精神科Q&A

 【1153】脳炎の精神症状と修正電気けいれん療法


Q髄膜炎・脳炎について検索をしていて、ホームページを拝見させていただきました。

私の母(45歳)が、2ヶ月前から右側の頭部にビリビリと電気の走るような痛みがあり、病院へ行っても原因不明のままで、3週間後に頭部に発疹が出て、アシクロビル錠を処方してもらいました。
しかしその5日後から38℃の高熱を毎日出し、さらに1週間後には様子がおかしくなった(下記参照)ので脳神経外科へかかったところ髄膜炎の疑いと言われました。
この時、精神症状も見られたため側頭葉へのウィルスの進入が疑われ、即日〜2週間、アシクロビルの静注を開始し、MRI、CT、脳波、髄液検査、血液検査を行いました。

髄液検査の結果は入院当初、細胞数165と髄膜炎としては数値は低く、その他の検査でも脳が破壊された所見はありませんでした。数日前の髄液検査の結果では細胞数が正常値に戻っています。

ここ1週間38度の熱が出ているので血液・尿検査をしたところ、尿中に白血球が多量に出ていることが分かり、導尿による細菌感染が原因と考えらえれ、抗生物質の点滴を朝晩2回開始しています。

問題は精神症状なのですが、入院当初から波がくるようにコロコロ変わります。

まず最初の異変(上記「さらに1週間後には様子がおかしくなった」時です)は
「大変!大変!何にも分からなくなっちゃった、考えられなくなっちゃった」と朝方5時に起こされました。
言っている意味がよく分からなかったのですが
「ほら今黒い虫がイッパイ入るでしょ?」
と続き、焦った私は救急車で地元の日赤病院へ搬送してもらいました。
そこでは「精神科の外来がもうすぐ始まるのでそれまで待ってそちらにかかって下さい」
とだけ言われたため、意図に沿わないと感じすぐ帰って来ました。

翌日と翌々日は朝から夜眠るまで全く普通だったので、何かの思い違いかと思っていた矢先、その次の日に再び「分かんなくなっちゃった」が始まり、あわてて病院へ連れて行きました。

入院当初は 
・ボーっとして何を言っても聞こえていない(目の焦点が合わない)
・不穏行動(病衣を脱ごうとしたりなど)
・4歳か5歳くらいの子供のようなしゃべり方。何を聞いても「分かんない」「知らない」の連発
・時々、普通の母に戻る (入院前の事や救急車に乗った事などを答えられる、いつも通りの母です)

入院1週間が経過した時点では
・普段の口調で妄想 (「今ここにお爺ちゃんが居たのに助けられなかった」 「私の右腕の中に大切な人がいるの、針で出さなきゃ」 「私は監視されている」など)

最近の精神症状
・興奮・妄想(比較的現実味のある妄想です。登場人物が知人であったり、一人で勝手に笑い始めたり、誰も居ないのに会話していたり様々です。)

本日主治医から説明があり、現段階でMRI、CT、脳波、髄液検査共に異常が無いため、まずは抗生物質で熱を下げて、今後の方針をある程度決めなくてはならない、と言われ、修正電気けいれん療法を薦められました。

まだ正式に決まったわけではありませんが、治療方針の一つとして説明を受けました。

これまでの内服薬は、テグレトール200mgを一日2回、1週間、そしてエビリファイ3mgを一日3回、1週間でしたが、薬の効果があるのか無いのか判断できず、内服は現在中止しています。今のところ、「てんかん」の心配はなさそうだと言われました。

点滴は3日前から抗生物質のシプロキサン注300mgを朝晩2回行っていますが 37℃〜38℃を行ったり来たりしています。

母が元の元気な状態に戻るために私達家族も全力でサポートしたいと考えています。
後遺症への恐怖もありますが 修正電気けいれん療法が効いて元に戻れるならぜひ受けさせたいと考えています。

家族一同、個人的に調べてはいますが素人なので、この先の見当がつかず困っています。
修正電気けいれん療法がこのようなケースに効果があるのか教えてください。


林:
修正電気けいれん療法がこのようなケースに効果があるのか

効果はあると思います。しかし、私ならこのケースで修正電気けいれん療法は行わないと思います。以下に理由を述べます。複雑なケースなので、長文になります。

まず診断からです。

私の母(45歳)が、2ヶ月前から右側の頭部にビリビリと電気の走るような痛みがあり、病院へ行っても原因不明のままで、3週間後に頭部に発疹が出て、

 ここまでの経過からは、帯状疱疹ウイルス感染症がもっとも考えられます。
 帯状疱疹ウイルスは、ヘルペスウイルスの一種で、顔面に分布する三叉神経にこのウイルスが感染すると、まず痛み、それから発疹が出ます。この【1153】の経過はこれに一致しています。

