精神科Q&A
【1901】6歳から12歳まで受け続けた性的虐待と22歳の今の私
Q: 22歳女性です。私がご質問したいのは、6歳から小学6年まで続いた性的虐待による精神疾患があるかです。はじめは何かもわからず、ただ悪い事をしているという意識だけはあった。引っ越し先の大家さんで、60は過ぎたおじいちゃんだった。私達兄弟を可愛がってくれて、時にはおこづかいをくれたりお祭りへ遠出してくれたり。母はあまり良く思ってなかったみたいだけど、仕事で忙しかったし私たちの判断にまかせていたと思う。その大家さんを、私たちはおっちゃんと呼んで親しんでいた。そしておっちゃんは、中でも私を特に可愛がった。それは幼い私たちでも理解できるくらいで、私が行けばばおこづかいがいっぱいもらえるからとお兄ちゃんに出向かされたこともある。私はそれが嫌だった。おっちゃんと二人になれば、服を脱がされ性器を舐められる。ずっと何時間でも。「○○ちゃんのはおいしいよ、臭くないよ」ずっとそんなことを言いながら、汚らしいタオルで唾液だらけの口と私の体を拭いていた。その代償?におっちゃんは私に小学生には多すぎるお金を与えた。私はセックスがいかなるものか(例えば愛し合う二人がするものとか)を、知る前に、体を与えればお金が手に入ることを知った。これは後の私の人生に大きく影響したと思う(体の安売りや男性を信頼できない等)。
あんな奴のせいで私は汚されなんかしない、 あいつがいてもいなくても私の人生は変わらない、そう思いきかす反面、あいつがいなかったら私の人生は違っていたと恨み続けている。今となれば、(もう死んでいるだろうけど)安からに死ね くらいにしか思わない。そのことを思い出しても、その状況を見下ろしている、叉は遠くから眺める私がいるだけ。それでもやっぱり思い出したくないのは、幼いながらに私自身気持ちいいと感じていたことが気持ち悪いから。快感を植えつけられた、知らないで良かったものを。さらにお金欲しさに自らあいつの家へ行ったこともある。その記憶を消したい。犯されたことのショックより、それによって曲げられた私の性意識や思考回路への影響が大きい。私を返して欲しい。許されるなら殺したかった。私が解放されたのは、その地から引っ越すことになったから。それを告げたときの、あいつが言った言葉が忘れられない。「○○ちゃんの写真ちょうだい」。恐怖しかなかった、お母さんにも言えず、ただ我慢する日々。嫌なはずなのに快感を覚える自分。周りのみんなと自分は違うという疎外感。引っ越すと決まったとき、私はやっと普通になれると思った。
なのに10年たった今もあいつが私を呼ぶ声が脳みそにこびりついて、ふと思い出せばこうして止まりません。現在精神科に通ってはいますが、診てもらっているのは主に摂食障害です。上記のことは主治医には話していません。男の人だから。摂食障害での入院時、私がキャミソールで診察を受けたことがありましたが(後でナースさんに叱られましたが)、その時主治医に男の色目を感じてしまってから信頼もできません。だけど苦しいんです。辛かったね、と言って欲しいだけなのかも知れません。特にトラウマや男性恐怖症もなく、どちらかと言えば軽い女として生きてきましたし。そう思うと、自分は普通なのかなともおもいますが…性的虐待は今の私の精神に何か影響を及ぼしているのでしょうか? また、それを私は自分で乗り越えられるのでしょうか? それとも何か特別な治療が必要なのでしょうか?
林: 思い出したくない性的虐待の記憶。現在の自分。両者には関係があると思います。
現在精神科に通ってはいますが、診てもらっているのは主に摂食障害です。
「主に」という表現からは、他にも精神的に何かあることが窺われます。その「何か」を含め、現在の症状と6歳から12歳までのあなたの体験には関係があると思います。
いま「関係があると思います」と言ったのは、私がそう思うということです。精神医学の世界では、このようなケースにおいて、性的虐待と現在の状態にどのような関係があるか・そもそも、あるかないか、については、はっきりした結論が出ていないのが現状です。少々、長い説明になります。今回の更新(2011.1.5.)の【1901】から【1948】までを通して説明していきたいと思います。
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【1901】から【1948】までの回答は一連の流れになっています。【1901】、【1902】・・・【1948】という順にお読みください。
(2011.1.5.)