精神科Q&A

 【1162】兄から受けた虐待の辛さと憎しみが忘れられません


Q: 20代女、既婚です。
子供の頃、兄からうけた性的な虐待の、当時の辛さと憎しみが忘れられません。

性的なことだけではなく、蹴られたり殴られたりの暴力や言葉でのいじめ(怒鳴り声や悪口)も受けてきました。
性的な虐待は私が小学生、兄が中学生の時の事です。何度かありました。小学生の頃は泣きながらいやだと思っていてもトラウマというほどよくはわかっていなかったのですが、中学生になり、高校生になり自分がされた事を理解できるようになるにつけて激しい怒りの感情と嫌悪感が湧き上がることがありました。
兄が触れたものには間接的にでも手を触れられなくなり、触れてしまった後は必ず手を洗いました。自分が全く価値のない人間に感じたこともありました。
兄に殴られたり怒鳴られたりするのがいやで休みの日は布団から中々出られなかったり逆に一日中外に逃げていたりしました。
両親はパチンコによく行っていましたので、暴力などはほぼ必ず両親がいない時でした。当時、両親がどこまで気が付いていたのかはわかりません。何度か性的なこと以外は母に、「おにいちゃんがすぐ殴る」「だから2人きりにしないで、家に居て」というようなことは告げたのですが相手にしてもらえませんでした。

あの時の状況を今思い出すと、私を人身御供にして家庭の平和を成り立たせていたような気がします。兄は私にストレスをぶつけ捌け口にしていましたし、両親は自分達の前では優等生で調子の良い兄の機嫌を損ねてまで私を守る必要を感じなかったのでしょう。逆に兄から逃れて夜早く布団に入り、朝はいつまでも起きてこない、そして両親がパチンコに行こうとするのを引き止める私を邪魔にして厳しくあたり除け者にした事もありました。
私の言ったことよりも兄の言葉を信じ、私だけが叱られたりした事もありました。誰にも相談できず、友達の間でも普通に振舞っていました。

昔、私が大学生になり家を離れちょっと落ち着いてきた頃に一度帰省し、家族で出掛けた事があるのですがそのときに冗談っぽく昔は兄貴にいじめられたと言うような事を言ったのですが、その時も機嫌のよかったはずの母が突然キレて酷い言葉を投げつけられたのでもう両親には話さないようにしようと決めました。

と、ここまでが過去の話です。書き出すと当時の記憶が噴出し始めて止まらなくなりそうで怖いので、あまり詳しくは書けませんでしたが。

現在。兄は結婚して子供もいます。現在の兄に対しては私は怒っていません。好きではありませんが。明るくてのんきな兄です。おそらく、いま兄の昔の暴力の事を他人に話しても信用してもらえないだろうと言う位、私に対しても人当たりの良い人です。
また、両親の事も色々かきましたが、母とはよく一緒に出掛けて仲良しですし、父は口煩い所もありますが最近気弱になり心配で、やっぱり大切な人だと思っています。親孝行したいなとも思っています。
家族は大事なんです。兄ともお互いに普通に話してます。
私もとても優しい人と結婚しました。兄の暴力の事は話していますが、性的なことは怖くて話せません。

数年前まではしばしば、いまだに時々、一人で車に乗っている時や布団の中にいる時などに、当時の感情があふれて来る時があります。私が昔の事をいつまでもしつこすぎるのでしょうか?
ほとんどの場合その感情は怒りと涙です。子供の頃、誰も家にいないときにひとりで布団を丸めて殴りつける位しか怒りの発散場が無かったので、多分その時に溜め込んでしまった怒りが悪いのだと思うのですが。怒りに入っている時の自分はかなり怖い事も考えます。兄の娘が大きくなったら同じことをやり返してやっても許されるんじゃないかとか。
ただ、考えるだけで消耗するので無理やりテレビをつけたり音楽を聴いたりして気をそらせています。泣いたら止まらなくなりそうで怖いのです。

