精神科Q&A
【0716】歌手である義母が、大病のあと歌えなくなった
Q: 義母はインド在住のインド人55歳で、10代の頃から成功を収めているインド伝統歌謡の歌手です。2年半前に急に血圧と血糖値が上がり、命が危ないとまで言われましたが、リハビリやその他の治療の甲斐あって今は普通の生活を送っています。
問題は、その病気からは回復したものの、いくら練習しても歌がうまく歌えなくなったということです。(私にはよくわからないのですが、高い声がきれいに出ないとかそういう類のことです。)そのためコンサートに出ることもできなくなり、焦りと絶望感に襲われているようです。何十年も培ってきた努力・キャリアが無になってしまったら、今後どうやって生きていけばいいのかと思い悩んでいます。この病気の後からはひどい不眠にも悩まされており、薬も効き目がないそうです。また気分の落ち込みが激しく、毎日あれこれと思い悩んでいるようです。
義母は基本的には明るく社交的で、とてもよく笑う天真爛漫な性格です。家族や友人をとても大事にし、人の悪口は決して言いませんし、人のための気配りや労力を惜しみません。その反面、人の言うことを気にしすぎる傾向が強く、何気ない一言から自分が責められていると思い込むことが多々あります。
以前から感情の起伏が激しく、些細なきっかけから泣き出し、関係のないことまで引き合いに出しては何十分も泣き続けることがあったそうですが、最近はさらにその傾向が強まっているようです。先日は、そのように取り乱して迷惑をかけたと後悔し、息子(私の夫)に電話してきて2時間も泣きながら謝ったり、自分が長く生きられないのではないかということまで口にしていました。夫や義父は義母の話を聞き、そんなことはないと慰め、義母の気持ちが収まるまで優しく諭して対応してきましたが、最近の義母の取り乱しようは尋常ではないと心配しています。気分の落ち込みと不眠、以外では目立った症状はないように思われますが、先日は全身の痛みが2週間ほど続き、突然治ったと言っていました。
説明が長くなりましたが、質問させて頂きたい点は、
<1>義母はうつ病でしょうか。
<2> 家族は義母にどのように接するべきでしょうか。
<3> 歌手としての復活が望めないとしても、このような状況が改善される見込みはありますでしょうか。
私たち夫婦はロンドン在住ですが、インドにて適当な治療が難しい場合は、義母たちをこちらに招いての治療も考えています。
林: (1) 身体的な大病の後、(2) 歌が歌えなくなり、(3) 激しく落ち込んでいる。単純化するとこの一行に集約できる経過だと思います。複雑な背景もあるかとは思いますが、ここはまず因果関係をあえて単純に整理してみます。
まず(1)と(2)の関係です。これは、
a 高血圧、高血糖の直接の結果として、脳が何らかのダメージを受け、歌うという能力が落ちてしまった。
b 脳は直接のダメージを受けていないが、大病の心理的影響(うつ病発症の可能性も含まれます)として、うまく歌えなくなった。あるいはうまく歌えているのに、主観的にはうまく歌えていないと感じている。
この二つが考えられます。細かいことを言えば、そもそも高血圧・高血糖の原因としての疾患があったはずで、その疾患による脳への影響ということなども考えられますが、これはa に含まれるものとします。
そして(3) の原因です。単純に考えれば、
1 歌えなくなったことによるショック。つまり(2)に対する心理的な反応
と解釈するのが普通ですが、以下の二つも考えられます。
2 (1)をきっかけとしてうつ病を発症した。つまり上記b の状況であって、(2)と(3)はいずれも(1) の結果。
3 (1)の大病の際に脳が受けたダメージがすべての原因。つまり(2)も(3)も、脳のダメージによる直接の症状。
今後の予測や対応としては、以上に挙げたようなこの方の現在の状態の背景をはっきりさせることがまず必要です。ですから、ご質問の<1>と<3>、すなわち、
<1> 義母はうつ病でしょうか。
<3> 歌手としての復活が望めないとしても、このような状況が改善される見込みはありますでしょうか。
のいずれに対しても、まずは今の状態の背景(因果関係)を明らかにすることが大切という回答になります。そのためには脳の検査も必要でしょう。そのために必要ならイギリスにお呼びすることも考えるべきでしょう。
<2> 家族は義母にどのように接するべきでしょうか。
歌えなくなった原因をはっきりさせ、適切な治療を受けることをお勧めするのがいいと思います。
もっとも、検査等の結果、治療は困難という結論になる可能性ももちろんあります。通常の人とは違い、高度に洗練された歌唱力が要求されるわけですから、脳のわずかなダメージでも、元の完全な能力は望めないということになる可能性は否定できません。現時点でそこまで考える必要はないかもしれませんが、もしそのような結論になった場合、どう対応されるかは、その時点での主治医とよくご相談ください。