精神科Q&A

【1861】隣人を包丁で切り付けた知人は統合失調症でしょうか‏


Q: 60代男性の知人が隣室の住人に包丁で切り付ける事件を起こしました。この知人はアパートに住んでいますが、1年半ほど前に娘が嫁いでからは一人暮らしです。約6年前ころ、アパートの駐輪場に停めていた娘の自転車の車輪のスポークに丸めたチラシが突っ込まれたり、タイヤがパンクさせられたり、自転車自体が盗まれたりしたなどの被害を民生委員に訴えていたようです。知人が訴える事実関係の真偽は確定できませんが、民生委員に対し、そのような悪戯をした人を見付けたら「日本刀でぶった切ってやる。」などと物騒なことを言ったそうです。そのころは知人としても誰がこのような嫌がらせをしているかについては見当が付かなかったようですが、後で述べますように、今回包丁で切り付けた隣室に住むBさん一家が知人に対する嫌がらせをしていると信じ始めた最近1、2年は、この知人は、約6年前の娘の自転車に対する悪戯の犯人もこの一家の人物だと信じています。

その知人が今から約2年前、今回包丁で切り付けた相手とは反対側の隣室に住むA老夫婦から嫌がらせを受けていると盛んに言うようになりました。そのきっかけは鍵を忘れて外出した知人が施錠した自室には入れなかったため、隣室のA老夫婦の部屋を通らせてもらい、そのベランダから自室のベランダに移動したいと申し入れたところ、アパートの7階でそんな危険なことをして事故でも起きたら大変だと思ったA老夫婦に断られたことだそうです。当然のことのように思えますが、これをきっかけにその知人は、A老夫婦から嫌がらせを受けていると盛んに訴えるようになりました。しかし、その内容はといいますと、A老夫婦宅のベランダに渡してある物干し竿の端が数センチほど知人宅のベランダに越境しているという些細なことです。それなのに、その知人は物干しが数センチ越境している様子を写真に撮り、その写真を示しながらA老夫婦にこんなに意地悪をされていると真剣に訴えるのでした。

このような状況が数か月続いた後、その知人は、今度はA老夫婦とは反対側の隣室の住人で今回包丁で切り付けた相手であるBさんとその家族が知人に対する嫌がらせをしていると訴えるようになりました。その嫌がらせの内容としては、アパート1階の集合ポストの知人の郵便受けが壊されたなどというものから始まりました。このとき知人は警察官の出動を求め、警察官に見てもらったのですが、知人の郵便受けの扉がややへこんでおり、留め金が若干錆びていた程度だったとのことです。このとき、知人は隣室のBさんの仕業だと警察官に強く主張したようですが、そのように考える根拠は示せませんでした。また、知人は、隣室のBさんが知人の部屋の玄関ドアをドンドンと何度も強くノックしたり、ドアのノブをガチャガチャと何度も回したりする嫌がらせもしていると民生委員に繰り返し訴えるようになりました。しかし、Bさんの方は知人が訴えるような事実は全くないと言います。更に、知人は、民生委員に対し、Bさんとその奥さんがいつでもどこでも知人のことを馬鹿にしたように舌を出して笑い、知人が何か言おうとするとさっと物陰に隠れてしまうなどとも訴えるようになり、民生委員は知人が精神的にかなり追い詰められているようだったと言っています。また、今回Bさんに包丁で切り付ける少し前には、知人は、Bさんの息子さんに自宅玄関ドアを強く蹴られたなどとも主張し、またも警察官を呼んだのですが、このとき知人は自室内で包丁や金槌を警察官に示し、隣人に対する報復を示唆したそうです。しかし、Bさん側はこのような嫌がらせをやはり否定していますし、知人の方もBさんの息子さんに間違いないと言い張るばかりでその根拠は示せなかったとのことです。

そして、ついに知人がBさんに包丁で切り付けた事件が起きました。その日の午後8時過ぎ、Bさんの奥さんが散歩のため外出する際、知人宅前通路を通ったとき、知人はこれを先日ドアを足蹴にしたBさんの息子と思い込み、エレベーター前まで追いかけたそうです。知人はこのときBさんの息子の後姿を確認したというのですが、実際にはBさんの奥さんだった訳です。幻覚でしょうか。しかし、エレベーターに先に乗ったBさんの奥さんが知人を振り切って階下に降りたため、知人は自室に戻って、包丁を持ち出してエレベーター前で待っていたところ、そこにBさんが現れて、知人に「何だ、この野郎。」と言ったので、知人も言い返しながら持っていた包丁で切り付けたというのです。Bさんはその場から逃げたのですが、この後警察官も出動する大騒ぎとなりました。

以上が知人の記憶なのですが、エレベーター内の監視カメラの映像をみると、実際は知人はBさんに切り付ける前に包丁を持ったまま一人でエレベーターで階下に降り、また7階にエレベーターで戻ったところ、ちょうどエレベーター前に現れたBさんに切り付けたことが判明しました。しかし、知人にはエレベーターに乗った記憶が全くないそうです。幻覚でしょうか。

このような知人は統合失調症でしょうか。また、知人は9年ほど前から右手の薬指と小指に段々力が入らなくなり、今は自分の意思では全く動かせないと言ったり、体の特に右半身の痺れや疼痛を盛んに訴えたりしています。何か脳の病気があるのでしょうか。CT撮影では脳に明らかな病変は認められないと言われたそうです。但し、内科医の意見ですが。なお、知人には精神科や神経内科の通院歴はありません。以上、よろしくお願いします。


林: 
このような知人は統合失調症でしょうか。

統合失調症か妄想性障害です。

また、知人は9年ほど前から右手の薬指と小指に段々力が入らなくなり、今は自分の意思では全く動かせないと言ったり、体の特に右半身の痺れや疼痛を盛んに訴えたりしています。何か脳の病気があるのでしょうか。

これらの症状が自覚だけなのか、それとも客観的にも存在しているのかが問題です。統合失調症では、不定の身体症状が見られることはよくあります。その中には体感幻覚と呼ばれるものも少なくありません。

民生委員は知人が精神的にかなり追い詰められているようだったと言っています。

民生委員の方がどれだけこの人の情報を得ていたかが不明ですが、当時のこの人の状態には「精神的にかなり追い詰められている」という漠然としたレベルの表現はあたりません。統合失調症(または妄想性障害)の悪化です。そして、治療を受けておらず、特定の相手への妄想を口にし、凶器まで準備していたのですから、他害のおそれが十分にあったとみるべきです。これは結果論ではありません。統合失調症や妄想性障害の人が実際に他害行為におよぶことは稀ですが、これだけ条件がそろえば、他害行為が実行される可能性は無視できません。そしてこの【1861】はその可能性が実現した実例になってしまいました。

今回の更新(2010.10.5.)について

(2010.10.5.)


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