精神科Q&A
【0561】脳損傷の原因が虐待かどうかは判定できるのでしょうか
Q: 義弟夫婦(30代)の子供(1歳)が、事故(ベッドから転落)による脳損傷で入院中です。
前頭葉、側頭葉2箇所、後頭部など、何箇所も脳の損傷があり、病院側は、振り回す等の虐待が原因(揺さぶられっ子症候群)と決定し、警察や児童相談所と協議中です。
本人達は、救急車で始めに運ばれた病院で、呼吸停止状態が続いたため、酸素不足による損傷か、治療薬の影響によるものでは?と考えているようです。
お聞きしたいのは、
「揺する等、外部からの力による損傷と、薬または酸素不足等による損傷とは、専門の方がCT等を見れば、見分けがつくのでしょうか?」
という点です。
両方の家族が大変心を痛めています。
弁護士に相談する事も考えていますが、「虐待でない事」を証明するのが可能かどうか、自分達でも調べております。
以前、こちらで、脳損傷の後遺症のご質問を拝見したので、無理を承知でメールを送らせて頂きました。宜しくお願いいたします。
林: 子供の死亡の際に虐待の嫌疑をかけられて悩んでおられる方を、私も診療したことがあります。歩き始めたばかりのお子さんが、あるとき家の中でころんで頭を打ち、翌朝には死亡していたという不幸な出来事でした。死因は硬膜下血腫でした。
ご両親にとってさらに不幸なことは、硬膜下血腫の原因が虐待ではないかという嫌疑をかけられ、警察で取り調べを受けたことでした。
お子さんが突然亡くなり、ただでさえ悲嘆にくれている時に、この取り調べが心に大きな傷を与えたことは想像に難くないところです。
私は決して警察を非難しているわけではありません。 「幼児が家の中で頭部外傷で死亡」という状況では、警察としては虐待の可能性も考慮するのは当然のことです。取り調べのやり方に十分な配慮が必要であるとは思いますが、結局はご両親を取り調べる以外、真実を知る方法はないでしょう。
ご質問の内容にうつります。
「揺する等、外部からの力による損傷と、薬または酸素不足等による損傷とは、専門の方がCT等を見れば、見分けがつくのでしょうか?」
このご質問に対する答えはイエスです。しかも、その見分けはかなり容易です。誤ることはまずないでしょう。
薬や酸素不足によっても、確かに脳の損傷が起こることはありえます。
しかしその場合には、脳がほぼ全般的に損傷されます(これを瀰漫性---びまんせい---の損傷といいます)。もっとも、特に部分的に損傷を受けやすい部位はあります。たとえば酸素不足の場合には、海馬が特に損傷されやすいです。しかしおおむね全般的と考えていいでしょう。
また、外傷の場合は脳挫傷や血腫という形の損傷になり、これらは薬や酸素不足による損傷とは根本的に違います。
外表、すなわち頭の表面に、CTの損傷に矛盾しない傷があれば、外傷であることはさらに確実になります。これについてはいかがだったのでしょうか。
いずれにせよ、外傷による損傷と、ご指摘のような薬や酸素不足による損傷は、CTを見ればほとんど即座に区別できます。したがいまして、【0561】のケースが、外傷以外の原因とは考えられません。
そうしますと、次に外傷の原因が問題になります。メールには、
前頭葉、側頭葉2箇所、後頭部など、何箇所も脳の損傷があり
と書かれています。
もちろん実際にCTの画像を拝見しないと何ともいえないところではありますが、一般には、単にベッドから転落しただけで、これだけの多発損傷が生じることは稀だと思われます。非常に運悪く、落ちる途中で何箇所にもぶつかったとか、落ちてから転がってしまったりしたのでしょうか。
というような例外的な状況を推定せざるを得ないということは、残念ながら、虐待の可能性も考えざるを得ないということになります。お子さんが事故で重傷を負われ、そのうえ虐待の嫌疑をかけられたとすれば、ご両親の苦悩はお察しいたします。しかし、これは、客観的には残念ながら虐待の可能性が高いと考えられる状況だと思います。
なお、ベッドからの転倒によってこのような多発外傷を負ったとすれば、さきほど少しふれたように、外表にもかなりの傷があったと思われます。もし外表には傷がないか、あるいは少なくと、しかもCT所見は外傷だったとすると、やはり虐待(振り回すというような虐待)が疑われることになるでしょう。
ご質問に戻りますと、先に申し上げたとおり、薬や酸素不足による脳損傷を、外傷による脳損傷と誤って判断されることはまずあり得ません。ですからこの1歳のお子さんの脳損傷は、外傷に間違いないと思います。この場合CTからいえることは、「外傷である」、つまり、物理的な外力が加わったことによる損傷だということです。それ以上のことは、CT所見からは推測することしかできません。