精神科Q&A
【1280】アルコール依存症で被害妄想もある兄に、3週間で退院許可が出たのですが
Q:
兄(40代前半)のことで相談したくメール致しました。
先日兄はアルコール依存症と診断され現在は入院中です。(16日目)
兄の様子がおかしいと家族が思い始めたのは、約10年前です。
その頃兄は離婚し当時3歳の娘を引き取っています。
しかし兄の金銭面的理由(借金があり子供も養えない。離婚原因でもある。)や仕事の都合上で子供は実家の父と母が育てていました。(兄から両親に頼んでいる)
預けてしばらくは週1ペースで会いに来ていましたが、兄は実家と同じ市内に住んでいても子供に会いに来るペースは段々減り、幼稚園の行事や学校行事があっても何らかの理由を付けては来ることを拒んでいました。
母の話だと小さい頃から人見知りで物静かなタイプだったようなので(社会人になってからも)保護者や保育士さんとのやりとりが嫌だったのかもしれません。
家族からの電話も自分の気分次第で出るという感じなので、伝えてないことがあると後から怒り、電話したと言っても兄は電話は鳴っていなかったと言い張るので兄の家のポストに置き手紙をしたりしていました。
その頃から兄は母に対して暴言を吐いたり、酷い時は刃物を向けて脅し、家中を追いかけ回したりしていたようです。
母は兄が中学生の時に離婚していて、兄が19歳の時に再婚したのですが、兄は再婚したことが気に入らず、入院する前までその事を恨んでいました。
再婚相手の父が昨年ガンで他界してからも母に対する暴言は増え、母も精神的苦痛に耐えきれなくなっていました。
話は前後しますが、刃物で母を脅し始めた頃から
@仕事中に誰かに刺されそうになった(この頃から兄は常に刃物を携帯していた)
A自分の恋愛を家族が邪魔した
B新しい職を探して面接に行っているが家族が自分の悪口を先回りして会社に言っているから受からない
C家族が子供に自分の悪口を言っているから自分になつかない
D自分が留守の時に誰かが家に侵入して物を盗んだ(それ以来玄関には空き缶がばらまいてあり兄は「誰か来てもわかるように」と言っていた)
E家族全員が自分を仲間外れにしている
と、言うようになり私やもう一人の兄(入院中の兄からすると弟にあたります。うちは3人兄妹です)の携帯に興奮して電話してきたり、直接家に怒鳴りに来ていました。
全く身に覚えのないことなので「やってない」としか答えられずにいると刃物を持ち「目を潰す」、「騙しても無駄」などと言って話になりませんでした。
兄が興奮している時はたいていお酒の臭いがしていたのですが(飲んでいない時も興奮するが飲んでいる時に比べると大暴れはしない)、その時はアルコール依存症という病名も知らず家族は「精神的な病気なのでは?」と疑い始め一度だけ父が「病院に行って診てもらった方がいい」と兄に勧めると、もの凄く興奮しそれ以来「家族が役所にまで自分の悪口を言っているから恥ずかしい思いをした」などと病院を勧めた話と父をいつまでも恨むようになりました。(役所にその時は相談していません)
家族はそれ以降病院の話が兄に出来ず、兄の異常な行動に目を伏せて過ごしていました。
上記@〜Eに合わせて
F実家が留守の時に鍵を壊して侵入しようとした
G車でもう一人の兄をひこうとした
H兄、父、知人の車を深夜に傷つけたりパンクさせたりした
I子供を自分から奪ったと言い出す
J夜中に誰かが部屋のドアを叩くと言う
K何度か車にひかれそうになったが自分は危機一髪で必ず助かるから自分には何かがついていると言う
L自分の仕事を家族が馬鹿にしていると言う
M自分がヤクザに狙われていると言いだしヤクザに関するニュースをくいいるように見ている
という行動や発言を繰り返していました。
父が他界してから母一人では金銭面的に孫を育てるのが無理だったことと、兄は20代前半から友達が誰もいず、唯一傍にいてくれた奥さんと離婚してしまい、孤独で寂しくてこのような行動を取るようになったのではないかと考え、今年3月から兄を含め家族全員で暮らし始めました。
住みはじめてから@AFGHの行動は無くなりましたがそれ以外は症状は続き、相変わらず父の事を恨み、それを理由にしては家族に当たり散らしていました。(週1ペース)
父を恨む以外のことでも「部屋に誰かが入っていたずらした」「自分の大事にしている植物に毒を入れた」などと被害妄想なことを言っては家族共有の家具を壊していました。
