精神科Q&A
【1500】手術後に妄想が出てきた母
Q: 77歳の母のことです。私は40代の息子です。母は10日前に甲状腺腫瘍の摘出手術を受けました。母にとっては生まれて初めての手術でありしかも悪性腫瘍の疑いという事で術前はかなりの不安がありました。手術直後に面会し会話した際は特におかしな点は無かったと思いますが、手術の翌日、病院から私に連絡がありました。その内容は「無意識のうちに点滴針を抜いてしまので今の病室からナースステーション近くの病室に移動させたい。母の状態は専門用語で術後せん妄(看護師は術後せん妄と私に言ったと思いますが記憶が定かではありません)というもので高齢者にはよくある事。そんなに心配はありません。」というものでした。その日に面会し母と会話したとき「今日は何曜日?何日?」という母からの問いかけがありましたが、特に異常とは思いませんでした。その後、私は出張に出ていたため、以下は母と同居している私の兄から確認した内容です。兄は手術の翌々日に面会した際に「ちょっとおかしいのでは」と感じたそうです。具体的な事は判りません。
明らかに母の異常に気づいたのは手術の4日後、退院し自宅に戻ったときです。自宅に入るなり「盗聴器が仕掛けられている」と話しはじめ、「周りから監視されている」「息子が犯罪に巻き込まれている」「晒され物になっている」既に切れている電話が「切れない」と叫ぶ、「入院中に誰かが、この婆さん狸寝入りしやがって」と言われた等、異常な言動を繰り返しました。特にそのあと2日間はひどく、先の異常な言動とともに、母が寝ている一階の寝室から兄が寝ている3階まで10回近くも上り下りを繰り返しました。
手術を受けた病院に兄が問い合わせましたが、「手術は無事に成功しており、異常言動とは関係ない。最寄の病院に言って欲しい」と言う返事でした。そこで最寄の心療内科を訪ねましたが、医師は母への質問と私からの状況説明を聞いただけで、医師からは精神安定剤(ロナセン4mg)を2週間分、そして2週間後の再診を告げられただけでした。私が「術後せん妄ではないでしょうか?」と尋ねましたが、首をかしげ唸るだけではっきりした説明は一切有りませんでした。
その翌日、術後の経過観察のため、手術した病院に行き、腫瘍は悪性の疑いは少ないと聞きほっとするも異常言動に関しては「せん妄だけでなく認知症もあるのでは、最寄の精神科に行きなさい」というコメントのみでした。母は糖尿病患者であり、自身でインシュリンを注射しています。今のところ自身で血糖値を調べ、注射をしています。数年前から物忘れが多くありましたが異常な言動などありませんでした。確かに軽度の認知症があったのかもしれません。しかし、手術前は血糖値や血圧を毎日手帳に記載して管理し、自身で漬物をつくり自炊していましたが、今は記載も出来ず、自身で食事の準備も出来ません。異常言動の後は半分目を閉じてぼうっとしています。
私は別の病院へ母を連れて行きたいと思います。しかし、先の病院と同じように詳しい説明もしないで薬だけももらう事になるのでしょうか。軽度の認知症が急激に悪化してしまったのでしょうか。母にまた笑顔が戻るのでしょうか。不安で眠れない日々が続いています。母は術後せん妄なのでしょうか、それとも急激な認知症の悪化なのでしょうか。ご教示を宜しくお願い致します。追伸母は以前より睡眠剤としてマイスリーを飲んでいました。頻度は判りません。今、飲んでいるかは確認出来ません。
林:手術が無事に終わり、ほっとした矢先の精神症状。ご心配をお察しします。今のお母様の状態の診断は、なかなか難しいと思います。
母は術後せん妄なのでしょうか、それとも急激な認知症の悪化なのでしょうか。
どちらも考えられます。そして、これは短時間で診断できるものではありません。慎重に時間をかけて診なければ、わからないと思います。場合によっては入院も必要かもしれません。(但し、入院により悪化する可能性もありますので、入院すべきかどうかは難しいところですが)
これまでの経過を見直してみましょう。
手術の翌日、病院から私に連絡がありました。その内容は「無意識のうちに点滴針を抜いてしまので今の病室からナースセンター近くの病室に移動させたい。母の状態は専門用語で術後せん妄
この時点では、術後せん妄と診断するのが妥当です。術後せん妄は【1218】などで解説した通り、通常は自然に回復しますので、経過観察だけで十分なことが常です。
また、術後せん妄は、病院という慣れない環境から、退院して家に帰った時点で、それまでの症状が嘘のように急激によくなることもしばしばあります。
ところがこの【1500】では、
明らかに母の異常に気づいたのは手術の4日後、退院し自宅に戻ったときです。自宅に入るなり「盗聴器が仕掛けられている」と話はじめ、「周りから監視されている」「息子が犯罪に巻き込まれている」「晒され物になっている」既に切れている電話が「切れない」と叫ぶ、「入院中に誰かが、この婆さん狸寝入りしやがって」と言われた等、異常な言動を繰り返しました。特にそのあと2日間はひどく、先の異常な言動とともに、母が寝ている一階の寝室から兄が寝ている3階まで10回近くも上り下りを繰り返しました。
というように、むしろ悪化しています。
そして、この症状は、せん妄よりむしろ統合失調症の色彩があるものです。
とは言うものの、術後に発症したことと、お母様の年齢からみて、やはりせん妄の可能性の方が高いと言えるでしょう。
その意味で、
手術を受けた病院に兄が問い合わせましたが、「手術は無事に成功しており、異常言動とは関係ない。最寄の病院に言って欲しい」と言う返事でした。
手術を受けた病院のこの返事はどうかと思われる点もありますが、残念ながら、手術そのものが成功すれば、その後の細かい精神症状などにはあまり対処していただけない病院も数あることは事実です。高齢者の手術後にはせん妄の発生率が高いのは常識ですから、本来なら手術をする病院で精神科医がフォローアップするのが理想ですが、なかなか現実はそうはいきません。ですから、
最寄の病院に言って欲しい
という返事は、やむを得ないと言えるでしょう。
そして受診した病院での、
医師からは精神安定剤(ロナセン4mg)を2週間分、そして2週間後の再診を告げられただけでした。
という対応は、とりあえずの処置としては不適切とはいえません。
その後もあまり改善は認められていないようですが、
数年前から物忘れが多くありましたが異常な言動などありませんでした。確かに軽度の認知症があったのかもしれません。
という事実があったとすると、手術をきっかけに認知症が急激に悪化したということも考えられなくはありません。
しかし、より可能性が高いのは、軽度の認知症(または、認知症とまではいえない程度の脳機能の低下)がベースとしてあり、そこに手術というストレスが加わったために、せん妄が通常より激しい形で出たというストーリーです。おそらく最も考えられるのはこれでしょう。確定診断のためには、脳の検査と、それから時間も必要です。ある程度経過をみないと何ともいえないでしょう。
私は別の病院へ母を連れて行きたいと思います。
検査や入院も可能な、十分な医療技術を持った病院で診ていただくことをお勧めします(糖尿病と精神症状の関連も否定できません)。
母にまた笑顔が戻るのでしょうか。不安で眠れない日々が続いています。
ご心配は理解できますが、ご家族の過剰な不安はご本人に良い影響をおよぼすことはありません。今の状態は診断が容易でなく、時間がかかるという事実を受け入れ、落ち着いて対処することが必要です。