精神科Q&A
【1796】統合失調症への新薬投与の可否
Q: いつも先生のページを参考にしています。妻の病状がなかなかよくならないのでお時間のある時でよいのでお返事がもらえると有難いです。私は30代の薬剤師です。 妻は13歳で強迫性障害と地元の病院で診断され、その後セカンドでの大学病院では統合失調症と診断されましたが地元の病院で強迫性障害の治療を13歳から29歳(一昨年)まで続けました。 当時の処方: ルボックス150mg 3×レキソタン15mg 3×トフラニール75mg 3× その後病状がよくならないので昨年(30歳)から妊娠希望で別のクリニックに半年位かかりました。クリニックでは妊娠希望ということでレキソタン、トフラニールを減量後中止、ルボックスも1日50mgまで減量しましたが、それ以上の治療はしてもらえなかったので 現在は地元から70キロ離れた総合病院の精神科に10ヶ月前から通院中です。当時からの処方はフルデカシンを4週に1回筋注(これは今現在まで使用中)セレネース0.5mg 1×から徐々に増量して2ヶ月後には内服はセレネース9mg 3×ビカモール6mg 3×その後デパス1.5mg 3× が追加、その後 エビリファイ6mg 1×が4ヶ月前から追加、現在は 12mg 2×まで増量。 そして、うつ状態が改善されなかったので先々週からデプロメール50mg 2× が追加され現在は上記の処方(フルデカシン、セレネース〜デプロメール)と頓服でリスパダール(1回1〜2mg)が処方されています。
現在の妻の特に気になる症状は自生思考?や被害妄想?(過去の失敗や出来事をいつも思い出して、あれこれ悩み、私や妻の母親に何度もあの時はこのように人に接して、その接し方によりその人が私のことを恨んだり、嫌いになったりしていないか?ちゃんとあの時にお金を払っただろうか?あの時は人に接して変な対応をしていないだろうか?など、とにかく過去のいろいろなことを思い出して、頭がぐちゃぐちゃになると妻は言っています。) また、孤独感?(日中は妻は一人で家にいるのですが、異常に寂しがり、毎日のように実家に電話し、時には100キロ離れた実家にも突然バスで私に断りもなく帰ってしまうので現在は1ヶ月で実家が70%、私と一緒に自宅で過ごすは30%とほとんど実家にいます。) また、集中力がなくてテレビや本などが読めない。(調子がよい時は、本が読めたのですが最近は全然集中力が続かないし、テレビをあまり面白くないとテレビもほとんど見ません。) 昨年は調子が悪い(うつ状態?)時は昼寝ができたのですが、この数ヶ月は昼寝が全くできない。車の中でも以前は寝ていましたが、この数ヶ月は車の中でも「ぼおーと」はしていますが眠ってはいません。夜は睡眠剤がなくても普通に眠れます。
このような状態が続く中、医師からは、うつ状態が改善されないならば電気けいれん療法もあるよ。と言われましたがこの状態で電気けいれん療法をするか迷っています。少しでも病気がよくなれば妻の母親はやってみる価値があるのでは?と言っていましたが、この状態で電気けいれん療法をする価値はありますか? いろいろ調べると若い患者でかつ統合失調症患者には電気けいれん療法はしないと書いてありました。私も電気けいれん療法よりも今の薬物治療を改善して欲しいと思っています。
そして私なりにいろいろ調べたところ統合失調症の薬物治療で、気分安定薬を併用すると良いことが分かり、妊娠希望のために催奇性のあるデパケンなどではなくて新薬のラミクタールを提案したいと思っています。 しかし、ラミクタールはStevens-Johnson症候群などの重篤な皮膚障害があり、また統合失調症への使用には適用外使用なので使いにくいと思います。そこで教えて欲しいのですが、実際の臨床での使用にあたり、Stevens-Johnson症候群などの皮膚障害は、先生の感覚ではどのくらいありますか?また発疹などが出て中止した場合は、やはりラミクタールは2度と使わない(使えないで)しょうか? また、添付文書によるとデパケンなどと併用しないといけないみたいですが、ラミクタール単独での使用でかつ統合失調症への使用で適応外ですが保険は通るのでしょうか? あと妻が心配するのは、主治医に処方を患者側から提案すると主治医の機嫌が悪くなったり、怒ったりしないだろうか?と心配していますが、患者から処方を提案されたりするとはやり精神科の医師は、面白くないと思うのでしょうか? 特に今回のラミクタールの提案は、適応外使用でかつ皮膚障害の副作用の問題もあり、患者側からもし、林先生がラミクタールの処方を提案されたら、どうしますか? 以上よろしくお願いします。
林: 奥様の長年にわたる闘病生活に、質問者が夫として、また、薬剤師として、心をくだいておられるのがよくわかります。この【1796】の最大のポイントは、奥様の診断名であると思われますが、それは最後にまわし、薬のことから順にお答えしたいと思います。
