精神科Q&A

【1699】私がアルコール依存症の治療を受けるべきという根拠が欲しい


Q: 38歳の女性です。15年程前から「寝酒」が止められず、ここ2〜3年は毎日、350mlの缶ビールを2本飲むのが習慣となっていました。 飲酒暦が長いので、一時は休日は朝から酒を飲んだり、毎晩の酒量も2倍以上だったこともあります。しかしここ2〜3年は2本のビールで落ち着いています。また、お酒を飲みたくなるのは夜、寝る前だけで、アルコール依存症患者の手記のように「一日中酒のことを考えている」訳でもないし、手が震えるなどの禁断症状もなければ、GOTやGPTなどの値も正常です(甲状腺機能症があるので、半年に一回は血液生化学検査を受けていますが、肝機能だけでなくすべての検査結果が正常です) つまり、自分の飲酒傾向によって、今のところ困っていることはあまりありません。 しかし「毎日寝酒をするのは、お金がもったいないし、つまみも食べるから太るし」と思い禁酒しようとしたのですが、昼はなんともないのに、寝る2時間前になると落ち着きがなくなり、嫌なことばかり思い出して不安で不安で眠れなくなるのです。それでもその不安に耐えてなんとか頑張ってみたのですが、そうすると眠れるのは3時間程度で、そんな生活が3日も続くと耐えられなくなり、結局また飲酒を始めてしまいました。 自分なりに「アルコール依存症」の勉強をして、「たとえ現在肝機能値に問題がなくても、依存している『状態』があればアルコール依存症だ」と思い、勇気を出して精神科の門を叩きました。主治医の先生は私の話を聞き、メデポリン0.4mg1錠(夕食後服用)と、マイスリー5mg2錠(就寝時)を処方して下さいました。1ヶ月ほど前の話です。その後、アルコールは口にしていません。 さて、安定剤と睡眠薬を飲むと、なるほどよく眠れます。しかし、依存の対象をアルコールから薬に変えてしまっただけなのではという不安があります。確かに、同じ「依存」であるなら、睡眠薬よりアルコールの方が体に悪いから、睡眠薬の方が「まし」なのかもしれません。しかし、日本全国どこでも手に入るアルコールと違い、睡眠薬には「もし、この薬を無くしてしまったり、仕事が忙しくて病院に行けなかったら薬が切れてしまう。そうしたらどうしよう」という恐怖があります。 また、私が「お酒を止めたい」と思ったひとつの理由が「お金がかかること」だったのですが、計算すると、治療費の方が酒代より高くつくことが判りました。 さらに「健康問題」ですが、1日20g以下のアルコール摂取の習慣はむしろ体にいいということを聞きました。私の現在の酒量はこれに該当します。勿論アルコールには耐性がありますから、今後私の飲酒量も増えていく危険性があり、いつまでも「1日2本」を守れる訳ではない、ということも判りますが、私の場合、ここ2〜3年は変わらず、それどころか昔より減っているのだから、その心配も少ないのではないかと思います。 質問ですが、私がアルコール依存症の治療を続ける意義が判らないのです。 おそらく先生は「アルコール依存症は否認の病気。疑問をもつことそのものが否認であり、アルコール依存の証拠。貴方はなんだかんだと理由をつけてアルコールを飲みたいだけだ」とおっしゃるかもしれません。それはそうかもしれません。 しかし、私がお聞きしたいのは、私がアルコール依存症かどうかではなく、私がアルコール依存症の治療をすることにどんなメリットがあるか、ということなのです。 私の疑問に答えていただき、「治療」にくじけそうな私に「〜という理由があるから、是非、治療すべきだ」という根拠を与えていただけないでしょうか。


林: あなたはアルコール依存症です。
いや、それはわかっている。質問はそのことではなくて、アルコール依存症の治療をすることにどんなメリットがあるかだ。おそらくあなたはそうおっしゃるでしょう。それにもお答えしたいと思います。けれどもその前に、なぜあなたがアルコール依存症といえるかをご説明しましょう。
あなたの飲酒行動が、アルコール依存症のそれに一致している。まずそれが指摘できますが、ある意味それ以上に明らかにこのメールから読み取れるのは、あなたの強い否認です。

お酒を飲みたくなるのは夜、寝る前だけで、アルコール依存症患者の手記のように「一日中酒のことを考えている」訳でもないし、手が震えるなどの禁断症状もなければ、GOTやGPTなどの値も正常です

その「アルコール依存症患者の手記」なるものに表れているのは、アルコール依存症患者のごく一部の人のことにすぎません。アルコール依存症であっても、一日中酒のことを考えているとは限りません。禁断症状は、ないこともあります。GOTやGPTも、正常なこともあります。あなたは自分がアルコール依存症とは違うという根拠を求めているのではないでしょうか。

毎日寝酒をするのは、お金がもったいないし、つまみも食べるから太るし

このように、アルコールそのものの害ではなく、お金とかカロリーに目を向けるのは、アルコール依存症の典型的な考え方の一つです。つまり、アルコールの問題を他の問題にすりかえているのです。そして、この場合ならあなたが、「お金とカロリーのことが解決されれば、アルコールを飲んでもいいんだ」という結論に向かって歩んでいるのは明らかです。

しかし、日本全国どこでも手に入るアルコールと違い、睡眠薬には「もし、この薬を無くしてしまったり、仕事が忙しくて病院に行けなかったら薬が切れてしまう。そうしたらどうしよう」という恐怖があります。

これも、眠るためには薬ではなくアルコールが必要だとするための、いかにもアルコール依存症らしい正当化です。

また、私が「お酒を止めたい」と思ったひとつの理由が「お金がかかること」だったのですが、計算すると、治療費の方が酒代より高くつくことが判りました。 

さきほど指摘した通り、アルコールを飲むための正当化です。

さらに「健康問題」ですが、1日20g以下のアルコール摂取の習慣はむしろ体にいいということを聞きました。

アルコールについての、良い情報のみを不均衡に重視する。アルコール依存症の典型的な姿勢です。

おそらく先生は「アルコール依存症は否認の病気。疑問をもつことそのものが否認であり、アルコール依存の証拠。貴方はなんだかんだと理由をつけてアルコールを飲みたいだけだ」とおっしゃるかもしれません。

その通りです。そしてあなたは、先取りしてこのように自分から指摘することで、否認だと言われることを回避しようとしています。何としてでもアルコールを摂取したいという気持ちの表れです。

以上、あなたの否認の問題を指摘してきましたが、あなたにはアルコール依存症から回復する十分なチャンスがあります。自力で回復する力がある人だと思います。数々の否認をしつつも、一方でそれらに問題意識を持っておられ、こうして質問することで打開策を模索されているからです。

私の疑問に答えていただき、「治療」にくじけそうな私に「〜という理由があるから、是非、治療すべきだ」という根拠を与えていただけないでしょうか。

お答えします。
治療しなければ、あなたは破滅するからです。
おそらくあなたは、「治療しないことのデメリットではなく、治療することのメリットがほしい」とおっしゃるでしょう。しかし私の答えは同じです。治療しなければあなたは破滅します。私の答えは以上ですべてです。後はご自分でお考えください。


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