精神科Q&A

【0584】躁うつ病と診断されている娘婿は擬態うつ病ではないでしょうか


Q: 64歳の男性です。娘婿(32歳)が躁うつ病と診断されて治療中なのですが、私としてはどうも納得がいかず、林先生のおっしゃる擬態うつ病ではないかと感じています。そこで、病名が正しいのかどうか、そして今の治療を続けてよいかどうかについてお尋ねいたします。
娘婿は、全国チェーンレストランの店員、勤続4年です。高卒後、スーパー店員、宅急便配送、と職種を変えました。家系に精神科にかかった人はいません。
娘は29歳の専業主婦です。二人の間には2歳の子供がおります。

 娘婿は3ヶ月まえに、突然にメモ(探さないで・・・)を残して車で失踪し、5日後に帰宅しました。職場の配置換え等があり、仕事がつらくなったのが理由のようです。このころに眠れないとの訴えがあったようです。8ヶ月程前にも市販の睡眠薬を多量(本人の証言)に飲み、自分で内科医に行き点滴を受ける騒ぎを起こしているので,今回は近くの病院(精神科)に行かせました。本人は病院に行くことには抵抗は無かったようです。この時の診断はうつ病らしいとの事で、数日後に入院しました。
 この時も彼は喜んで入院準備をしていました。しかし、入院までの数日間に以前と異なった言行動をするようになりました。即ち
1.力が出ないと言って、重いものを持とうとしない。子供の面倒はまったく見ない。
2.人前でバッタリと倒れ、助けを求める。
3.自分はうつ病だからなにも出来ないと人に宣言している。
4.しかし、興味のある:菓子作り、歌手の資料集め、友達を自宅に呼ぶ等は夜を徹してでもやる。
 しかし入院10日後に本人の希望で退院することになりました。本人には病院は規則が厳しく好きなことが出来ないのが気に入らなかったようです。
 退院後、通院加療中ですが
5.一寸した事で怒りっぽくなり、自室の壁を蹴って穴をあけた事があった。また
6.娘が注意すると、死んでやるとか、病院に行ってやらないとか言っておどす。等の行動が出てきて、薬が強くなった。
 最近は1.2.5.の行動は無くなったが、病気を理由に仕事はしようとせずに菓子作りと歌手に夢中になっている。まったく小学生レベルの考えに戻っているようで、お金は親に援助してもらうつもりでいる。本人は病気についてまったく悩んでいる様子は無い。
<病院の診断>
性格も関係しているが、躁うつ病である。躁がひどくなったので、薬を強くした。今はよくなってきているとのこと。
<退院時の薬>
     ベンザリン、セルシン、リーマス
<現在の薬>
     ベンザリン、ロドピン、リスパダール、セレニカR、
     セルシン、リーマス
<お聞きしたいこと>
A. 彼の病気は躁うつ病ではないのではないか。先生をはじめ、ほかの書物によれば
  躁の特徴は
(1)陽気、楽天的 (2)早口、多弁 (3)誇大妄想 (4)睡眠時間が短くタフ  (5)怒りっぽい 等があげられていますが
 彼は睡眠時間は短いがタフではなく、(5)の怒りっぽいのが当てはまりますが(1)(2)(3)はまったく当てはまりません。そこで私は先生の擬態うつ病の本を読み、これにあたるのではと思うのですが。彼の場合、失踪はしましたがこれがうつの症状でしょうか?また、失踪前後もうつと思われる症状はなかった気がします。彼は10代の時に過食症、リストカットをしたと医者に告白したようです。これは躁鬱病と関係があるでしょうか?
  私は今回彼を病院にいかせたのが間違いであった気がしています。つまり、社会の荒波を逃れる病気というシェルターを彼に与えてしまったのではないか。本人はまったく悩んでいないのですから。この見方は間違いでしょうか?   
 
B. もし擬態うつ病なら、先生が述べられているように、医者から離れるように持っていきたいと思いますが具体的に良い方法はありませんでしょうか?
  
 実はセカンドオピニオンとして、2軒の個人精神科院に私が相談に行きました。結論としてかかっている病院はしっかりしているから、躁うつ病を見間違うはずがないので、担当医を信頼しなさいとのことでした。納得できませんでした。
        

: 躁うつ病の可能性は十分あると思います。今かかっておられる病院の治療方針に従うことをお勧めします。
本に出ている躁うつ病の症状と、この方の症状が一致しないように見える、というあなたの観察はもっともだと思います。しかし、これは躁うつ病に限ったことではないですが、本に出ているのはあくまでも典型的な症状ですので、実際には本に一致しないことはよくあります。というよりも、本の内容ときれいに一致することは非常にまれと言ったほうが正しいかもしれません。また、これに関連することですが、本にいくつかの症状が並んで書かれていた場合、それが一人の患者さんにすべて出てくるというのもむしろ例外的です。ですから、あなたの書かれているように、
先生をはじめ、ほかの書物によれば躁の特徴は(1)陽気、楽天的 (2)早口、多弁 (3)誇大妄想 (4)睡眠時間が短くタフ  (5)怒りっぽい 等があげられていますが、彼は睡眠時間は短いがタフではなく、(5)の怒りっぽいのが当てはまりますが(1)(2)(3)はまったく当てはまりません。
という記載は、あなたの観察としては正しいと思いますが、そこからのあなたの判断は正しくありません。すなわち、「彼は睡眠時間は短いがタフではなく、(5)の怒りっぽいのが当てはまりますが(1)(2)(3)はまったく当てはまりません。」という事実が、躁でないということには全くなりません。