その後、我慢出来なくなってしまったもう一人の兄が兄を殴ってしまい、それからは何かあるたびに刃物を持ったり、家具などを壊して警察の方に何度もお世話になっていました。
警察の方の説得により一度だけ現在入院中の病院に受診し、医師から「入院した方が良い」と言われたが「仕事がクビになる」と兄が主張し、処方された薬は飲み、絶対お酒は飲まないという約束でこの時は通院という形で自宅に戻ってきました。
しかし薬は一度だけ飲んだが気持ち悪くなった(嘘)から飲みたくないと言い(後から一つも減っていない薬がみつかった)お酒も一切辞める気がない(部屋に隠して飲み、仏壇に供えてあるお酒まで内緒で飲む) こともわかり、兄に病院に行くよう何度も説得するがまともな会話にならず、殴られたことに対し「慰謝料を払え」や「病院に入れたりしたら脱走して家族皆殺す」と脅してきました。
日に日に兄の部屋の鍵が厳重になり仕事から帰ると部屋にこもって鍵をかけてお酒を飲み、深夜になると自分の部屋から出てきて「殺してやる」とブツブツ言いながら用事もないのに1階と2階を行ったり来たりしていました。
家族は自分の部屋で寝ることが怖くなり、玄関から一番近い部屋にまとまり夜中は必ず誰かが起きているという生活で心身共に疲れきっていた中で、兄がペットを殺す目的でガスバーナーを持ち出しました。
幸いペットも私達と同じ部屋にいたため助かりましたが、家族だけでは病院に連れて行くことさえも出来ずこのままでは本当に何かしらの犯罪が起きてしまうと思い、民間の患者移送業者の力をお借りして入院させました。
素直に医師に従うわけでもなく注射を打たれ抵抗出来なくなってから病室に運ばれ、入院3日目まで家族と先生に対して文句を言っていたそうです。(主治医の先生からお聞きしたことです)
入院一週間後に先生から「本人が面会を望んでいる」という連絡があり会いに行きました。
兄は「反省しているから早く退院させて欲しい」と言っていて、薬の効果で兄とは思えないほどの柔らかな口調でした。目付きも以前より鋭くなくなっていました。
その後先生から「今のところ禁断症状もなく落ち着いています。お酒を抜き薬を飲むことで被害妄想などの症状はなくなるのであと2週間様子をみましょう」と言われました。
面会した日から兄は保護室を出て大部屋に移動したようで、入院時に家族が用意しておくように言われたテレホンカードを自由に使えるようになっていて、それ以来自宅に毎日3回「退院させて欲しい」と細々とした声で電話があります。
家族が「まだ治療中だからもう少し入院した方がいいよ」と説得し続けると「わかった」と渋々電話を切るのですが、兄は納得出来ないのか数時間後に全く同じ内容で電話をしてきます。
口調は前より柔らかくなっているものの電話の回数や何度となく同じ内容を言ってくることから兄の内面的な部分が治療されているのかが気になり面会を兼ねて主治医の先生に相談したところ、「家族にも今は退院すべきか考える時間をあげないと逆効果になる」と兄におしゃってくださったようで一日だけ電話のない日がありました。
その日に先生から「治療すべきことは終わり病院側としてはいつでも退院許可が出せます。本人も退院したいと強く希望されてますので今がストレスになっているようです。あとは家族が受け入れられる気持ちになったら教えて下さい」と言われました。
主治医の先生にアルコール依存症以外の病気はないのですか?と訪ねたところ、病名は特別口にせず、被害妄想癖はアルコールが原因と言っていました。しかし林先生のサイトを拝見させて頂いていると統合失調症の症状もあるのではないかと私は思っています。
兄の子供(現在中学生)は、実の父親と暮らしはじめてからストレスや将来的な不安などで夜中にしくしくと一人で泣いていたり、兄の夢(刃物で脅している夢)をみるとなかなか眠れなくなってしまったりいつも父親に怯えているといった症状がありました。
現在は兄が入院している為、リラックスしている様子で夜中に泣いていたりすることはありませんが一緒に暮らすことも面会することも嫌がっています。
また母も「一緒に暮らすことが怖い」と言い、家事も前に比べると適当になりぐったりと考えこんでしまっている状態です。
もちろん私やもう一人の兄も一緒に暮らすことの不安は正直あります。しかし今一番辛いのは兄ということも理解しています。
長くなって申し訳ありませんが、アルコール依存症という病気を治療すれば他の病気も治療されるものですか?
