精神科Q&A
【1030】主治医を信頼している息子の転院について
Q:
36歳の息子(統合失調症歴9年、発病時1ヶ月の入院後、退院。その後2ヶ月に1度の通院、投薬(フルメジン、アーテン、ベンザリン)治療中)のことでお伺いします。
薬はトリフロペラジン→フルメジンに変わりましたが、ずっと、幻聴妄想が続き、通院以外、パソコンゲームやCDを聴く毎日です。主治医には”妄想型”と言われています。
当然、病識もなく、幻聴や妄想を現実のことと確信しています。夜中に突然、警察に走ったりします。テレビやラジオは発病以来9年間見ることができないままです。
突然職安に行き仕事を探し、面接して断られます、働く意欲はあるのですが、普通に就職するのは難しいようです。
職安の障害者窓口から「当事者とケースワーカーとそろって来談」するよう求められましたが、主治医にうちの病院では出来ない!と断られました。 どうしても働くなら、一般で!と主治医は言います。でも、隠しての就職では薬を止めてしまうので続きません。
見た目は正常で、独り言を言ったり、爆発することはなく、時々、薬を止めると、極端に元気がなくなり、下を向いてしゃべらなくなります。
「近いうちに、正職員(障害者枠)で働いて、沢山稼いで、結婚もするんだ!」と現実離れしたことを言う息子が哀れにも思えます。
親として困り果て、この病気についてネットや保健所などで色々勉強した結果、社会資源を十分利用しながら、薬以外の治療(生活支援センターや作業所、デイケアなどに通って)や生活面の指導も本人に受けさせたいと思い、主治医からそのように本人に勧めていただくようお願いしたのですが、主治医は「性格的にも人の中に入りにくいという理由」で、デイケアにも通えないだろう!という見解でした。”性格”と言うことで片付けられては悲しいです。
本人は主治医が幻聴、妄想の話によく付き合ってくれるようで、気に入って信頼しています。親の言うことは無視するので、主治医が頼りです。ケースワーカーも「主治医の支持がないと動けない」と言うことでサポートしてもらえません。
親を信頼してないから親の話は無視するのでしょうか?どうして親子関係がこうも悪くなったのかわかりません。病気関連の話になると拒否します。でも、日常の会話は出来ます。
「片道1時間かかる遠方なので、近い病院にしたら?」と1度進言したら、嫌だと言いましたが、このままでは、到底”自立”は見込めず、親亡き後が心配です。現状のまま本人の意思を尊重するしかないのでしょうか?親としては主治医がお年のせいで新しい治療を受け入れられないのでは?と歯がゆい思いですが、肝心の息子が医師を気に入っている場合は、じっと見守るしかないのでしょうか?主人も私も病気を抱えていて、先々不安です。将来的にも一人で暮らしていけるようにすることが最後の親の責任とも考えて、悩んでいます。
我が家の場合…よくある、先生が親の思うようにして下さらないから転院を…というよくない親の典型例に当てはまるのでしょうか?
