精神科Q&A
【1040】統合失調症から回復した兄の今後
Q:
私は27歳女性です。私の兄(32歳)は統合失調症と診断され、5年前に6ヶ月入院し現在症状は落ち着いています。入院になるまでから現在までだいたいをお話したいと思います。
今思うと病気の発症は兄が大学二年生の頃だと思います。県外の大学に通っていた兄が、母に『友達が変なことを言うから殴っていいか?周りの人達は遊んでいても簡単に単位を取っていく。自分は一生懸命勉強しているのに…。』という電話がきたそうです。経済的な理由もあり、県外での生活も大変だったのだと思いますが、兄の様子がおかしいと思った母は大学を休学させ実家でひきこもる生活になりました。当時高校生だった私は私だったらアルバイトをしてでも大学に行くのにもったいない…と思っていました。
性格的にもともと外では積極的に出るタイプではなく友達も少なく、大人しい性格でした。でも家の中では思春期の頃に喧嘩のあげくにきれて私が蹴られたり殴られたりという行動もありました。でもそれはどんな人でもある行動で兄弟喧嘩の一つだと思っています。なのでひきこもるのもそれほど深刻に考えてはおらず、その頃は兄も何かしなければと思っていたのかアルバイトを探し、面接などにも行っていました。でもおどおどしていて挙動不審な感じ、言葉がどもることを本人も気にしており面接も断られ、それがショックな様子でした。
その頃父の多額の借金が発覚し、親戚一同に一部を援助してもらうという出来事がありました。親戚は私達に返済を求めることはしないから大丈夫と言われましたが、兄には負担になっていたのでしょう。
そして、2年が過ぎた頃に祖母の死です。葬儀に親戚一同が集まり兄は困惑していました。親戚は励まそうとし悪気はなく大学に行かないなんてせっかく入れたのにもったいない…などいろいろ話をされたようで『おじさんが暗号で自分に何か言ってきている。自分が遠いところに行ってしまう。変なことを言い出すかもしれないけど待っていてくれ。』など、意味不明なことを言い出し、葬儀の終わった次の日の夜に発狂し、家を飛び出してしまいました。その晩は帰ってきませんでしたが、電話があり次の日には帰ってきました。今思うとこの頃に無理やりでも病院に連れて行くべきでした。
少しずつ精神分裂病(統合失調症)について勉強した私は、両親にこの症状は病気だから病院に連れて行ったほうがいいと言いましたが、父は全く病気とは思っておらず、気の持ちようだと私の言うことを聞いてくれないし、母は精神病院に行くことにあまり気が向かなかったようです。
ひきこもり状態を心配してくれた叔父が精神保健センターに相談に行くといいといわれ、本人はぬきで母・叔父と私の三人で相談に行きました。症状を話したら、やはり分裂病が疑われるが、本人が受診を拒否しているのなら、無理に病院に連れて行くと親子の関係が壊れてしまうから家でこのまま様子を見たほうがいいと言われ、専門家がそう言うならとしばらく様子をみることにしました。
しかし、事件は起きました。挙動不審なのはいつものことですが、幻覚・妄想が悪化してきたのだと思います。兄は何の拍子にそう思ったのかわかりませんが自分の部屋の毛布に火をつけてしまったのです。鉄筋の家だったので全焼にはならず、焼けたのは3階のみでしたがとんでもないことをしてくれました。兄は比較的落ち着いており逃げることもせず自分のしたことを反省していました。その晩に警察に行き近隣に被害もなく家族も無事だったので家族が訴えなければ何もなかったことにするといわれ、突発的な行動から措置入院となり、治療が始まりました。
入院中、母と一緒に数回病棟に面会に行きました。薬の影響だと思いますが表情が乏しく、動きがぎこちないので驚きましたが、比較的病棟ではとても落ち着いていました。その出来事から2ヶ月後に過労が積み重なったのでしょう、母が急変し他界してしまいました。入院中兄に知らせようか悩みましたが、病院のスタッフに相談し顔だけでもみせてあげたいと看護師付き添いで外出することができました。またおかしくなったら困るなと思っていましたが、兄は落ち着いて母に手を合わせていました。一番の心の支えだった母を亡くしショックだったと思いますが、知らせて母に会わせてあげることができよかったと思いました。
