精神科Q&A
【0634】昔から嘘の多かった母の今の症状は痴呆でしょうか
Q: 78歳になる母のことでご相談させていただきたいとメールさせていただきました。
母は昔から、自分が想像したことを事実かのように話を組み立て、人を騒がせます。親戚の人が言うには、子供の頃から人騒がせで、問題ばかり起こしていたとのことです。私たち夫婦もこの嘘のおかげで23年間、トラブルに巻き込まれっぱなしの状態でした。母の嘘が原因で、親戚との付き合いもなくなってしまいました。ここ最近は、エスカレートしており、主人の姉を泥棒扱いし、警察にまで嘘をつきます。
私たちでは、対処の方法がなく、これが性格なのか、病気なのかは、判断できません。
先日、現在、お世話になっております高齢福祉課へ相談しましたところ、精神科医を紹介していただき、昨日、嫌がる義母を説得し、受診致しました。
診断の結果、脳の細い血管がいくつか詰り、記憶力が低下しているとのことでした。
現在の行動は、典型的な痴呆症のパターンだとの説明でしたが、ただ、テストの中で、一点だけ気になることがありました。
スプーンと歯ブラシと鍵を憶えるようにとの指示があり、一度、隠したのちに先程のモノは、何であったかとの質問に対して最初にスプーンをフォークと間違えて答えると、その後、フォークではなく、これはスプーンだと何度、教えられても最後までフォークとしか答えないのです。こんな人は、先生も初めてだとのことでした。
私には、これが今まで母が、人騒がせな嘘をつく原因ではないのかなと感じました。母の頭の中では、嘘ではなく、自分の想像したことが、現実になっていたのではないでしょうか? それに対して、非難されることがストレスとなり、暴れたり、騒いだりという考えられない行動にエスカレートしたのではと思います。これが、子供の頃からだということであれば、痴呆症とはいえないのではないでしょうか?
初診ということもあり、痴呆症の説明と血管の薬と睡眠薬をいただき、また、次回、ケースワーカー立会いのもとで相談し、今後の方針を出していただけるとのことでした。確かに物忘れも多くなり、痴呆症のような症状は、最近、目立ってきており、不安もありましたが、このフォークとスプーンの問題は、痴呆症以外のものではないでしょうか?
先生には、今までの経過をお話しましたが、『過去のこの人を私は、知らないから今のことしか言えません。だから今、現在は、痴呆症の症状です。』とのお答えなんですが、それ以上の質問をすると『私に何をしろとおっしゃるのですか? 何を期待されておられるのですか?』との返事に何も聞けなくなってしまいました。専門医の診断結果により、今後の対処方法を考え、良い方向へといかす為の受診でしたが、受診したことにより逆にとても不安になりました。老人の精神的な病は、すべて痴呆症に含まれるのでしょうか?
林:
テストの中で、一点だけ気になることがありました。スプーンと歯ブラシと鍵を憶えるようにとの指示があり、一度、隠したのちに先程のモノは、何であったかとの質問に対して最初にスプーンをフォークと間違えて答えると、その後、フォークではなく、これはスプーンだと何度、教えられても最後までフォークとしか答えないのです。
これは、痴呆やその他の器質性疾患(脳にはっきりした損傷がある、たとえば脳血管障害や外傷など)の場合にごく一般的に見られる平凡な症状です。保続といいます。
したがって、
こんな人は、先生も初めてだとのことでした。
これはあなたの聞き違いだと思います。ごく平凡な症状なので、医師がこれを知らないはずはありません。
私には、これが今まで母が、人騒がせな嘘をつく原因ではないのかなと感じました。
母の頭の中では、嘘ではなく、自分の想像したことが、現実になっていたのではないでしょうか?
このあなたの着眼は鋭いといえます。昔から、保続と作話や嘘との関連についての医学的研究はあります。
しかし、保続そのものはごくありふれた症状なので、このケースでそこまで考えるのは考えすぎでしょう。実際、上記の研究でも、保続だけの所見は、嘘などとの関係は認められていません。(他の所見が加われば話は別になります)
なお、このケースが痴呆かどうかは、私には判断できません。具体的な症状としてメールに書かれているのは、「嘘がエスカレートしている」「物忘れが多くなっている」ということだけですので、判断は無理です。
しかし、診察や検査をした医師が
典型的な痴呆症のパターンだ
と言っていることから、やはり痴呆と考えるのがもっとも適切でしょう。
非難されることがストレスとなり、暴れたり、騒いだりという考えられない行動にエスカレートしたのではと思います。これが、子供の頃からだということであれば、痴呆症とはいえないのではないでしょうか?
あなたのこのご意見は、これだけをとってみればもっともですが、医師は行動全体から痴呆と判断しているのだと思います。したがってあなたのこのご意見は、広い視野にたてば不適切といえるでしょう。
このフォークとスプーンの問題は、痴呆症以外のものではないでしょうか?
これは、さきほど説明した通り、痴呆に見られるごく平凡な所見です。
老人の精神的な病は、すべて痴呆症に含まれるのでしょうか?
そんなことはありません。繰り返しますが、診察した医師は、行動全体と検査を総合して痴呆と診断しているはずです。
あなたは、保続の所見についてのあなた自身の解釈にこだわるあまり、医師からの説明を素直に聞けていないのではないでしょうか。あらためて冷静に説明の内容をふりかえってみることをお勧めします。
おそらくお義母さまの状態は、もともとの性格が、痴呆によりさらに強くなってきたと考えるのがもっとも妥当だと私は思います。このような性格変化(もともとの性格がさらに強くなる)も、痴呆ではごく普通に見られるものです。