せめて、新薬を試してみて、もしかして、幻聴や妄想が和らげば、先が少しは見えてくるのでは?と期待してはいけないのでしょうか。
薬以外の治療への期待もあります。今の息子には友達もなく、医師以外にサポートしてくれる人もなく…という状態です。当事者同士でスポーツを楽しんだり、作業所で楽しそうに過ごしている方たちを見ると、息子のことが不憫で心配でたまりません。幻聴や妄想は当事者同士で話すうちに理解がすすむと聞きます。
それでも患者本人である息子の意思である以上、今の主治医の治療を続けるべきなのでしょうか。
林:
通院以外、パソコンゲームやCDを聴く毎日です。
統合失調症で、このような状態に陥った場合は、あなたがお調べになった通り、
社会資源を十分利用しながら、薬以外の治療(生活支援センターや作業所、デイケアなどに通って)や生活面の指導
が必要で、事実、それによってかなりの改善が期待できます。また、就職に関しても、あながお書きになっているように、職安には障害者窓口があり、通常の形の就職が難しい場合は障害者枠を利用することが勧められます。
しかし、どちらにしても、主治医の協力が必要です。つまり、大部分の社会資源は、主治医からの意見書などが提出されないと利用できません。ですから、
ケースワーカーも「主治医の支持がないと動けない」と言うことでサポートしてもらえません。
ケースワーカーがこのようにおっしゃるのは自然です。
したがって、
主治医は「性格的にも人の中に入りにくいという理由」で、デイケアにも通えないだろう!という見解でした。
この見解はどうかと思います。ご本人を診ていませんので本当は何ともいえませんが、一般には統合失調症の方が人の中に入りにくいのは、性格ではなくそれ自体が症状で、そういう方々を集めて生活を高めていくことこそがプロとしてのデイケアですから、「人の中に入りにくい」ことを理由にデイケアに通えないと判断するのは矛盾しています。
また、たとえ主治医としての深い洞察によって、この【1030】の方はデイケアなどは困難と判断していたとしても、かといって今のままでは進展は望みにくいわけですから、まずは試みるのが理にかなった方針だと私は思います。
将来的にも一人で暮らしていけるようにすることが最後の親の責任とも考えて、悩んでいます。
あなたのこの悩みはもっともだと思います。
我が家の場合…よくある、先生が親の思うようにして下さらないから転院を…というよくない親の典型例に当てはまるのでしょうか?
それとは違うと思います。転院させたいと私も考えます。それが結論です。
それが結論なのですが、それでも転院をお勧めすることを躊躇する理由が少なくとも二つあります。
一つは、あなたもお書きになっている通り、ご本人の意思です。いかなる治療でも本人の意思を最優先する、これが原則です。
とはいうものの、他によりよい治療手段があることがはっきりしているこの【1030】のようなケースでは、試みとして転院させたいところです。
しかし、精神科の病気の場合、主治医との相性というものが、症状の経過に時として非常に大きな影響を与えます。たとえば統合失調症でも、薬やその他の状況が全く同じでも、主治医が交替したとたんに信じられないくらい悪化することがあるものです。
幻覚や妄想を持つ統合失調症の人への対応は、マニュアル化できません。この精神科Q&Aでも、対応について質問されることは多く、それに対しては「妄想は肯定も否定もしない」という原則はお答えすることができても、実際の場面の機微についてはお伝えしようがないのが現実です。
本人は主治医が幻聴、妄想の話によく付き合ってくれるようで、気に入って信頼しています。
主治医の先生はご高齢とのこと、この「よく付き合ってくれる」というその付き合い方が、経験に裏打ちされた名人芸なのかもしれません。
主治医がお年のせいで新しい治療を受け入れられないのでは?と歯がゆい思いですが、
そういう要素はあるかもしれませんが、逆に豊かな経験も貴重なものです。それは時として、まだ評価の定まらない新薬の効果(評価は定まっていなくても、優れた薬・夢のような薬として報道されているのが常です)を大きく超えるものです。
統合失調症の経過は様々で、この【1030】のように、外見上は無為な生活を送っている患者さんにも様々なレベルがあります。その中にはデイケアなどの効果が期待できる方から、残念ながら安定さえしていればそれ以上は望めないというレベルの方もいらっしゃいます。【1030】のケースがどれにあたるかはわかりません。しかし、主治医の先生が、いま以上の生産的な生活を求めればまず確実に悪化する、と判断されているのかもしれません。
転院をお勧めすることに躊躇する二つ目の理由に自然に移行してしまいました。つまり、ひとつめは本人の意思を尊重するという原則でしたが、二つ目は、そもそも別の治療を求めることが、本人の今のレベルでは適切でない可能性があり、主治医はそれを見越して現状維持だけを目指している可能性がある、ということです。そしてこの主治医の判断が正しかった場合、転院させることは症状悪化のきっかけになるでしょう。
以上のようなことを考慮されたうえで、実際にどうされるかをお決めください。