精神科Q&A
【1570】大麻、覚醒剤を摂取してから、幻覚や妄想が出て入院しました
Q: 23歳、男、学生です。一年ほど前より、このQ&Aを拝見するようになり、自分のことについて質問したいと長く思い続けていたのですが、なかなか実行に踏み切ることができませんでした。というのも、自分の質問内容が反社会的な行為を含み、かつ、これまでの先生がされてきたご回答からみると正しくない経過を辿ってきてしまったからです。反社会的な行為というのは、違法薬物の摂取です。そして正しくない経過というのは、自分が措置入院と通院を経て、自らの意志により通院・服薬をやめてしまったことです。
4年前より、周囲の誘いを受け、軽い気持ちで大麻に手を出すようになってしまいました。大麻はこれまで10回に満たないほどには摂取し、またMDMAと呼ばれるものも2回摂取してしまいました。その半年後、初めて覚醒剤にまで手を伸ばし、摂取してしまったその日に、警察の職務質問を受け、任意同行されました。大学2年の頃で、誕生日を8月に控えた私は当時19歳でした。一度は否認してしまい、家に戻って悶々と考えていたのですが、尿検査を実施するとの連絡が警察から来た日に、覚醒剤を摂取してしまったことと、これまでの違法薬物遍歴について白状しました。そして、遊び半分に反社会的行為を繰り返してしまったことに、涙も涸れるほど反省しました。警察の見解は、尿検査で反応が出た場合には逮捕するが、出なかった場合は、所持もしていないし他の悪事も認められないので逮捕しない、とのことでした。摂取方法がいい加減だったためか少量だったためか、尿検査による反応は出ず、結果として逮捕されないことになりました。
逮捕やその後の社会的制裁を覚悟していた私は、この結果に逆に戸惑ってしまいました。悪事を働き、それが発覚したにも関わらず制裁を受けない、という後ろめたさがあり、実はこれは俗に言う「泳がせ捜査」なのではないか、とあらぬ考えを抱くようになってしまいました。それからというもの、電話をすれば警察が盗聴しているのではないかと思うようになり(任意同行以降、現在に至るまで違法薬物の摂取はしておらず、もちろんそれに関するやり取りもしてはいないのですが)、空をヘリコプターが飛べば自分のことを追跡しているのではないかと思うようになりました。警察を疑う馬鹿げた思いは、だんだんエスカレートしていきました。一日に何度も警察署に電話し、もう自分が泳がされているのは分かっているから逮捕してほしい、と迷惑極まりないことを訴え続けました。署の方のご回答はもちろんNOであり、それで更に不信感を強くした私は、もう日本中に自分の悪事がばれており、「公開泳がせ捜査」のようなものをされているのではないかと思うようになりました。妄想は広がり、外を歩けば行き交う人々が全員自分のことをチェックしているように見え、車も全て自分を尾行しているように感じ、家から出るのが耐えがたい恐怖になりました。大学に行けば、友達が自分と親しく接してくれるのですが、これは自分と友達というだけで犯罪者と見做され、捜査を知らされていないだけなのだと捉えました。よって、友達とコンタクトをとるのは相手に迷惑だと考えました(大学の友達が実際、共に薬物を摂取していたということもありません)。ちょうど大学の夏休み期間が始まったというのもあり、家に引き籠もるようになりました。家でテレビをつけると、いかなる番組もCMも、暗に自分の逮捕を仄めかしているように見えました。新聞を読むと、自分のことはどこにも書いていないので、自分の家だけ偽の新聞に差し替えられていると考えました。さらに、この頃から、自分は逮捕されて投獄されるのではなく、射殺されるのだと思うようになりました。この辺りから記憶が曖昧なのですが、私はテレビなどの情報から、この日に私は射殺されるに違いない、というXデーを推定し、その日が近付く度に怯える日々が続きました。昼には、家の外で近隣の方々がXデーについて話し合う声が聞こえ、夜には、拳銃に弾を込める音が響き渡っていました。昼間、近所のトラックの荷台に拳銃が山積みだったのも見えました。また、自分の体から覚醒剤の成分が飛び散っているので、一歩外に出れば近隣に注意報が行き渡るに違いない、と思い、試しに実際外に出てみるといきなり警笛が聞こえ、慌てて家に戻ったこともあります。なお、同居している母親、そして単身赴任先から呼び出された父親の対応は、私をとにかく説得するというものでしたが、私の勘違いは消えるどころか広がる一方でした(ちなみに任意同行当日に、親には事実関係を白状しています)。
