精神科Q&A

【1471】統合失調症に「加害妄想」や「させる体験」といった症状はありますか


Q:  20代女性、統合失調症で月1回の通院治療を続けている者です。 統合失調症の症状について質問があるのですが、「被害妄想」や「させられ体験」は自分でも経験し、こちらでもよく書かれていますが、「加害妄想」や「させる体験」とでもいうような症状はないのでしょうか。 私は、悲しい事件や自然災害を見ると、自分が強く念じたり考えたりしたせいだ、というふうに考えてしまいます。 また、体感幻覚で、エネルギーの塊のようなものが体の回りで動いているのですが、たまにそれをバタバタと苦しんで暴れている手のように感じたりして、今まさに誰かに害を加えているのではないかと思ってしまいます。 そういった「加害者である妄想」については、患者仲間からも聞いたことがなかったので不安です。症状としては存在するのでしょうか。 


林: これは統合失調症によくある妄想です。影響妄想と呼ばれることもあります。精神科Q&Aでの例としては、【0814】まわりの様子がおかしくなり、奇妙なことが続けて起こる の中にあります。以下の通りです:

最近では私の近くに座った人が苦しい、窒息する、酸素が足らない、息ができない、等といっている気がします。なぜ息ができないのでしょうか。また、ドラゴンボールのことを考えながら歩いていると、近くにいた数人の女子がなぜかちょうどドラゴンボールの話をしていてとても恐ろしくなりました。

自動車教習所でパソコンのテストを受けているときにも画面の文字に集中しようとするのですが、意識が分裂する感じで画面の文章はなかなか理解できません。意識が文字に集中せず外部の情報を常に受けている感じです。おそらくこのような状態のときに近くの人が息苦しくなったりするのではないでしょうか。


また、【1472】私が原因で周りの人に色々な症状が起こる も、まさにこの影響妄想です。さらに、【0863】偶然の一致にすべて意味があると強く言い張る にもこれに近い体験が記されていますのでご参照ください。

この【1471】の方の質問文にあるように、これは「させる体験」「加害妄想」と言うこともでき(そのような呼び名はありませんが、意味としてはそう呼ぶことが出来るということです)、「させられ体験」や「被害妄想」とは、一見すると正反対のように感じられます。
こうした統合失調症の症状の細かい分析は、最近はあまりされることは少ないのですが、古い本にはよく出ています。たとえば 安永浩著 『分裂病の症状論』金剛出版 1987年 には、以下のように記されています:

・・・関係妄想は、主体にとって受け身に与えられる、圧倒され、影響されるという性格を前景に立てていた。つまり「見られる」、「噂される」、「策謀される」、「迫害される」のであった。これらを被影響の方向というとすれば奇妙にも、ちょうど逆の方向を主景に立てた妄想構造もまた存在する。
「友達の中にいると空気が変わるので、彼らは盛んに唾を飲み込んだり吐きだしたりする。無意識のうちに私がそうさせているのだ。」「私の眼はときどきすごい光を帯びるようになる。すると前にいる人の眼もまた鋭くなり光を帯びることがはっきり認められる。私の眼が彼の眼を鋭くしたのだ。私は耐えがたくなって顔をおおいかくす。」
 こうした形のものは文字どおりの意味で”影響妄想”(自分が他人に影響を与える)とよぶことができる。


この【1471】や【1472】【0814】などに記されている体験は、まさにこの影響妄想であると言えます。

そして、この影響妄想は、逆の方向の妄想である被害妄想やさせられ体験などの症状がある同じ人に現われることもよくあります。
なぜ、このように正反対の方向の妄想が統合失調症という病気に、さらには同じ一人の人に現われるのか。それは統合失調症の症状の本質にかかわる問題です。

「他から自分に影響される」「自分が他に影響している」、この一見正反対の症状に共通するのは、「行為や思考を誰がしているか」が混乱しているということです。たとえばさせられ体験は、「自分がしている行為」であるのにもかかわらず、「他人にさせられている」と感じるものです。被害妄想は、「自分が心配している」だけであるのにもかかわらず、「他人が危害を加えている」と感じるものです。逆に影響妄想では、「他人が自分の意志で行なっている」のにもかかわらず、「自分が他人にさせている」と感じるものです。このように、「行為や思考を誰がしているか」、これを専門用語ではAgency(意志作用感と訳されることもあります)、自律性の意識などといいますが、これが障害されているのが、統合失調症の自我障害の本質ないしは本質に近い症状であるというのが、一つの有力な考え方です。
 このメカニズムにより、統合失調症の症状のかなりの部分が説明できます。たとえば、統合失調症で最も目立つ症状の一つである幻聴は、「本当は自分の思考である」にもかかわらず、そこから自己のものであるという感覚が失われ(自律性の意識が失われ ということも出来ます)、外界からの、他人からの、声として体験されるものであると考えることが出来ます。

なお、自己臭症は、しばしば統合失調症の初発症状の形で現われますが、これも「自分が他人に影響を与える」という意味では、上記の自我障害と共通点があり、したがって、統合失調症の他の症状に本質的にはかなり近いものであると言うことが出来ます(自我の境界が崩れている という言い方も出来ます)。この点については、統合失調症 患者・家族を支えた実例集 のp.158〜 に解説しました。


精神科Q&Aに戻る

ホームページに戻る