゲンやCTでも脳には全く異常がないと言われ、「お酒の量が過ぎたのではないか」との診断でした。ただ、その時の父の呂律のまわらなさは、過去に聞いたことがないくらいで、会合に一緒にいた方もそんなに飲んでいないと言っていました。ちなみに、その日にあったことも、誰と面会したかも翌日の退院時に覚えていませんでした。それからは普通に時が流れ、適度に飲酒もしていました。
X年12月3日朝、「父がベットから起き上がれない」と母から連絡があり、先月救急搬送された経緯もあった為、その時の脳神経外科へ連れて行きました。熱が38.7度あり、熱で朦朧としているだけだから、かかりつけの病院へ行くように言われ、日頃【肝機能・糖尿(インスリンはしていません・鬱】でかかりつけの病院へ救急搬送しました。
X年12月6日には熱が下がりました。しかしその頃から訳の解らないことを言うようになり、自分のいる場所が認識できず、幻覚らしきことも言いはじめました。
X年12月7日には夜中の徘徊をし、他人の病室でテレビを見ていたとの連絡が病院からありました。翌日も、精神状態が悪く、私と会っているとき(3時間程度)1度も正常な時がなく、幻覚もしばしばで、突然一点をにらみだし見えないものが見えているようでした。 翌日、精神科の先生が「脳炎の可能性がある」とのことで、髄液を取り、その翌日にはMRIやCT等の検査をしました。その結果、「どの検査も異常はない為、認知症を疑いながら検査しましょう」ということになりました。
X年12月10日現在も父は精神状態が思わしくなく、おかしなことを言いだします。点滴はしていませんし、精神安定剤のようなものを服用していて、寝ている時間が多くなっています。歩くことも熱が下がってからできなくなり、車椅子になりました。 今入院している病院には脳神経外科がなく、痴呆の老人が多い病院の為、総合大学病院への転院を考えています。父はただ呆けてしまっただけでしょうか、それとも治る見込みのある病気なのでしょうか。どうか、お知恵を貸していただきたく、よろしくお願いします。
林: X年12月10日現在の症状は、せん妄と思われます。何らかの脳器質性の病変があるとみるのが妥当です。その中で特に考えられるのは脳炎でしょう。
経過を振り返ってみます。
X年3月頃から長男一家の揉め事等からではないかと推察しますが、軽い鬱状態と診断され
これは意味深長ですが、説明をわかりやすくするため、とりあえずはこの「鬱」は無関係と仮定して話を進めます。
X年11月14日に趣味の集まりで、飲酒後に転倒し、意識がはっきりしないということで救急車で脳神経外科に搬送されました。
このような場合、転倒したから症状が出たのか、その前に何らかの症状があったから転倒したかが診断上まず問題になります。このケースはどちらかわかりません。どちらかわからないことも多いものです。
レントゲンやCTでも脳には全く異常がないと言われ、
仮に転倒したから症状が出たのだとすると、脳挫傷や、出血による硬膜下血腫などが考えられます。硬膜下血腫の場合は直後のCTでは所見が見られないこともよくありますので、この時点で全く異常がなくても、後日に再検査をしなければ診断はつきません。ですから
「お酒の量が過ぎたのではないか」との診断でした。
まだそう確定はできません。とりあえずの診断ということだと思います。
ただ、その時の父の呂律のまわらなさは、過去に聞いたことがないくらいで、会合に一緒にいた方もそんなに飲んでいないと言っていました。
となりますと、単なる飲みすぎとは考えにくいところです。
ちなみに、その日にあったことも、誰と面会したかも翌日の退院時に覚えていませんでした。
それは脳に何らかの障害が一時的に加わればごく普通のことですので、この症状から原因を推定することはできません。
X年12月3日朝、「父がベットから起き上がれない」と母から連絡があり、先月救急搬送された経緯もあったため、その時の脳神経外科へ連れて行きました。
この経過からは、硬膜下血腫が徐々に大きくなり、脳を圧迫したとまず考えたいところです。
熱が38.7度あり、熱で朦朧としているだけだから、
と単純には言えないはずです。しかしこの時どのような診察・検査がなされたかが不明ですので、医師が「熱で朦朧としているだけ」と判断した根拠はわかりません。
X年12月6日には熱が下がりました。しかしその頃から訳の解らないことを言うようになり、自分のいる場所が認識できず、幻覚らしきことも言いはじめました。
このような場合、その「訳の解らないこと」の具体的な内容が診断上は重要です。単に「訳の解からないことを言う」という情報は、診断の役に立ちません。
自分のいる場所が認識できず、幻覚らしきことも言いはじめました。
この「幻覚らしきこと」もその具体的内容が重要です。単に「幻覚らしきこと」という情報は、診断の役に立ちません。
とはいえ、ここまでの経過と見当識障害(「自分のいる場所が認識できず」は、見当識障害ありと判断できます)をあわせると、この時点からお父様はせん妄状態になったとみるのが妥当です。
X年12月7日には夜中の徘徊をし、他人の病室でテレビを見ていたとの連絡が病院からありました。翌日も、精神状態が悪く、私と会っているとき(3時間程度)1度も正常な時がなく、幻覚もしばしばで、突然一点をにらみだし見えないものが見えているようでした。
せん妄の持続です。
翌日、精神科の先生が「脳炎の可能性がある」とのことで、
この経過と症状からは、脳炎の可能性は否定できません。この時点での発熱の有無を知りたいところですが。
髄液を取り、その翌日にはMRIやCT等の検査をしました。その結果、「どの検査も異常はない為、認知症を疑いながら検査しましょう」ということになりました。
診断は確定していないという意味だと思います。脳炎もまだ否定できません。脳炎の原因となるウィルス・細菌は多数あり、中には未知のものもあると考えられています。髄液検査では、既知のウィルスなどの検査しかできませんし、抗体の有無や数値の変化を見るという、いわば間接的な検査なので、一回の検査で「脳炎でない」と否定することはできません。MRIやCTでも、脳炎の初期は、所見がまだ出ないこともあります。ただしこの時点でMRIやCTに異常が全くないのであれば、硬膜下血腫などは否定できます。すなわち、せん妄状態になったのは、11月14日の飲酒後の転倒で脳に外傷を負ったことが原因ではないということがわかります。
X年12月10日現在も父は精神状態が思わしくなく、おかしなことを言いだします。
「おかしなこと」の具体的な内容が診断のためには重要です。単に「おかしなことを言いだします」では、診断のための情報としての価値はありません。
点滴はしていませんし、精神安定剤のようなものを服用していて、寝ている時間が多くなっています。歩くことも熱が下がってからできなくなり、車椅子になりました。
歩けなくなった原因が問題です。精神安定剤のせいなのか、他に原因があると考えられるのか。このメールの情報からはその判断は不可能です。もし他に原因があるとすれば、診断上おおいに意味があります。
父はただ呆けてしまっただけでしょうか、それとも治る見込みのある病気なのでしょうか。
「ただ呆けてしまっただけ」ということはありません。脳に何らかの器質性病変があると思います。治る見込みがあるかどうかは、その器質性病変が何であるかがわかるまで、誰にも回答できません。
なお、冒頭で保留した
X年3月頃から長男一家の揉め事等からではないかと推察しますが、軽い鬱状態と診断され睡眠薬等の薬を服用しておりました。
が、脳の何らかの器質性病変の始まりだった可能性も残ります。「長男一家の揉め事等からではないかと推察しますが」というように、何らかの心理的な原因があるようにみえても、実はそうでないということは少なからずあるものです。
(2011.2.5.)