精神科Q&A
【1781】アルコール依存症の著書を望む
Q: 林先生の著書について要望があるため、メールをお送りいたします。 Q&Aを拝見しておりますと、名の挙がる病気のなかで、うつ病・躁うつ病・統合失調症・境界性パーソナリティ障害に関する著書は出されていますが、これらの病気以外に、アルコール依存症に関するQ&Aが、とても印象的です。 私は、夜の電車内などで泥酔した人を見ると、突然の被害(ふらつきや嘔吐など)を想像すると非常に怖く、だらしなさやみっともなさが極めて不快で、おそらく一般的な人よりも、遥かに激しい嫌悪感を覚えていると思います。 私もたまに付き合いで友人や同僚と居酒屋へ行くことはありますが、せいぜいカクテルを1杯か2杯飲む程度でやめますし、気持ちが悪くなったり記憶がなくなったりするほど飲むような行為は絶対にしません。飲みたくないときははっきりと断りますし、それで人間関係が崩れたこともありません。 そのようなタイプであるため、アルコール依存症に関するQ&Aを印象的だと感じるのかもしれませんが、それを抜きにしても、やはり、アルコール依存症の認知度を、もっと高めたほうが良いのではないかと思うのです。 例えば違法のものであれば、気軽に入手することはできませんし、依存性の恐ろしさはそれなりに認知されていると思います。一方、アルコールは、コンビニでも自販機でも簡単に入手できるものでありながら、依存性の恐ろしさはまだまだ認知度が低いのではないかと思います。 うまく言えませんが、「アルコール依存症(アル中)=明るいうちからワンカップを片手にした目が虚ろで会話もままならない年配者」みたいなイメージを持っていて、自分には完全に縁がない世界だと楽観視している人がたくさんいるのではないでしょうか。 林先生のQ&Aを拝見していると、アルコール依存症がいかに身近で起こり得る恐ろしい病気かということが、よく伝わります。そして、このことは、もっと広めていくべきことなのではないかと思います。 従いまして、私の要望は、アルコール依存症に関する著書を出していただければというものです。
林:
やはり、アルコール依存症の認知度を、もっと高めたほうが良いのではないかと思うのです。
異論はありません。私も全面的にそのような意見です。
アルコールの問題は、患者数からいっても、また、問題の深刻さからいっても、うつ病などより大きいものがあります。アルコール依存症についての認知度を高めることの必要性は、この「問題の大きさ」ということだけではありません。アルコール依存症には、他の病気にはないきわめて大きい独特の特徴があります。それは
アルコール依存症は、予防できる
ということです。
なぜなら、お酒を飲まなければ、絶対にアルコール依存症にはならないからです。
これは当たり前すぎて馬鹿馬鹿しいことを言っているようですが、決してそうではなく、アルコール依存症という病気のきわめて重大な特徴です。他の心の病は予防はできません。うつ病の予防法などがまことしやかに言われていたりすることもありますが、実際にはうつ病の予防法と言われているもののほとんどは、有効性についての証拠はありません。他の心の病についても同様です。ということは、認知度が高まっても予防することはできないということです。ですから、早く診断して早く治療を始めることができるというのが、アルコール依存症以外の心の病での認知度を高めることの最大の意義といえます。
ところがアルコール依存症は「酒を飲まない」という100%確実な予防法があるわけですから、認知度か高まれば、予防できるということになります。すなわち、他のどの心の病よりも、認知度を高めることによる人々の恩恵は大きいということになります。
ですから私自身、アルコール依存症についての本の出版を、出版社に打診したことはあります。が、却下され続けています。理由は単純です。アルコール依存症の本を出しても売れないと思われる。つまり、商品としての価値が低い。それが出版社サイドの却下理由です。
このようにいうと出版社の商業主義に問題があるかのようですが、著者の立場からしても、本を出すからには多くの人に読んでいただかなければ意味は乏しく、売れなければ読む人は少ないわけですから、販売のプロである出版社が「売れない」という見解なのであれば、残念ながらそのような本を書いても意味は乏しいということになるでしょう。
が、私は決して完全にあきらめたわけではありません。アルコール依存症の本を書いても読んでもらえないのであれば、他の本の中にアルコール依存症のことを書けばいいではないか。そのように考え、サイコバブル社会にはアルコール依存症の章を一章もうけました。そこにはアルコール依存症そのものの説明だけでなく、なぜこれだけ重大な病気の認知度が高まらないのかについても論じてあります。現代の日本社会でアルコール依存症は、うつ病などに比べてあまりに軽く見られています。なぜか。それは、逆にうつ病の認知度が不自然に高まっていることとも深い関係があり、それがサイコバブル社会という本全体のテーマとなっています。ですからアルコール依存症の章を立てたのは、「アルコール依存症の認知度を高める」ことが主目的ではないのですが、とはいえ結果的には読んでいただけばアルコール依存症の本に求められる内容がかなり網羅されていることに気づいていただけると思います。