精神科Q&A
【0695】私も先天性相貌失認なのでしょうか
Q: 24歳、未婚女性です。
先日更新されていた精神科Ｑ＆Ａを見たのですが、【0683】の人の顔が覚えられないという方のメールの内容と、先生の返答を見て驚きました。
私も【0683】の方と同じで、人の顔が覚えられないのです。
家族の顔はもちろん覚えているのですが、学生時代にはクラスメイトの顔が覚えられないまま卒業までを過ごしたりしました。
辛うじて覚えた中学時代のクラスメイトは、卒業翌日に偶然会い、声をかけられたのですが全く誰か認識することができませんでした。
親しい人も一応顔は覚えているのですが、やはり【0683】の方同様、髪型や服装、会う場所が変わると途端に区別がつかなくなり、不安になります。
テレビで見る芸能人などは、カツラを着けるまでもなく、普通にしていても区別がつかないです。
現在、今の職場に入って１ヶ月半ほどなのですが、他の人の顔が全く覚えられず焦っている状態です。
また、人の顔だけではなく、他の物の区別もつきにくいです。
仕事でよく車のＣＭを見るのですが、何十回と見たＣＭの車の特徴すら覚えられません。
それは外でも同じで、店の駐車場などに停められた自分（或いは家族）の車を他の車と区別して探すのも困難です。
いつも色と、車の後ろに書いてある（？）車種でやっと自分の車を発見する…といった有様です。
あまりに日常的なことなので、他の人もそうだったりしないのかと思い、知人に聞いてみましたが「そんなことはない」と言われました。
以前、抑鬱状態になった時期があり、その期間薬（パキシル、デジレル、ソラナックス等）を出されていました。
そういった薬を飲んでいると記憶力が低下すると聞いたこともありますが、薬を飲む以前から人の顔は覚えられていなかったので…（薬を飲むようになってからそれ以上に物覚えは悪くなったのですが…）
両親をはじめ、他の兄妹は、私のようなことはなく、人の顔や物の区別はつくようです。
けれど私にはどの人も「目がふたつずつあって、鼻と口がひとつずつある」としか取れず、他の人との差がわからないのです。
体型の違いは、まだ顔を覚えるよりは楽なのですが…。
（それも、とても太っていたり、病的なほど痩せていたり…と極端なものでないと無理です）
これも先生の仰る先天性相貌失認なのでしょうか？
もしそうだった場合、認知リハビリテーションというもので少しは改善されるのでしょうか？
長々と申し訳ありませんでした。どんなに短くてもいいので、よろしければご意見をお願いします。
林: あなたが先天性相貌失認であるかどうか、判断しかねます。しかし、その可能性はあると思います。
判断しかねる理由は、【0694】にもお書きしたように、「顔が覚えられない」というのは比較的よくある訴えなので、それが本当に相貌失認かどうか判断するには、かなり詳細な症状の聴取(そして、本来なら検査)が必要だということです。軽率な判断は避けたいところです。
とは言うものの、あなたの症状記載も、確かに相貌失認に特徴的な点が多いといえます。
特に、顔だけでなく、車の区別もつかないというのが意味深長です。
実は、相貌失認(主として、脳損傷による後天性の相貌失認の研究によるものですが)の本質は、顔だけが見分けられないことなのか、それとも顔のように、同じカテゴリー内のよく似た物が見分けられないことなのか、というのは、まだ未解決の問題です。
あなたが書いておられる、「車の区別がつかない」というのは、同じカテゴリー内の物の区別としてよく挙げられる例です。相貌失認では、顔以外に、車の区別も出来なくなるケースがあるのです。
人間には、「同じカテゴリー内の物を、視覚的特徴によって見分ける」という能力があります。それは、あまりに自然に見分けることができるので、能力として殊更に意識されることは少ないのですが、実はどうやって見分けているかは、なかなか簡単には説明できません。
人の顔でいえば、あなたが書かれているように、
「目がふたつずつあって、鼻と口がひとつずつある」
というだけの認知では、当然区別がつきません。
しかし、実際にはかなり似た顔の人であっても、瞬時にして区別できることが多いものです。
そして、顔を区別できる能力は先天性のものか、学習によって後天的に獲得したものか、これもそう簡単には答えられませんが、少なくとも車の区別は後天的な能力に間違いありません。かなり似た車でも、車に興味のある人なら見分けられるものです。そして、後天性の相貌失認で、顔の区別と車の区別の両方が障害されるということは、同じカテゴリー内のよく似た物を視覚的に見分ける能力が、脳のある局所と深く関係していることを示す事実と言えるでしょう。
相貌失認は、視覚認知の本質にかかわる症状であることもあり、かなりの研究があります。その一方で、「顔が覚えられない、見分けられない」という訴えは、比較的よくあるものです。ですから、本当に相貌失認であるかどうかの判断は慎重に行いたいと思います。あなたのケースは、相貌失認の可能性はあると思います。しかし、もっと詳細に症状をお聞きしなければ何ともいえません。また、本来なら検査が必要なところです。