主治医の先生はアルコールが原因であってアルコールさえ断ち、薬を飲み続ければ被害妄想の症状はなくなると言っていましたが、入院2週間で薬を飲む習慣が身につくのでしょうか?
退院してからは家族全員が一緒に努力して行くことはわかっていますが薬を飲むことを嫌がった場合無理矢理は逆効果になりませんか?
主治医の先生は「そうなった場合はまた考えましょう」と言っていますが、家族にとってはその時に考えるのでは遅いのではないかと思ってしまうのです。
兄の子供のことを考えると再び一緒に暮らすことで子供自身が参ってしまうのではないかと不安にもなっています。
その反面、面会に行く度に弱々しく前屈みになって膝に力が入っていない歩き方の兄の姿をみると入院させていることが逆効果なのかもしれないという気持ちもあります。
入院前はキョロキョロして他の人を伺いながら行動していたが歩き方は普通でした。
アルコールはどこでも手に入れることが出来る為にアルコール依存症は難しい病気と耳にしますが、兄の入院前の症状からすると再発などの可能性はありますか?
病気かもしれないと家族が気付いてから10年経ち最近になってようやく家族が動き出したことは本人の為にも家族の為にも遅すぎたと後悔しています。一緒に暮らしたことも子供にとって逆効果だったのではないか、など家族がしてきたこと全てに後悔を感じ、今回退院の件でどうするべきなのかとても悩んでいます。
最後に兄が入院前まで断てなかったお酒ですが、焼酎を割らずにサワーグラス3、4杯飲んだ後寝て、夜中トイレに起きると眠くなるまで飲むという状態でお酒を飲まないと眠れなかったようでした。仕事が休みの日には朝から飲んでいたのでかなりの量を飲んでいたと思います。一人で住んでいた頃の量はわかりませんが、兄は17歳頃〜35歳頃までに渡ってシンナーを吸っていました。シンナーをやめてからどっぷりお酒に漬かったようでした。
随分長くなった上にまとまりのない文になってしまい申し訳ありませんが先生のご意見聞かせて頂きたくメールしました。宜しくお願い致します。
林: まず、お兄様の診断名がアルコール依存症であることは間違いないでしょう。つまり、アルコールをやめていただく以外に回復方法はない(そして、「アルコールをやめる」という単純なことが、決して容易ではない)ということです。
そしてこの【1280】の診断上の問題は、被害妄想の原因が何かということです。これだけはっきりした被害妄想があると、単なる疑い深さとか勘ぐりのレベルを超えていますので、何らかの病気によると判断できます。
アルコールによる可能性が第一にあげられるでしょう。
けれども、
統合失調症の症状もあるのではないかと私は思っています。
というあなたのお考えの通りで、統合失調症にも罹患している可能性もあります。
さらには、長年常用されていたシンナーの後遺症ということも否定できません。シンナーを常用すると、やめてから十年以上たっても、幻覚や妄想がなくならない、あるいは再発するというデータがあります。
これらは直接診察すれば区別できることもありますが、どちらとも区別し難いこともあります。ましてやメールの記載だけからは鑑別は困難です。診断のためには、
アルコールを長期間やめ、かつ、
現在飲んでいる薬もやめた時点で、被害妄想が出てくるかどうかを見る以外にありません。それでも被害妄想が出てくれば、統合失調症(あるいは妄想性障害)、またはシンナー後遺症と診断することになるでしょう。(しかし厳密にはそれでもアルコールの後遺症であるという可能性も必ずしも否定できないのですが)
しかしこの【1280】では、診断が厳密に何であるかということよりも、現時点での問題のほうがはるかに大きいことは明らかです。
ご家族が大変な苦労をされ、ようやく入院にこぎつけた。そしてアルコールを切り、薬を定期的にお飲みになっている。その結果、精神的には安定し、被害妄想もなくなったようにみえる。
ここまでは入院後まもなくとしては順当な経過です。
むしろ本当の治療はここからといえるでしょう。その意味で、入院1週間の時点で、
治療すべきことは終わり病院側としてはいつでも退院許可が出せます。
と先生がおっしゃったということは、この病院ではアルコール依存症の治療は出来ないということに等しいです。
本人も退院したいと強く希望されてますので今がストレスになっているようです。
主治医の先生のこの説明は、それ自体はもっともですが、ではそのストレスを退院によって解消することが長い目で見て治療につながるかというと、決してそのようなことはありません。このまま退院すれば、入院したものの何の治療もしなかったということと大差ないでしょう。
アルコール依存症という病気を治療すれば他の病気も治療されるものですか?