アシクロビル錠を処方してもらいました。

アシクロビルはヘルペスウイルスに有効な薬で、このようなケースでは当然の処方です。通常はこれでよくなります。

しかし、ヘルペスウイルスは、脳炎や髄膜炎を引き起こすことがあります。通常それはヘルペスウイルスの中でもT型と呼ばれる種類のウイルスで、帯状疱疹ウイルスとは異なります。が、帯状疱疹ウイルスも脳炎や髄膜炎の原因になり得ます。ですから、

しかしその5日後から38℃の高熱を毎日出し、さらに1週間後には様子がおかしくなった(下記参照)ので脳神経外科へかかったところ髄膜炎の疑いと言われました。

この経過からは、帯状疱疹ウイルスによる脳炎または髄膜炎がもっとも考えられます。

この時、精神症状も見られたため側頭葉へのウィルスの進入が疑われ、

 精神症状が見られたことからただちに側頭葉への進入には結びつきませんが、ヘルペスウイルスがもっとも感染しやすいのは側頭葉ですので、もしこれが脳炎だとすれば、側頭葉が侵されているとみるのが常識です。
 そして、ヘルペス脳炎は死亡率が非常に高い疾患です。適切な治療をしたとしても、1/3は死亡、1/3は後遺症を残し、完治するのは1/3程度です。
 そして、治療効果は、いかに早期に薬物療法を開始するかにかかっています。極端な話、治療開始が1分遅れれば、それだけ予後は悪くなるといってもいいくらいです。ですから、ヘルペス脳炎の疑いがあれば、たとえ確定診断がつかなくても、即刻治療を開始するのが常識です。その治療はアシクロビルの投与です。ですから、

即日〜2週間、アシクロビルの静注を開始し、MRI、CT、脳波、髄液検査、血液検査を行いました。

このように、治療を開始する一方で検査を進めるというのは、ヘルペス脳炎の可能性があった場合の定法です。

髄液検査の結果は入院当初、細胞数165と髄膜炎としては数値は低く、その他の検査でも脳が破壊された所見はありませんでした。数日前の髄液検査の結果では細胞数が正常値に戻っています。

髄液の細胞数165という数値は、確かに非常に高いとはいえませんが、かといって髄膜炎を否定できる所見とはいえません。高値であることは確かです。
 それよりもここで本当に知りたいのは、髄液検査のその他の所見です。

その他の検査でも脳が破壊された所見はありませんでした。

おそらく主治医の先生はこのように説明されたのだと思いますし、それはご家族への説明としては充分な範囲と考えられますが、医学的な判断のためにはこれでは全く不十分です。
 ひとつは、このケースの診断が本当にヘルペス脳炎であるかどうか、髄液検査が決め手になるからです。ヘルペス脳炎(あるいは髄膜炎)は、髄液中のヘルペスウイルス抗体価の数値とその時間経過による変化、およびウイルスDNAの検出(PCRという検査を行います)によって確定診断されます。これらの検査は必ず行われているはずです。その結果によって、以後の判断は大きく変わってきます。また、他の原因による脳炎や髄膜炎の所見がなかったかどうか。実はこれらが最も重要な情報で、これなしでは本当は回答は不可能です。が、とりあえず回答を続けます。

ここ1週間38度の熱が出ているので血液・尿検査をしたところ、尿中に白血球が多量に出ていることが分かり、導尿による細菌感染(尿路感染)が原因と考えらえれ、抗生物質の点滴を朝晩2回開始しています。

その前にアシクロビルを2週間点滴されていますので、ヘルペス脳炎の治療としては一段落したと一応は考えられます。(「一応は」というのは、先にお書きしたように、治療前後の髄液のヘルペスに関する検査所見が不明なため、本当は判断できないという意味です)
それでも発熱があり、尿中に多量に白血球が出ているということは、尿路感染であることはほぼ確実ですので、抗生物質の点滴は当然です。

問題は精神症状なのですが、入院当初から波がくるようにコロコロ変わります。

まず最初の異変(上記「さらに1週間後には様子がおかしくなった」時です)は
「大変!大変!何にも分からなくなっちゃった、考えられなくなっちゃった」と朝方5時に起こされました。
言っている意味がよく分からなかったのですが
「ほら今黒い虫がイッパイ入るでしょ?」
と続き、焦った私は救急車で地元の日赤病院へ搬送してもらいました。
そこでは「精神科の外来がもうすぐ始まるのでそれまで待ってそちらにかかって下さい」
とだけ言われたため、意図に沿わないと感じすぐ帰って来ました。