正直、完璧に忘れて、何もなかった事にしてもう一度家族との関係をやり直せたらこんなに幸せなことは無いだろうと思うのです。救いは、昔に比べて感情があふれる頻度がへってきていることです。このままごまかしごまかし時間が過ぎればいつか平気になるのでしょうか?それとも落ち着くような薬を定期的に飲んだ方が話は早いのでしょうか?
怖いのは、このままごまかして時が過ぎいつか大爆発を起こしたり、また、自分の心に余裕がなくなったとき(例えば離婚したりとか)にその怒りが兄家族に向いてしまうのではないかということです。
どうすれば楽になるでしょうか。教えていただけると嬉しいです。


林: あなたが小学生で、お兄様が中学生。この時期に、あなたひとりで虐待から身を守ることができるはずもなく、ご両親がとりあってくださらなかったこととあわせ、あなたが強い憤りを今でも感じておられることはよく理解できます。

私が昔の事をいつまでもしつこすぎるのでしょうか?

そんなことはないでしょう。現在のあなたの感情は自然だと思います。そして、現にいまあなたが苦しんでおられる以上、何らかの対処が必要でしょう。けれども、

正直、完璧に忘れて、何もなかった事にしてもう一度家族との関係をやり直せたらこんなに幸せなことは無いだろうと思うのです。

忘れたからといって、必ずしも解決にならないのは、【1160】などの例に見られる通りです。

救いは、昔に比べて感情があふれる頻度がへってきていることです。

この経過からしますと、虐待の問題にはあえて触れず、このまま現在の生活を続けていくというのも、理にかなった対処といえるでしょう。つまり、

このままごまかしごまかし時間が過ぎればいつか平気になるのでしょうか?

それを期待するということです。ただし、

怖いのは、このままごまかして時が過ぎいつか大爆発を起こしたり、また、自分の心に余裕がなくなったとき(例えば離婚したりとか)にその怒りが兄家族に向いてしまうのではないかということです。

そういう危惧がないとも言い切れません。そうしますと、

それとも落ち着くような薬を定期的に飲んだ方が話は早いのでしょうか?

あなたのお考えのように、薬を使うという対処法も考えられます。

「いえるでしょう」「考えられます」など、どっちつかずの回答ばかりで申し訳ありません。けれども、それが現実だということです。今は特に何もしないという方法も、薬で積極的に症状を取り除くという方法も、どちらもそれなりに理にかなっており、どちらがいいと断言することは出来ません。自覚症状の強さによって決めていくというのが現実的だと思います。ただひとついえることは、薬によってある程度は今の気持ちを落ち着けることは出来るのは確かだということです。それでは根本的な解決にならないと思われるかもしれませんが、あなたのケースでは、問題の本質をあなた自身が十分に洞察されていますので、それはそれとして認識したうえで、さしあたっての症状を軽くするためと理解し、薬を飲むことは、十分に合理的な治療といえます。

 幼少時の虐待の影響は根深いもので、その程度も様々です。
 他のケースに比べて程度が軽い、と指摘されることが、あなたにとってプラスになるか、あるいは逆にかえって憤りを強めることになるか、それはわかりませんが、ここに事実としてひとつお伝えしたいと思います。
 それは、【1160】のように、虐待の記憶そのものが曖昧、あるいは失われているほうが、この【1162】のような「虐待の辛さ、憎しみが忘れられない」というケースよりも実は重篤だと考えられるということです。「重篤」というのは、「病理が深い」とも、「人格の深層が影響を受けている」と言うこともできます。
 このような指摘は、【1162】の質問者の方にとっては、あるいは怒りを誘発させてしまうことになるかもしれません。自分の受けた虐待とその影響が、軽いとはどういうことか。自分の苦しみがわかっていないのではないか。そういった怒りです。
 けれどもここはあえて申し上げます。それは、前向きの改善につながるからです。つまり、ご自分の受けた虐待という問題を認識できている【1162】は、その問題に対して、具体的な対処を検討できるラインに立っているということです。一方、【1160】のようなケースでは、まだそのラインにたどり着いていないといえます。そして、そのラインにたどり着くことが、はたしていいことかどうかも霧の中にあります。
 ですから、このまま時がたつのを待つ、あるいは薬を飲むといった対処法を、そのプラスマイナスを考慮し、選択することができる【1162】は、症状改善の希望が相対的に十分大きいと言えます。虐待の傷を消すことはできませんが、ぜひ前向きに対処していかれるよう、【1162】の質問者にはお伝えしたいと思います。


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