精神科Q&A

 【1082】「それは幻聴です」と本人に告げることについて


Q: 私は23歳男性、医学生です。
精神科は疾患の捉え方、アプローチの仕方等他科とは異なる部分が多く、学ぶ側としては理解が難しく感じる場合もありますが、先生のホームページ、「Dr. 林のこころと脳の相談室」では、実際の患者さんからのメールなどもQ&Aという形で紹介されてありとても分かりやすく、「擬似的臨床実習」を行っているような感覚で読ませていただいております。 
今回は、「精神科Q&A」を読ませて頂いている中で生じた疑問について、 先生に質問させて頂きたくメールを差し上げました。 

それは、患者さんの訴えに対して「それは幻聴です」と言ってしまうことに対して、「本当にそう言いきってしまっていいのか」という疑問です。 
もちろん、「引っ越しても引っ越しても隣人から嫌がらせがある」等 
客観的に見てまずあり得ない訴えであればまず間違いなく幻聴であると判断できますが、 
「実際に何らかの臭いが発せられている場合の自己臭症」の方が、 
「周囲で自分の臭いについて話している場合がある」あるいは 
「自分が近づくと他の人が顔を背ける」等と訴えられている場合、 
これは必ずしも患者さんの幻聴や被害妄想とは限らないのではないでしょうか。 
実際に強い口臭や腋臭をお持ちの方もおられますし、「幻聴です」と言われた訴えのうち、 数%程度は実は幻聴ではないものも含まれているのではないかと思えてしまいます。 

もし実際にあったことなのに、「幻聴です」「気にしすぎです」と言われたとしたら、結構ショックだろうなあ、という単純な発想から来た質問なのですが…。 
もちろん、ほとんどのケースが幻聴だと思いますので、現実的にそう言う態度を取るしかない、というのであれば理解できます。 

以上が私の疑問ですが、これはいわば医学生としての医学的興味からくる質問にすぎず、先生に寄せられる質問は、ご自身やご家族等の病状について心配している方がほとんどだと思いますので、そちらの方を優先して頂き、もしお時間があれば私の質問もQ&Aに掲載していただけたら幸いです。お忙しい中申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。 


林: 
患者さんの訴えに対して「それは幻聴です」と言ってしまうことに対して、「本当にそう言いきってしまっていいのか」という疑問です。

ある意味でもっともな疑問だと思います。端的にお答えします。本人に対して「それは幻聴です」と言い切ってしまうのは、正しくない対応です。
 にもかかわらず、私がそのようにお答えする理由は、精神科Q&Aに質問される方へをお読みください。そこには、
事実を回答することを基本方針としております
とお書きしてあります。つまり、ご本人にとってよいことであってもよくないことであっても、とにかく事実を回答するということです。ですから、これも上記のページにお書きしてあることですが、
これは医療相談ではありません
ということになります。精神科Q&Aの回答は、この点を常に意識してお読みいただきたいと思います。
 実際の医療は、常にご本人のために行うものです。医療相談と呼ばれるものも、やはりご本人のために行うものでしょう。けれども精神科Q&Aは医療相談ではない。ということは、極端にいえば、これはご本人のためのものではないということです。
 いやもちろん回答がご本人のためになれば、それは嬉しいことです。しかし、あくまでも基本方針は事実を回答することです。したがって、「事実を回答すること」と、「ご本人のためになること」が矛盾した場合には、「事実を回答すること」を精神科Q&Aでは常に優先しています。
 医療や医療相談ではこれが逆になることがしばしばあります。つまり、事実を伝えないほうがご本人のためになる場合、事実を伏せるということがしばしばなされます。医療がご本人のためである以上は自然のことでしょう。
 ただし、これが適切なことであるか、あるいは不適切と考えるか、それは意見の分かれるところではあります。不適切と考えられる理由のひとつとして、事実が伏せられることによって、曖昧な、あるいは誤った医療情報や知識が広まっていく元になるということが挙げられます。
 私のサイトでは、それを避けるという方針を取っています。もちろん実際の臨床での私の姿勢とは温度差がありますが、とにかくこのサイトでは事実を回答する。これはいかなる理由があっても曲げることのできない方針です。
 幻聴を幻聴であると本人に伝えることが、実際の臨床場面では誤った対応であっても、精神科Q&Aでははっきりと回答していることの理由は以上です。
 
「擬似的臨床実習」を行っているような感覚で読ませていただいております。

大変光栄なことですが、私の回答は、内容が事実であっても、実際の臨床で正しいとされている回答とは違うということをご理解のうえお読みください。


精神科Q&Aに戻る

ホームページに戻る