精神科Q&A

【1614】うつ病か認知症か


Q: 79歳の母について御相談します。
うつ病で7年前に精神神経科へ通院/入院し、その後もうつ気分になると通院をするという状態を繰り返していました。
5年前に夫を亡くし、その1年後からまた通院を始めました。
薬は、ドグマチール(50mgx2回/1日)とワイパックス(0.5mg x2回/1日)でした。
半年前に担当医師が変わると母から聞き、症状が改善しないことが気になっていたため、初めて母に同行しました。
新しい担当医は、「物忘れが気になる」という本人の申告で「認知症ベースのうつ」で前任医師より引き継いだという説明でした。
私は、母はうつ病で通院していたとばかり思っていたため「認知症」という言葉を聞き驚きました。
母もその病名を認識していなかったと思います。
検査もせずに認知症の診断をされたと思うと話した所、MRIと長谷川式テストを実施する事になりました。
MRIからは、血流の悪い部分と小さな梗塞がある事、長谷川式テストは19点だったという結果より、内科的には「慢性虚血性小梗塞」、精神科的には「軽症脳血管性痴呆」であると診断されました。
薬はそれぞれx3回/日に増え、いずれも安定剤であるという事。 又、高齢者には抗うつ剤は副作用が強く出る場合があるので使用しない。という説明でした。

母はすぐに、薬の増量で「少し頭がすっきりした」と申し現在に至りますが、私から見た母の状態で気になる点があります。
・過眠:夜間10時間+昼間3時間 (とても疲れると言い、休むと回復するとの事。) 
・自分の物忘れを自覚している。一方、通帳の紛失やガスコンロのつけっぱなしがある。
・年号を昭和と間違える。
・数字の桁数を間違えて云う。(10000円を10万円等と。)
・甘いものの摂取が多い。

母は、「今より進行しないし、年齢的に仕方のない事。」と云います。
話を聞くと、料理も庭いじりもやりたいけど、気力と根気が続かず、とても疲れやすくて出来ないと言います。起きている時間は、気分がよければ庭いじりや片付けをし、散歩は義務感でほぼ毎日30分程やっています。
便秘の症状もあり、一方でもよおすと間に合わず失敗し、自分で始末する事もあるそうです。
又、なぜかわからないけど、買い物に行っても何も買えないと言います。

母は「仕方ない」と言いますが、私は、母の状態を見ていると、うつ病により生活能力・身体機能が低下している様に感じ、何とかうつ病だけでも解消出来ないかと思います。
 一方では、脳血管が原因の認知症なのであれば、私自身がそれを受け止め、これから母と生活(治療を含め)していかなければいけないのではないかと思います。
質問です。
・うつ病なのか認知症なのか。
(高齢者のうつは認知症と判別しにくい。とも、一方で 診る人が診ればすぐにわかる。とも本には書いてありますが、いずれかにより、治療や生活が変わってくると思うのです。はっきりさせる事は無理なのでしょうか。)
・精神科、内科いずれにかかるべきか。
(うつ病を治療すべきなのでしょうか、脳血管の方を治療すべきなのでしょうか。
先生へ今の薬はうつ病の治療薬なのかどうか聞いたところ、
「私は精神科として薬を出しています」と言われましたが、本当に母のうつは治るのかどうか不安に感じています。) 

高齢の母に、うつの回復を望むのは無理なのでしょうか、遅かれ早かれ少しずつ老いていくのをそっと見守っていくべきなのでしょうか。悩んでいます。


林: 認知症かうつ病か、このメールからは判断できません。両方の可能性があります。
しかし、実際に治療を担当している医師は、うつ病か認知症か、可能な限りはっきり診断をつけて治療すべきと思います。その意味で、

「物忘れが気になる」という本人の申告で「認知症ベースのうつ」で前任医師より引き継いだという説明でした。

もし今の主治医の先生が本当にこの通りおっしゃったのだとすれば、いい加減という印象を禁じ得ません。「認知症ベースのうつ」とは、いかにもいい加減な言い方だからです。しかし、本当にこのようにおっしゃったのかどうかは疑問ですし、また、「いい加減な言い方」とはいうものの、実際にこのケースを見るとこのような曖昧な形で進めるしかないのかもしれません。これらはメールからは判断し難いことです。