家の準備(建替え)もあったので入院から6ヶ月後に兄は退院することができました。退院後しっかり生活ができるのだろうかと心配でしたが、なんとか生活できています。
私は兄が退院してから一年後に結婚することができ、理解ある夫と子供二人で暮らしています。
いまは父と兄でくらしており、父はもう72歳になりますが、借金返済のためパートをしています。兄にはなかなか仕事をするように薦めるタイミングがわからず現在にいたっています。収入は障害年金を受け取っています。
現在は二週間に1回外来通院し、眠剤のみ内服中。保健所に相談に行き紹介された病院の社会復帰施設の中の憩いの場へ好きなときに外出している毎日です。
私がもっと関わって家事を手伝ってあげることがいいのでしょうが、子供に手がかかるのでしてあげられない状態です。子供が大きくなり時間があいたら頻回に様子を見にいってあげたいなと思っています。
だらだらと長くなってしまってすみません。
心配なのは兄のこれからのことです。父が元気なうちは父の年金とパートの収入で生活していけるのですが、兄が一人になった時に障害年金だけではこれからの生活は難しくなってきます。兄に少しでも簡単な仕事をしてもらいたいのですが、それは不可能でしょうか?またプレッシャーで具合が悪くなったらと思ってしまいます。今の状態がベストならこのままのほうがいいのでしょうか?
あと規則正しい生活が病院の時のようにはできていないようです。眠剤を飲んでいるから朝遅くまで寝てしまうようで、夜もなにかとTVをみているのか遅くまで起きているようです。食事も自炊をせず買っています。でも火をあまり使わせたくないとも思っています…。
私も一緒に暮らしていないので父と兄から聞いた様子ですが規則正しく直したほうがいいのでしょうか?病院に行く日は早起きをしてしっかり行っているそうです。父が元気なうちに兄の生活の基盤を時間をかけて作ってあげたいと思っているのですが可能でしょうか?
よろしくお願いします。
林: 統合失調症の発症から回復、そして現在はより良い状態を目指す時期に来ていると思います。ただしあせりは禁物です。経過をふりかえってみますと、
今思うと病気の発症は兄が大学二年生の頃だと思います。県外の大学に通っていた兄が、母に『友達が変なことを言うから殴っていいか?周りの人達は遊んでいても簡単に単位を取っていく。自分は一生懸命勉強しているのに…。』という電話がきたそうです。
おっしゃる通り、このころが発症でしょう。年齢も訴えも、統合失調症の発症としては典型的です。
兄の様子がおかしいと思った母は大学を休学させ実家でひきこもる生活になりました。
休学しご実家に戻るというのは賢明な判断でした。さらに精神科を受診し治療を開始すればなおよかったのは言うまでもあません。このひきこもりの間に、統合失調症が徐々に進んでいたと思われます。
『おじさんが暗号で自分に何か言ってきている。自分が遠いところに行ってしまう。変なことを言い出すかもしれないけど待っていてくれ。』など、意味不明なことを言い出し、葬儀の終わった次の日の夜に発狂し、家を飛び出してしまいました。その晩は帰ってきませんでしたが、電話があり次の日には帰ってきました。今思うとこの頃に無理やりでも病院に連れて行くべきでした。
徐々に進んでいた統合失調症の症状が顕わになった状態です。確かに、無理にでも受診させてあげるべきでした。
少しずつ精神分裂病(統合失調症)について勉強した私は、両親にこの症状は病気だから病院に連れて行ったほうがいいと言いましたが、父は全く病気とは思っておらず、気の持ちようだと私の言うことを聞いてくれないし、母は精神病院に行くことにあまり気が向かなかったようです。
このように、ご家族が病気を認めなかったり、受診に躊躇されることはよくあるものですが、そうしているうちに病気が悪化していくのは必然です。
ひきこもり状態を心配してくれた叔父が精神保健センターに相談に行くといいといわれ、本人はぬきで母・叔父と私の三人で相談に行きました。症状を話したら、やはり分裂病が疑われるが、本人が受診を拒否しているのなら、無理に病院に連れて行くと親子の関係が壊れてしまうから家でこのまま様子を見たほうがいいと言われ、専門家がそう言うならとしばらく様子をみることにしました。