1. ラミクタールについて
ラミクタール (一般名: ラモトリギン) は、日本では2009年に発売された抗てんかん薬です。ただし、テグレトールやデパケンの例があるように、元々は抗てんかんとして開発された薬が、実は躁うつ病やうつ病などの気分障害、さらには統合失調症にも有効な場合があり、ラミクタールも日本で発売される前に国際的にはそのような効果があるという報告が相次いでおり、これまでの治療の有効性が充分でなかった気分障害・統合失調症への効果が期待されています。
しかし、ここにいくつか問題点があります。
第一は、公式にはラミクタールは、一部のてんかん患者にしか処方が認められていないということです。すなわち、ラミクタールの添付文書には、以下のように記されています:
効果・効能
他の抗てんかん薬で十分な効果が認められないてんかん患者の、下記発作に対する抗てんかん薬との併用療法
部分発作、強直間代発作、Lennox-Gastaut症候群による全般発作
つまり、このラミクタールという薬は、抗てんかん薬として処方する場合でも、第一弾として使うことは認められず、あくまでも他の薬の効果が不十分なときに、他の薬との併用で使うことだけが認められているということです。
薬剤師である【1796】の質問者のこの質問の背景には、上記の事情があります。
また、添付文書によるとデパケンなどと併用しないといけないみたいですが、ラミクタール単独での使用でかつ統合失調症への使用で適応外ですが保険は通るのでしょうか?
これに対する、いわば公式の回答は、「もちろん保険は通らない」になります。添付文書の「効果・効能」が上記である以上、公式には当然です。
いま「公式」とくり返したのは、現実には、保険外の適用でも(つまり、公式には認められていなくても)、慣習として認められていることがあるからです。それは、正式な認可手続きは経ていなくても、医学論文や実地臨床で、有効性がかなり認められているような場合です。【1796】の質問者は薬剤師ですので、このような事情をご存知であって、ではラミクタールでは現実にはどうなっているのかということを質問しておられると解釈できます。
ラミクタールは、添付文書にこそ記載されていませんが、気分障害や統合失調症に効くというデータがあるのですから、この慣習の適用を期待したいところです。さらにいえば、添付文書上は、他の抗てんかん薬との併用が条件になっていますが、実際にはラミクタール単独でもてんかんに効果があるので、てんかんに処方する場合でも、単独処方が認められることを期待したいところです。
日本の保険審査の実態は、実は地域によって異なります。すなわち、ある地域では保険外の適用が認められても、別の地域では認められないということが、ごくありふれた事態になっています。したがって、【1796】のこの質問に答えられるのは、【1796】の方の地域の保険審査に精通している人物でなければ無理ということになります。
それはそれとして、私の知る限りでお答えしますと、残念ながらこの【1796】のケースではラミクタールの処方は保険が通らないでしょう。すなわち、もし奥様にラミクタールを処方すれば、保険審査では、「健康保険の不正請求」として、処方した医師が非難されることになるでしょう。私の知る限りでは、これがラミクタールの現状です。(多くの地域でそうであるということです。くり返しますが、【1796】の地域でどうかまではわかりません)
しかしながら、たとえ不正請求と非難されても、患者のためにはラミクタールを処方するという考え方もあります。少なくとも他の薬においては、そういうことはよくなされることです。但し、この【1796】のケースにおいてそうすべきかどうかということになれば、そうすべきではないと私は考えます。理由は二つあります。
第一は、そうまでして処方するに値する効果が期待できないということです。もし他の方法がなく、かつ、ラミクタールの効果がかなり期待できるのであれば、不正請求という非難は、処方を控えるという理由にはなりません。が、この【1796】のケースでは、他に試みるべき治療法がまだあり(後に示します)、それに、このケースではラミクタールの効果はそれほど期待できません。
第二は、質問者も挙げている、副作用としての皮膚障害の問題です。Stevens-Johnson症候群は重篤な副作用で、生命にかかわることもあり得るものです。おそらくこの副作用はラミクタールの最大の欠点の一つで、一定の確率で発生することは疑いありません。
実際の臨床での使用にあたり、Stevens-Johnson症候群などの皮膚障害は、先生の感覚ではどのくらいありますか?