そんなはずはないことは明らかです。
主治医の先生はアルコールが原因であってアルコールさえ断ち、薬を飲み続ければ被害妄想の症状はなくなると言っていましたが、入院2週間で薬を飲む習慣が身につくのでしょうか?
身につくはずがありません。
退院してからは家族全員が一緒に努力して行くことはわかっていますが薬を飲むことを嫌がった場合無理矢理は逆効果になりませんか?
逆効果になると思います。しかし、逆効果ということによるマイナスと、薬を飲まないことによるマイナスを比べると、このケースでは薬を飲まないことによるマイナスのほうが大きいでしょう。
主治医の先生は「そうなった場合はまた考えましょう」と言っていますが、家族にとってはその時に考えるのでは遅いのではないかと思ってしまうのです。
私も遅いと思います。主治医の先生に何か画期的な対応法があれば別ですが。普通はそういう魔法のような対応法はありません。
兄の子供のことを考えると再び一緒に暮らすことで子供自身が参ってしまうのではないかと不安にもなっています。
参ってしまうと思います。
その反面、面会に行く度に弱々しく前屈みになって膝に力が入っていない歩き方の兄の姿をみると入院させていることが逆効果なのかもしれないという気持ちもあります。
逆効果の面ももちろんあるでしょう。しかし先ほどの薬についての回答と同じで、では入院しないことによるマイナスよりも、入院によるマイナスのほうが大きいとあなたはお考えでしょうか。
何もかもうまくいくという方法はありません。
アルコールはどこでも手に入れることが出来る為にアルコール依存症は難しい病気と耳にしますが、兄の入院前の症状からすると再発などの可能性はありますか?
100%再発すると思います。
病気かもしれないと家族が気付いてから10年経ち最近になってようやく家族が動き出したことは本人の為にも家族の為にも遅すぎたと後悔しています。
その通りです。
ですが、後悔するよりもこれからのことを考え、そして行動しなければなりません。
一緒に暮らしたことも子供にとって逆効果だったのではないか、など家族がしてきたこと全てに後悔を感じ、今回退院の件でどうするべきなのかとても悩んでいます。
このまま退院すれば元の木阿弥です。あるいは、むしろ事態は悪化するかもしれません。
今の病院ではアルコール依存症の治療が出来ないとすれば、他の病院に転院する以外にないでしょう。但し、アルコール依存症は専門病棟で治療しても、断酒率は約30%ですから、転院すれば万事解決するという期待も非現実的です。
つまり、ここまで来ると「こうすればすべてうまくいく」という方法はないと認識すべきです。あなたはメールの中に「逆効果」という言葉をよく使っておられますが、いかなる対処法も、部分的には逆効果になるでしょう。それをすべて気にしていては、何もすることは出来ません。「逆効果ではないか」と考えることで、リスクある行動をとらないことの言い訳にしていないかどうか、振り返ってみてください。ある程度のマイナスは受け入れる覚悟が必要です。
以上を前提として、ご家族全員で今後のことをお考えください。ご本人が入院中である今、考えるべきです。問題を先のばしにすれば、事態はさらに悪化します。