 今となってはこれを指摘しても仕方ないかもしれませんが、「意図に沿わないと感じすぐ帰って来ました。」というのは最悪の対応で、これが命取りになった可能性もありました。先にお書きしたように、ヘルペス脳炎は非常に致死率の高い病気で、一刻も早く治療を開始しなければ、死亡の可能性はどんどん高まります。「意図に沿わない」というのは、大変失礼ながら、あなたのあまりにも傲慢な態度と言わざるを得ません。どんな病気でも、ご本人やご家族の意図に沿った治療が最善とは限りません。というより、意図に沿うかどうかということと、治療の適切さには何の関係もないと言うべきでしょう。このときに「すぐ帰って来ました」というのは、実に危険な対応でした。その結果が死亡につながらなかったのは幸運としか言いようがありません。

 それはともかく、精神症状です。
 大変詳しく具体的にお書きいただいているので、状態をかなりはっきりと把握することができます。その状態と経過などから判断しますと、これは脳器質性精神障害の症状であるとかなりの確度を持っていうことが出来ます。つまり、脳に何らかの外的な障害が加わって出ている症状です。その原因は、脳炎かもしれません。熱によるせん妄かもしれません。発症からここまでの経過を総合的にみると、やはり脳炎を第一に考えるのが自然だと思えます。尿路感染の熱だけでこれだけの精神症状が出るとはちょっと考えにくいことです。脳炎による症状かどうか、ここでも先に申し上げた髄液検査の所見がないと判断できません。しかし主治医の先生が、アシクロビルの静注を中止しているといことは、現在の症状はヘルペスによるものではないと判断されているのでしょう。ということは、髄液のヘルペスに関する検査所見は正常だったと推定してみます。
 だとすると脳炎の線は消えるかというと、そうとは言えません。脳炎や髄膜炎の原因はヘルペス以外にもたくさんあります。原因不明の感染によるものも実はかなり多いです。ですから、精神症状とあわせて、脳炎や髄膜炎の可能性はまだ頭においておきたいところです。とはいうものの、

本日主治医から説明があり、現段階でMRI、CT、脳波、髄液検査共に異常が無いため、

この説明からは、一応は今は脳炎・髄膜炎の可能性は低いと考えるべきでしょう。

だとすると今の精神症状は何なのか。

 先にお書きしたように、尿路感染の熱だけが原因とは思えません。
 可能性としては、脳炎はよくなったが、その影響がまだ脳に何らかの形で残っており、そこに尿路感染の熱が加わって、精神症状が出ている。一応これで説明はつきます。しかし疑問は残るところです。
 いずれにせよ言えることは、これは脳器質性精神障害の症状であるということで、ということは、原因となる病気を治療することが最も大切だということです。

 ここで冒頭の私の回答に戻ります。すなわち、私ならこのケースに修正電気けいれん療法は行いません。
 その理由は、今の精神症状は、他の疾患の結果にすぎず、したがって、精神症状だけを治療するよりも、原因である疾患の治療を優先すべきだからです。そして、その治療が成功すれば、精神症状は自然に消えるはずです。よって、電気けいれん療法の必要はありません。

これが一応の結論ですが、これはあくまでもメールに書かれている情報に基づいた結論にすぎません。髄液検査の所見を含め、医学的な判断のためにはメールの記載だけではまだまだ情報不足です。しかしこれは質問者を批判しているのでもなければ、質問者に情報を提供した主治医を批判しているのでもありません。このような複雑なケースでは、医学的情報のすべてをご家族に説明するのは事実上不可能で、現実的ではありません。(ですからはっきり言って、インフォームドコンセントというのはこのようなケースでは言葉だけの綺麗ごとにすぎません。主治医の判断に任せるしかないところです。先にお書きしたように、「意図に沿うかどうかということと、治療の適切さには何の関係もない」のです)

したがって、ここは当然、私の判断などよりも主治医の判断に従うべきです。
 主治医もこの精神症状の原因が他にあるという認識は当然持っているでしょう。にもかかわらず修正電気けいれん療法を勧めることには、いくつか理由は考えられます。たとえば、今の精神症状に、現在入院中の病棟では対応しきれないのかもしれません。つまり、精神症状がある程度以上強くなると、精神科の病棟でないと対応できなくなります。けれどもこのケースでは、まだまだ身体的治療(それも、場合によってはかなり専門的な治療)が必要ですから、精神科病棟に移るのは好ましくないでしょう。すると現在の病棟で対応できる程度まで何としても精神症状を早く治す必要があり、そのためには修正電気けいれん療法が最善という判断かもしれません。事実、これも冒頭にお書きしたように、今の症状に修正電気けいれん療法は有効と考えられます。脳炎の精神症状に修正電気けいれん療法が有効だということを示す論文もあります。

長くなりました。まとめます。
1. メールの情報に限って判断すれば、必ずしも修正電気けいれん療法の必要はありません。
2. しかしながら、メールの記載以外に、主治医は重要な情報をたくさん把握していると思います。治療方針は主治医の判断に従うべきです。

その後の経過(2007.4.5.)


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