このご質問には意味がありません。副作用の発生率、特に比較的新しい薬の副作用の発生率については、医師個人の感覚はまったくあてになりません。統計としてデータに示されているものがすべてです。
そして先ほど私が、この【1796】のケースにラミクタールを投与しない理由として副作用を挙げたのは、「副作用があるから投与しない」というような単純な理由でないことはもちろんです。そのような理由で処方しないのであれば、いかなる薬物療法もできないということになります。
副作用との関連で、この【1796】のケースにラミクタールを処方しない理由、それは、もしこのケースで重篤な副作用が出た場合、ラミクタールという薬の今後の扱われ方に、大きな障害が出るおそれがあるということです。つまり、「適用外の患者にラミクタールが投与され、重い副作用が出た」ということになれば、この薬のイメージはかなり悪くなるでしょう。また、薬の副作用には公的な救済制度(治療費等に関し)がありますが、適用外の処方で発生した場合、それは適用されにくいです。いかなる薬にも一定の確率で重い副作用があり、何らかの理由でそれがマスコミ等に中傷のような形で扱われれば、その薬は使いにくくなります。薬剤師である質問者は、そのような薬がたくさんあることをご存知だと思います。ラミクタールは、他の薬が効きにくい患者さんにとっては大きな恩恵となることが期待できる薬でありますから、発売されて間もない段階で、中傷にあってイメージを落とすことは避けなければなりません。
以上の理由により、
特に今回のラミクタールの提案は、適応外使用でかつ皮膚障害の副作用の問題もあり、患者側からもし、林先生がラミクタールの処方を提案されたら、どうしますか?
私は処方しません。
2. 電気けいれん療法について
この【1796】のケースでは、電気けいれん療法の効果は期待できると思います。少なくともラミクタールよりははるかに期待できます。なお、
いろいろ調べると若い患者でかつ統合失調症患者には電気けいれん療法はしないと書いてありました。
そのようなことはありません。信頼できない情報源をご覧になったのだと思います。
ただし、奥様が統合失調症であるかどうかはまた別の問題です。
3. 奥様の診断名について
この【1796】のケースが統合失調症であるかどうかは不明です。一般的には、強迫症状は、統合失調症の初発症状であったり、その後も持続することがあります。
地元の病院で強迫性障害の治療を13歳から29歳(一昨年)まで続けました。
という病歴だけを見れば、強迫性障害よりも、統合失調症の可能性が高いと考えたいところです。けれども、
現在の妻の特に気になる症状は自生思考?や被害妄想?(過去の失敗や出来事をいつも思い出して、あれこれ悩み、私や妻の母親に何度もあの時はこのように人に接して、その接し方によりその人が私のことを恨んだり、嫌いになったりしていないか?ちゃんとあの時にお金を払っただろうか?あの時は人に接して変な対応をしていないだろうか?など、とにかく過去のいろいろなことを思い出して、頭がぐちゃぐちゃになると妻は言っています。)
これら、現在の症状からは、統合失調症らしくないといえます。症状だけを見れば、むしろ強迫性障害の可能性が高そうです。
但し、メールには書かれていない統合失調症の症状があったのかもしれず、また、抗精神病薬の治療によってそれらの症状がおさまり、今は強迫だけが目立っているということも考えられます。
しかし、いずれにせよ、電気けいれん療法の効果は期待できます。しかも【1796】は妊娠希望とのこと、薬はできる限り減らさなければなりません。本来はゼロにしたいところですが、これまでの経過を見ると、それは難しいでしょう。
私も電気けいれん療法よりも今の薬物治療を改善して欲しいと思っています。
薬物療法だけでは、いかに処方を調整しても、減らすことさえ困難だと思います。電気けいれん療法を行なえば、薬の減量は十分に期待でき、さらに、(こちらは「十分に期待」とはいえませんが)、いったんはゼロにすることも不可能ではないと思います。