 以上はどちらかというと一般論です。本などから診断を推定することの危険あるいは落とし穴と言えるでしょう。

 では、本の記載はともかくとして、この方の症状が躁うつ病にあてはまるかということを考えてみましょう。
 この回答の最初に私は「躁うつ病の可能性は十分あると思います」と書きました。それが結論なのですが、診断的にはなかなか難しいケースであることは確かだと思います。この方のうつ状態の始まり方や、治療に対する姿勢は、あなたのご指摘の通り、擬態うつ病(その中でも、逃避的色彩の強いもの)を疑いたくなるものです。すなわち、

 突然にメモ(探さないで・・・)を残して車で失踪し、5日後に帰宅しました。職場の配置換え等があり、仕事がつらくなったのが理由のようです。

喜んで入院準備をしていました。

まったく小学生レベルの考えに戻っているようで、お金は親に援助してもらうつもりでいる。本人は病気についてまったく悩んでいる様子は無い。


 これらのことと、あなたが記されている1.から6.までの内容は、うつ病とはニュアンスの違う印象を受けます。

 けれども、躁うつ病であるとしても、これらのことは矛盾はありません。躁うつ病として典型的とは決して言えません。しかし、躁うつ病の、特に初発の時には、このように一見性格的な問題に見える症状が出ることがまれではありません。その場合、診断が容易ではないことは確かですが、このケースでは、病院で躁うつ病と診断されたこと(この診断が、本人やご家族に伝えるためのうわべだけのものでないことは、処方の内容から明らかです。病院では本当に躁うつ病と診断していることがわかります)が、以上の判断の強い裏付けとなります。

 その観点からすれば、現在あなたから見た状態、すなわち

病気を理由に仕事はしようとせずに菓子作りと歌手に夢中になっている。まったく小学生レベルの考えに戻っているようで、お金は親に援助してもらうつもりでいる。本人は病気についてまったく悩んでいる様子は無い。

これは、軽躁状態と判断できます。病院の先生がおっしゃるように、

躁がひどくなったので、薬を強くした。今はよくなってきている

ということで間違いないと思います。入院の頃から躁がひどくなり、それが治療によっておさまってきたものの、まだ完全によくはなっていないのでしょう。

 初発の躁うつ病の躁状態の診断は、時として難しいものです。このケースも難しかったのかもしれませんし、難しくなかったのかもしれません。「難しかったのかもしれません」というのは、メールの文面からは、あなたがおっしゃるように、性格的なものからくる擬態うつ病を感じさせる面もあるということです。けれどもここで重要なのは、「メールの文面からは」ということです。メールを書かれたあなたが、この方を躁うつ病でないと考えておられることは明らかですので、文面にもそれが表れていることもまず間違いないでしょう。ということは、実際のこの方の状態よりも、メールから読みとれる状態は、より躁うつ病らしくなくなっていると推定できます。ですから、このケースの診断は、病院の先生が実際にご覧になれば、明らかに躁うつ病で、診断は難しくなかったのかもしれなません。

 結論は最初に戻って、「躁うつ病の可能性は十分あると思います」になります。「可能性は十分ある」と言ったのは、実はあえて控えめな表現をしたのであって、「躁うつ病です」と言い切ってしまいたいのが本当のところです。躁うつ病として、今の主治医の先生の治療に従ってください。

結論としてかかっている病院はしっかりしているから、躁うつ病を見間違うはずがないので、担当医を信頼しなさいとのことでした。納得できませんでした。

とお書きになっているあなたは主治医以外にすでに二人の医師の意見をお聞きになり、今回の私の回答も一応数に入れれば三人ということになります。このあたりでご自分を納得させて、躁うつ病の治療に協力されるべきだと思います。

 ここからは仮の話ですが、もしさらに何人もの専門家の意見を聞いていけば、いつかは「これは躁うつ病ではない」という意見を得ることはできるでしょう。そうするとあなたは初めて納得されるかもしれません。(仮の話を続けています)
 けれどもこれは、方向としては逆ですが、自分が病気であるという診断を受けるまでは納得せずにドクターショッピングをする擬態うつ病の人(擬態うつ病75ページから90ページもお読みください)と同じ行動ということになります。自分が納得できる見解だけを信用するというのは、実は誰の意見を聞いたことにもなりません。

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 以上、読み返してみますと、なんだかあなたを批判しているような文面になりましたが、決してそのような意図はありません。質問していただいたことに感謝しております。娘婿様のためにも、質問していただいたことはとても良かったと思います。あなたとは反対に、専門家の意見を聞かず、本などの知識などのみに基づいて自己判断をし、結果として患者さんを強く苦しめているご家族が、残念ながらたくさん存在していることは否定できません。あなたのご協力によって、この方の病状が改善・安定されることを願っております。


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