精神科Q&A
【1723】交通事故で脳に受傷した父に回復の見込みはありますか
Q: 父(65歳)は、5日前の1時頃、交通事故を起こしました。3日間ほど、ほぼ徹夜で仕事をしていた中での事故でした。事故後すぐに最寄りの病院へ搬送されましたが頭部MRIなどの検査の結果、処置できないとのことで大きな病院へ移送されました。病院へは4時頃到着しすぐに処置、検査が行われました。
7時頃、医師に説明を受けましたが大腿骨骨折、肋骨が折れて肺に穴が空き出血している、そして脳の損傷度合いにしては意識が悪すぎるとのことで、びまん性軸索損傷と診断されました。この段階でもうダメだろうという内容の話をされました。脳も回復することはないとも。全身状態が悪いが処置をすると脳に良くないのでこのまま様子をみると伝えられ脳外科へ入院しました。肺から血を抜く処理をして、あとは点滴と輸血のみ。しばらく目を閉じたままで、呼吸のみの状態でしたが13時頃に呼びかけに対して目を開けて頷くような仕草をみせました。その後はうめき声を上げて痛がり始め、呼びかけてもたまに目を開けるくらいでほぼ痛がっている状態が続きました。その頃から腕や足を激しく動かすようになりベットに縛られるようになりました。
翌日(受傷2日目)の10時頃、呼びかけに対して呂律がまわらず意味が分かりませんが声を出して返事をしました。誰だかわかるか?と聞くと分かるというような感じで応えました。その後、たまに呼びかけに反応しますが苦痛のためかうめき声のみ出すようになりあまり反応しなくなりました。
受傷3日目も前日と変わらずで、医師も病室にきませんでした。
受傷4日目の朝に看護師の呼びかけに、名前、歳、職業を応えました。そのことがあってからなのか、その日のうちに整形外科へ移されました。整形外科へ移された後は前日からくらべるとあまり苦痛を表さず、ほとんど寝ていました。足が痛いと言っているので痛み止めが処方されたと後で聞きました。整形外科の医師から、数日後に大腿骨の手術をすることが決まったと伝えられ、脳の方は処置することもないので手術が終わったら転院するようにと言われました。脳の方は改善することはなく、足を手術するが歩けるようにはならないと言われました。ずっと付き添っている母、姉はこれを聞いて落胆してしまいました。「出ていけ」と言われているようで見放された感じがしたようです。
受傷5日目、胆をとるために鼻から入っていた管がとれました。20時頃、寝ている父に「仕事はうまくいったよ」と耳元で伝えると突然目を覚まし、「万歳、万歳、うまくいった、万歳」と連呼し始めました。しばらく連呼し寝てしまいましたが、いつもの父の様な雰囲気ではなくなにか不安を感じました。その後、目を覚まし呂律はまわりませんが家族の名前を呼び、頷く仕草をしました。この時は正気に見えました。
以上が私が把握している事故からの父の状態です。 このような状態から元の元気な父へ戻れるのでしょうか。完全に戻れないのであれば、どのくらまで回復できるでしょうか。やはり医師が言うようにこのまま改善しないのでしょうか。 整形外科に移されてから能外科の医師に質問する機会もなくなってしまいました。整形外科の医師に聞くと「たぶん良くならない」と言われました。 少しずつ良くなっているように見える父を見て、医師の説明に納得がいかず色々と探している中で林先生のホームページにたどりつきました。なんとか父を助けたいです。 どうかよろしくお願い致します。
林: 脳の外傷のような器質的な障害の診断や予後予測のためには、脳の画像所見を読むことか欠かせません。したがって、まず画像所見を見せていただきたいところですが、
脳の損傷度合いにしては意識が悪すぎるとのことで、びまん性軸索損傷と診断されました。
とのことですので、少なくともMRIなどの脳の画像上は、損傷は目立たないと推定できます。びまん性軸索損傷とは、脳の深部である白質の神経線維が広い範囲に渡って損傷されることで、通常のMRIなどではほとんど所見が見られませんが、さまざまな高次脳機能障害を残す可能性のある病態です。臨床的には、びまん性軸索損傷の重症度は、脳に外傷を負ったときの意識障害の度合いにある程度比例していますので、「脳の損傷度合いにしては意識が悪すぎるとのことで、びまん性軸索損傷と診断」は、妥当な診断といえます。
そしてこのケース【1723】は、まだ受傷から5日後ですので、脳外傷として急性期にあります。今後著明に改善する可能性から、生命が危険になる可能性まで、まだまだ予測できない段階です。
メールに記されている今の症状は、いずれも、脳損傷の急性期に認められるものとして矛盾はありません。
したがいまして、
このような状態から元の元気な父へ戻れるのでしょうか。
まだわかりません。
完全に戻れないのであれば、どのくらまで回復できるでしょうか。
まだわかりません。
やはり医師が言うようにこのまま改善しないのでしょうか。
メールの内容を見る限りでは、まだわかりません。まだ自然に回復する余地はあるとみるべきだと思います。けれども、受傷後5日というこの時期に、医師が「改善しない」と明言しているということは、このメールに記載されていること以外に重要な所見があるのかもしれません。
また、このケースは脳だけでなく身体的にも重傷を負っておられますので、脳以外の状態がどの程度であるかによっても、判断は違ってきます。
少しずつ良くなっているように見える父を見て、医師の説明に納得がいかず
脳の受傷5日目はまだ急性期と考えられますので、今後の経過の予測は困難です。
また、「医師の説明に納得がいかず」は、納得がいかないのではなく、受け入れられない、信じたくないというべきではないのか、冷静に考えてみる必要もあるでしょう。
突然の悲劇に動揺され、深く悲嘆されていることはお察し申し上げます。しかし、重傷を負ったご本人のためにも、ご家族は事実を直視することが必要です。そうしないと偽りの希望を語る者に騙されることにもなりかねません。