遅きに失した感はありますが、相談に行かれたのは適切でした。しかしそれに対し、
やはり分裂病が疑われるが、本人が受診を拒否しているのなら、無理に病院に連れて行くと親子の関係が壊れてしまうから家でこのまま様子を見たほうがいいと言われ、
このアドバイスは納得しかねるところです。
無理に病院に連れて行くと親子の関係が壊れてしまう
確かにそのおそれは否定できませんが、何もかもまるくおさまるという理想的な対策は通常はないものです。無理に病院に連れていくことのマイナスと、病院に連れていかなかったことによって起こる事態のマイナスと、どちらが大きいかと考えれば、少なくともこのケースでは無理にでも連れていくほうを選択するのが自然だと思います。
家でこのまま様子を見たほうがいいと言われ、
とのことですが、様子を見ていることでどのような展開を予想されたのか、理解に苦しむところです。
そして実際の展開はきわめて危険なものでした。
しかし、事件は起きました。挙動不審なのはいつものことですが、幻覚・妄想が悪化してきたのだと思います。兄は何の拍子にそう思ったのかわかりませんが自分の部屋の毛布に火をつけてしまったのです。鉄筋の家だったので全焼にはならず、焼けたのは3階のみでしたがとんでもないことをしてくれました。兄は比較的落ち着いており逃げることもせず自分のしたことを反省していました。その晩に警察に行き近隣に被害もなく家族も無事だったので家族が訴えなければ何もなかったことにするといわれ、突発的な行動から措置入院となり、治療が始まりました。
人的な被害がなかったのは不幸中の幸いでしたが、それは運が良かったにすぎず、より大変な事態になる可能性が十二分にあったことは誰が見ても明らかだと思います。
もっとも、「家族が無理に病院に連れて行く」という手段が避けられたことから、これを「自然な治療導入」と考えることも出来ないでもありませんが、あまりに危険で、好んで選択する道でないことは明らかでしょう。
その後、今日まで、ご本人も家族も苦労されたようですが、症状が落ち着かれたことは何よりと思います。
心配なのは兄のこれからのことです。父が元気なうちは父の年金とパートの収入で生活していけるのですが、兄が一人になった時に障害年金だけではこれからの生活は難しくなってきます。兄に少しでも簡単な仕事をしてもらいたいのですが、それは不可能でしょうか?またプレッシャーで具合が悪くなったらと思ってしまいます。今の状態がベストならこのままのほうがいいのでしょうか?
統合失調症から回復されたこの時期、ご家族は、またご本人は、みなさんがこのような心配をされるものです。ご心配はもっともです。仕事はもちろん可能ですが、仕事のストレスから再発することも、あなたが危惧されているとおり、少なからずあります。したがって慎重に進めることが望まれますが、どの程度の仕事なら可能なのか、どの程度のストレスなら再発には結びつかないかは、ケースによって大きく異なるため、主治医の先生や、現在いっておられる社会復帰施設のスタッフの方々とも相談しつつ、手探りで進めていくのが現実的な対応です。場合によっては、このままの維持を目指したほうがいいこともあります。
あと規則正しい生活が病院の時のようにはできていないようです。眠剤を飲んでいるから朝遅くまで寝てしまうようで、夜もなにかとTVをみているのか遅くまで起きているようです。食事も自炊をせず買っています。でも火をあまり使わせたくないとも思っています…。
私も一緒に暮らしていないので父と兄から聞いた様子ですが規則正しく直したほうがいいのでしょうか?病院に行く日は早起きをしてしっかり行っているそうです。父が元気なうちに兄の生活の基盤を時間をかけて作ってあげたいと思っているのですが可能でしょうか?
可能だと思いますが、ここでも具体的な方法となると、ケースバイケースと言わざるを得ません。家庭内の生活で直せる場合もあれば、一時的に施設に入所するなどの方策が必要な場合もあります。これもある意味で手探りと言えるでしょう。
なお、この時期の適切な対応については、
伊藤順一郎著 統合失調症/分裂病とつき合う 保健同人社 2002年
が参考になると思いますのでご参照ください。この【1040】のケースは現在、この本のp.32の「回復期」にあたります。