それを前提としたうえで、ここではメールの内容を事実であると仮定して、それにコメントを試みますと、

MRIからは、血流の悪い部分と小さな梗塞がある事、長谷川式テストは19点だったという結果より、内科的には「慢性虚血性小梗塞」、精神科的には「軽症脳血管性認知症」であると診断されました。

長谷川式テストが19点だからといって、認知症という診断はできません。
19点は確かにテスト上は認知症レベルですが、うつ病でもこのような成績になることは十分にあり得ますので、もしは長谷川式テストの結果を重視して認知症と診断されたとすれば、大いに疑問のある診断と言わざるを得ません。

又、高齢者には抗うつ剤は副作用が強く出る場合があるので使用しない。という説明でした。

全く納得できない治療方針です。「高齢者には抗うつ剤は副作用が強く出る場合がある」ということ自体は事実ですが、うつ病であれば、副作用に注意しつつ、抗うつ薬を使うのが当然で、そうしなければ治療になりません。
抗うつ薬を使わない理由は、おそらく主治医の先生は、うつ病ではなく認知症の可能性が高いとみておられるのではないでしょうか。その根拠は不明ですが、上述の通り、もし長谷川式テストの結果に基づいているのだとすれば、診断そのものに大いに疑問が残ります。

私は、母の状態を見ていると、うつ病により生活能力・身体機能が低下している様に感じ、

そのご判断は残念ながら信頼できません。生活能力・身体機能の低下がうつ病によるものであるというあなたの判断には根拠がないからです。

・うつ病なのか認知症なのか。
(高齢者のうつは認知症と判別しにくい。とも、一方で 診る人が診ればすぐにわかる。とも本には書いてありますが、いずれかにより、治療や生活が変わってくると思うのです。はっきりさせる事は無理なのでしょうか。)


この回答の冒頭にお書きしたように、このメールの情報からは判断できません。また、「診る人が診ればすぐにわかる」というのは、「診る人が診ればすぐにわかるという場合もある」と解釈すべきでしょう。そしてこのケースがそれにあたるかどうかはわかりません。ただ、主治医の先生はこの鑑別診断に努力しておられないようには見えます。診察や検査を、より詳しく行うべきだと思います。
また、

・甘いものの摂取が多い。

これは見逃されやすい重要な症状で、甘い物を好むようになる、というのは、前頭側頭型認知症の初期に見られ、早期診断に役立つ症状です。論文も発表されています。
ですから、この点に着目すれば、前頭側頭型認知症の可能性を考えるべきですが、メールに書かれている臨床症状からは何ともいえません。これをはっきりさせるためには、この【1614】のケースでは、脳の血流の検査(SPECT スペクト といいます)を行い、前頭葉・側頭葉の血流の低下が認められるかどうかを調べるのが第一歩です。(但しこの【1614】のケースは、経過から見るとうつ病の可能性のほうが高そうですが)

・ 精神科、内科いずれにかかるべきか。

本来は精神科医が責任を持って診療すべきケースだと思います。

(うつ病を治療すべきなのでしょうか、脳血管の方を治療すべきなのでしょうか。
先生へ今の薬はうつ病の治療薬なのかどうか聞いたところ、
「私は精神科として薬を出しています」と言われましたが、本当に母のうつは治るのかどうか不安に感じています。) 


うつ病の症状も、脳血管の症状も、両方への対応が必要で、本来は両方に対応できなければ、精神科医とはいえません。ですから、

先生へ今の薬はうつ病の治療薬なのかどうか聞いたところ、
「私は精神科として薬を出しています」と言われました


このような姿勢は受け入れがたいものです。人の心、つまり精神現象が、脳の活動の表れである以上、脳血管障害のような脳損傷の症状も、うつ病のような(いわゆる)心の病の症状も、結局は脳の機能が関係した症状ですから、どちらか一方しか診ないということでは精神科の診療とはいえません。
などということをこの【1614】の質問者の方に申し上げても仕方のないことですが、このケースでは、そのように両方が診られる精神科医にかかることが必要だというのがポイントです。ですから、

高齢の母に、うつの回復を望むのは無理なのでしょうか、遅かれ早かれ少しずつ老いていくのをそっと見守っていくべきなのでしょうか。

このような敗北主義的な姿勢は、お母様にとって大変不幸なことです。良い精神科医をお探しください。

 


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