精神科Q&A

【0353】交通事故後寝たきりになっているが、原因がわからない


Q: 私は訪問診療専門のクリニックに所属している訪問看護師です。この度新規で訪問させていただくことになった患者様のことで是非とも林先生の御指南を頂きたくメールさせていただきました。
 その患者様は68歳の女性のかたで、交通事故後寝たきりになったということでした。まだインテークの段階なので私どもが関わる以前のことは皆無に近い状態なのですが、寝たきりになる原因が全く分からないというのです。というのも事故に合われる少し前、大腿の筋を痛め車椅子を使われていたということなのですが、外出されるのがとてもお好きな方でご主人に車椅子を押してもらい散歩に出られた際に交通事故に遭われたということです。総合医療センター・整形外科・脳神経外科で精査を受けられたのですが、全く障害が認められないということで自宅に帰され、自宅近くの介護支援事業所と訪問看護ステーションから献身的な訪問ケアを受けていたそうです。しかしご本人様は頑としてケアスタッフを受け入れなかったそうです。(ケア内容は主に清拭とリハビリだったようです)二度に渡り原因不明の熱発・尿閉で近医に入院し点滴・利尿剤の加療で軽快退院されたのですが、二度目の退院以後ケアスタッフの出入りをも拒否されたそうで、3ヶ月間全く清拭もされておられないということでした。また、万年床に臥床されており(自分で寝返りも打てないそうです)布団をめくればカビが繁殖しているといった状態にも関わらず一切のケアを拒絶されているのでご主人が困っておられるそうです。排泄に関してはおむつ交換のみご主人がされているそうです。また、日中テレビを見て過ごされることが多いらしく常に側臥位(同一)で経過され、その状態でたばこを飲まれているとのことでした。ケアステーションも「お手上げ状態」で家族の方に当クリニックを紹介していただき家族の方から直接の依頼となりました。インテークに行った当クリニックのコーディネーターがお部屋に通された時にご本人様に「こらーっ!何しにきたんじゃー!!」といきなり怒鳴りつけられたといっておりました。私はこの方のご自身の人生への絶望感がケアの拒否となってしまわれたのではないかと思うのです。私どものアプローチ如何によってはこの方をますます絶望に陥れてしまうのではないかと危惧しております。
「どこも悪くない」でも「体は動かない」この二つ客観的事実をどう受け止めるべきでしょうか。非常に不衛生な環境を改善することが先決なのか、この方に私どもを受け入れてもらえるまでケアは二の次にすべきか悩んでいます。この方が医療や介護に対し心を閉ざされてしまわれた原因が何なのか、もっと情報収集するべきであるのは重々承知の上で、この方にもう一度生きることは楽しいと思っていただくためにどうアプローチしていくのが良いか、精神科医としての林先生の意見を是非とも参考にさせていただきたいのですが・・・

: 事故のように、物理的ダメージをきっかけに何らかの精神症状が出た場合、原因は大きく分けて二つ考えられます。一つは脳に損傷が加わったことによる直接の症状です。もう一つはダメージ(たとえば事故)とそれに付随した出来事に対する心理的な反応としての症状です。
 ご質問のケースでは、事故後あまりに極端な変化をきたしていること(外出好きだった方が一歩も出ないばかりか、寝たきりになってしまった)、症状の程度があまりに激しいこと(この非衛生さは異常でしょう)などから、脳損傷による症状(器質性精神障害)は否定できないと思います。精査で異常が認められなかったとのことですが、それでも器質性の可能性は捨てきれません。
 その一方で、心理的な原因によるという可能性もやはりあると思います。事故とその後の治療等の過程で、周囲に心を閉ざさるを得ないようなよほどのショックな出来事があったのではないか。メールの文章の調子からは、こちらをお考えになっているようにも思えます。
 ただ、これだけの症状が持続していることからは、単に心理的な原因のみとは考えにくいと思います。心理的な原因があったにせよ、脳の損傷がそれに対する反応をゆがめてしまったというのが最も可能性が高そうです。
 ただ注意して頂きたいのは、脳損傷の症状であると認識すると、その瞬間から治療については敗北主義に陥ってしまうおそれがあるということです。脳にはっきりした問題があると、それは解決不能であるとか、少なくとも周囲がどう対応しても無駄だと考える人が、医療関係者の中にもいるのは事実でしょう。
 しかしそれは大きな間違いで、原因が何であれ、周囲からのアプローチの仕方は重要です。それによって症状は良くなったり悪くなったりします。
 ですから現実的な対応としては、常に脳損傷による症状の可能性もあると意識しながら接していくことだと思います。
 もちろん、非衛生が極限に達するなどのことがあれば、物理的な介入を優先した方がいい場合もあるでしょう。その時は決断が必要です。


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