何しろ記憶が曖昧なので、断片的なことしか思い出せないのですが、こういった(今にして思えば)幻覚の症状が多岐に渡り、食事も睡眠もままならぬほど神経が衰弱した中、ついにXデーを迎えました。私は同居する母親も一緒に射殺されると思い、なぜか隣りに住んでいる方に助けを求めたりもしました。「丁重に(殺すように)」という声もどこからか聞こえました。家に誰かが忍び込む音も聞こえました。しかし当然ながら、Xデーには何も起きませんでした。私は、きっとXデーに自分でも気付かない悪事を働いてしまったのだと思い、今度は日本中が責任をとって、自分と家族以外の国民全員が殺されるのだと考えました。すると、外から赤ちゃんや子どもの泣き声や、いろんな人の悲痛な叫び声などが聞こえ、私は取り返しのつかないことをしてしまったと絶望しました。耐えられず、自殺を決意し、部屋のドアノブにタオルをくくり付けて首を吊ろうとしましたが、失敗しました。焦って、包丁で腹部を切りつけたところ、母親に発見され、病院に運ばれました。ためらったのか内臓に傷がついておらず、入院を薦められましたが、私が嫌がって一旦家に戻ったそうです(お腹にGPSの端子を埋め込まれると喚いていたそうですが、覚えていません)。その三日後くらいに、母親に違う病院に連れていかれました。精神病棟への措置入院でした。。閉鎖病棟で投薬されながら過ごす毎日が二か月続きました。最初の頃は、病棟のテレビで海外在住の日本人が殺された等の報道を見ては怯えていましたが、それが次第に落ち着いていったというような記憶があります。服薬の経過については、把握するものが残っていないので分からないのですが、増えたり減ったりという感じでした。退院時、自分についた病名は「中毒性精神病」でした。
退院後も、周囲に対する漠然とした不信感は続き、やはりヘリコプターが飛ぶと恐怖を感じたりはしていたのですが、「射殺される」「日本人全員が殺される」などの妄想には現実味を感じなくなりました。その後は近所のクリニックに週一ペースで通い、大学も休むこと無く戻ることができ、妄想を妄想だったと正しく捉えられるようになりました。週一の通院が隔週になり、服薬の量も減っていきました。最後の処方は、一日につきジプレキサ15mg、コントミン50mg でした。最後というのは、クリニックに通い始めてから半年ほどして、通院をとりやめたい旨を伝えたからです。妄想も消え、社会性を取り戻したように自分では感じていました。家族に相談し、了承を得て、主治医に相談しました。主治医の見解は、本来ならば10年くらいの期間は診ておきたいところであるが、しばらく様子をみるということにしよう、あなたは快方に向かっている、何か異常や不安を感じたらまた来るようにとのことでした。いつもより多い処方箋をいただき(これが一ヶ月分だったか、数ヶ月分だったかを思い出すことができません)、その分は服薬しました。またクリニックの診察では、病気のことについての説明はほぼ無く、私の経過を聞いて処方を決めていくという感じだったのですが、最後に「中毒性精神病」とは何かとお訊ねしたところ、お答えをいただきました。統合失調症という病気の色彩が強いがケースの特別性から何とも言えないのでこういった病名にしている、とのことでした。その時、統合失調症についての理解がなかった私は、なんとなくその名前を記憶にとどめながら、その後生活していました。生活に支障はなく、なんだか一連の出来事だけが自分の人生から乖離しているかのような気持ちでした。
1年前、ふと統合失調症というものを知りたくなり、ネットで検索しました。控え目に言って、驚きました。自らの体験と共通することがあまりに多かったのです。それからは統合失調症について調べ回り、林先生の本サイトにも辿り着きました。自分と同じような体験をした統合失調症の方が多くいらっしゃることを知りました。そして、病識を持っているにせよ、服薬を続けないことには再発の可能性が否定できないことも分かりました。ここでの質問までに時間がかかったのは、要するに昔の自分と向かい合うのが怖かったからです。事件以降、まったく違法薬物を摂取する気など起きませんし、かえって恐怖です。あれは若気の至りだったとして、記憶を過去に追いやっていた部分もあります。病気が一過性のものだったと信じたい気持ちもあります。現在は大学を一年留年してしまい、五年目の冬ですが、アルバイト等社会生活も順調で、対人関係にも問題はありません。このような状態で、再び病気の可能性を検討することが怖かったのです。しかし、これから何も検討せずにいることは、周囲の人に対して無責任であると思い、また自分としても将来の不安があり、質問させていただくことにしました。ご多忙の中恐縮ですが、ご回答いただけると大変嬉しく思います。 質問させてください。
1)私の症状は、違法薬物とどの程度関連づけられるものでしょうか。または、違法薬物によって統合失調症が誘発されたのか、統合失調症の症状に似た違法薬物の中毒症状が現われたのか、どちらの方が現実的でしょうか。それとも、その二つは同じことなのでしょうか。私は任意同行されるまで、幻聴や妄想気分などに襲われることは全くなかったと、自分では記憶しています。また、違法薬物を摂取しなければ体や気持ちが落ち着かないといった中毒症状も、自分では無かったと思っています(もっとも、自分で思っているだけなので何の確証もありませんが…。奇異な出来事や焦燥感はありませんでした)。
2)私はすぐに通院・服薬を再開すべきでしょうか。 長々とお読みいただき、ありがとうございました。
林: 何よりまず、今後、違法薬物を一切摂取しないことです。これが最も重要です。
したがって、ここから下の説明はお読みになる必要はありません。
この【1570】の精神症状は、覚醒剤などの薬物による精神病、いわゆる中毒性精神病として典型的なものです。
違法薬物を摂取していることから、
実はこれは俗に言う「泳がせ捜査」なのではないか、とあらぬ考えを抱くようになってしまいました。
このように、自分が警察にマークされていると考えるのは、正常な心理としても十分に理解できることです。しかし、後の経過からさかのぼって考えればこれは精神病症状の始まりです。そして、実は後の経過からさかのぼって考えるまでもなく、このような「あらぬ考え」は、直接診察すれば、それは正常な心理ではなく、中毒性精神病だということはほぼわかるものです。
それからというもの、電話をすれば警察が盗聴しているのではないかと思うようになり(任意同行以降、現在に至るまで違法薬物の摂取はしておらず、もちろんそれに関するやり取りもしてはいないのですが)、
このあたりまで、まだ正常な心理として理解できないこともありませんが、
空をヘリコプターが飛べば自分のことを追跡しているのではないかと思うようになりました。
ここまで来ると傍から見ても被害妄想にほぼ間違いないとわかるでしょう。
警察を疑う馬鹿げた思いは、だんだんエスカレートしていきました。一日に何度も警察署に電話し、もう自分が泳がされているのは分かっているから逮捕してほしい、と迷惑極まりないことを訴え続けました。
この時点では、明らかな精神病症状があるといえます。
そしてその後の経過は、中毒性精神病の典型的な症状です。
そしてこれは、質問者がおっしゃっているように、統合失調症の症状にも酷似しています。
これは、覚醒剤を摂取した場合に起こる脳内変化と、統合失調症で起きている脳内変化がよく似ていることが原因です。
というよりも、元々は、覚醒剤による精神病症状が統合失調症によく似ていることから、両者の脳内に同じ異常が起きているに違いないという推定のもとに研究が進められ、その「同じ異常」とは、シナプス(より正確にはシナプス間隙)におけるドーパミンの過剰であることが明らかにされたというのが歴史的事実です。
このあたりで質問項目にお答えします。
1)私の症状は、違法薬物とどの程度関連づけられるものでしょうか。
あなたの症状の主因は、覚醒剤などの違法薬物と考えられます。
が、
または、違法薬物によって統合失調症が誘発されたのか、統合失調症の症状に似た違法薬物の中毒症状が現われたのか、どちらの方が現実的でしょうか。それとも、その二つは同じことなのでしょうか。
このご質問は意味深長です。ひとことでお答えすると、「その二つは同じ」ではなく、「その二つは厳密には区別できない」ということになります。
普通はこの【1570】のようなケースは中毒性精神病であると診断します。しかし、「違法薬物を摂取していた時期に、たまたま統合失調症が発症したのではないか」という問いに対しては、肯定も否定もできません。どちらとも考えられます。また「違法薬物が統合失調症を誘発したのではないか」という問いに対しても同じことがいえます。これらの問いには、論理的には、回答不能です。ただ普通このような場合は中毒性精神病であると考えるということにすぎません。
2)私はすぐに通院・服薬を再開すべきでしょうか。
現在、精神病症状がわずかでもあれば、通院・服薬を再開すべきです。
現在、精神病症状が全くなければ、通院・服薬が必要かどうかは何ともいえません。
それより何より最も重要なことは、冒頭に記した通り、今後、違法薬物を一切摂取しないことです。