精神科Q&A

【2305】陰性症状に非定型抗精神病薬は効くのでしょうか


Q: 五十歳の主婦です。 
一昨年より、幻聴があり、その言葉に従い、指定された場所へ行ったりしました。それが一ヶ月続き、それからはそれが妄想だと気づいたのですが、今度は体の中に何かが入り込んだ感覚があり、それが、背中や腰に動き、非常に重くなったりしました。私には私に幻聴を起こしたものが、体に入り込み、何かに取り憑かれたと、思われました。それが半年つづきました。 
その間、夜中の突然の呼吸困難、突然の立っていられないほどの全身の不快感、肩や足に裏の錐で刺されたような痛み、突然の麻酔をかけられたような眠気、恐ろしい夢、気が狂いそうになるほどの恐怖、などが、体に起こりました。 
 私には、それも、私に取り憑いたものが、起こしているように、思えました。生活はめちゃくちゃになりました。 

 たまらず、五ヶ月前から、病院へ行きました。先生からは統合失調症といわれました。 
 現在は、まだ体の中に何か入りこんでいる感覚があり、夜になると重くなります。それから、朝、体が硬直したようになり、動きません。それでも無理して起きますが、体は思うように動きません。突然の眠気はまだあります。夕食を作っているときなど、とても困ります。 
 そして意欲の低下があります。意欲がなく、以前できていたことが何も出来ません。本も読めない状況です。 
 一日が長く、どうしていいのかわからず、パニックをおこしてしまします。 食欲がなく、半年で8キロ痩せました。 
 最近では、今の状況がつらく、死にたくなるときがあります。 
  
 現在は取り憑かれたとは思っていないのですが、朝、体が動かない、意欲がまったく出てこないなどのいわゆる陰性症状に、悩まされています。私にとっては最初の陽性症状よりこちらの方がつらく感じます。 
 お薬は、リスパダール4ミリ、ソラナックス一日三錠、デゾラム三錠服用しています。 
 色々調べますと、陰性症状は難治性のものだが、リスパダールのような非定型抗精神病薬なら有効と書かれているものと、非定型抗精神病薬も陰性症状には効かない、また慢性化する場合もある、などと書かれているものがありました。どちらが本当なのでしょうか。主治医は、治っても100%元には戻れないし、治るとも治らないとも言えないと言います。 
 陰性症状は、治らないのでしょうか。私が、元の生活を取り戻すのは、無理なことなのでしょうか。またお薬は、効かないのでしょうか。ご意見を伺いたくメールをいたしました。お返事のほど、よろしくお願いいたします。 


林: 
私が、元の生活を取り戻すのは、無理なことなのでしょうか。

現時点ではわかりません。しかし、元の生活を取り戻せる可能性は十分にありますので、期待を持っていいと思います。

この回答に至るには少々長い説明が必要です。まず一般論からお答えしますと、質問文の中で、

陰性症状は難治性のものだが、リスパダールのような非定型抗精神病薬なら有効と書かれているものと、非定型抗精神病薬も陰性症状には効かない、また慢性化する場合もある、などと書かれているものがありました。

と質問者がお書きになっている通り、陰性症状に対する非定型抗精神病薬の有効性については、いろいろなことが言われています。その内容は膨大ですが、林の私見を含めて、ひとことでまとめますと、

非定型抗精神病薬も、陰性症状にはほとんど効かない

というのが妥当だと思います。
質問者がお読みになったとして引用されている、

非定型抗精神病薬なら有効

は、(引用元の文章表現がどのようであったかにもよりますが)、一種の誇張であって、「有効」と断言できるほどの効果がないことは確かです。
但し、何をもって有効と判断するか、どのような方法により有効・無効の判断をくだしたかという重要な問題があります。
どんな薬でも、それが有効かどうかを判断するためには、症状を数値化して、その数値が一定以上に良い方向に変化したかどうかをみるというのが唯一の方法です。
統合失調症の陰性症状も数値化する方法が一応はあります。
しかし、【2300】でも説明したとおり、陰性症状の中には、そのとき飲んでいる抗精神病薬の副作用と区別がつきにくいものがあります。けれどもそれも、症状を数値化すると、陰性症状の中に含まれてしまいます。
そして、陰性症状と区別がつきにくい副作用とは、パーキンソン症状と呼ばれるもので、この副作用に関しては、昔からある抗精神病薬(定型抗精神病薬といいます)のほうが強く、非定型抗精神病薬のほうが弱いです。ですから、定型抗精神病薬から非定型抗精神病薬にかえると、見かけ上は陰性症状はよくなることが多いです。そして見かけ上といっても、数値化すれば同じことですから、「非定型抗精神病薬は、陰性症状に有効」という結論が出されることになります。
非定型抗精神病薬の発売当時は、製薬会社の販売戦略という事情もあって、「非定型抗精神病薬は、陰性症状に有効」という喧伝もかなり行なわれていました。それに加担していた精神科医も多数存在しました。
質問者がお読みになった、

陰性症状は難治性のものだが、リスパダールのような非定型抗精神病薬なら有効

という記載にはこうした背景があります。このような記載を読めば、誰でも非定型抗精神病薬のほうが優れた薬だと考えるでしょう。しかしそこにはウラがあるのです。

では質問者がお読みになった、正反対の記載、すなわち、

非定型抗精神病薬も陰性症状には効かない、また慢性化する場合もある

についてはどうでしょうか。
前半については、先にお答えしたとおり、「ほとんど効かない」が妥当な判断です。(「全く効かない」ではありません。非定型抗精神病薬の脳内の作用メカニズムからいえば、理論的には効いてもいいはずでず。現に、効いたと思われるケースもあることはあります)
後半の「慢性化する場合もある」は、動かぬ事実です。非定型抗精神病薬を飲もうが、そのほかいかなる治療をしようが、陰性症状は慢性化する場合があります。
けれども慢性化しない場合もあります。
現在の精神医学は、どの統合失調症の人の陰性症状が慢性化し、どの統合失調症の人の陰性症状が慢性化しないかを、高い確率で予測する方法はありません。統計的なデータならありますが、個々のケースに適用できるほどの確度のあるデータとはいえません。
ただし、ある程度経過してからであれば、慢性化するという予測は高い確率で可能な場合があります。【2300】のケースがそれにあたります。ひとことで言えば、「ある程度経過して、人格水準の低下が見られるようになったら、その後は慢性化する」と予測できます。

これに対し、この【2305】は、まだ発症から一年しかたっておらず、陰性症状の内容も人格水準の低下とまではいえませんので、この回答の最初にお書きしたとおり、「元の生活を取り戻せる可能性は十分にありますので、期待を持っていいと思います。」といえます。現時点で悲観的な経過の予測をする必要はありません。今後の経過によっては、抗うつ薬を試みるという方法もあります。

ところでこの【2305】のケース、統合失調症だとすれば、発症はほぼ五十歳ということになります。この年齢で統合失調症を発症するのは典型的ではありませんが、稀とまでは言えません。けれども、中年以後に発症する統合失調症は、妄想が主体であることが大部分で、場合によっては妄想性障害と診断できるものです。それに対しこの【2305】では、幻聴に行動を支配されたり、かなり強烈な体感幻覚があるなど、自我障害と解される症状が前景にたっています。中年以降発症の統合失調症としては、これは稀なパターンです。
質問文には「統合失調症と診断され」とだけ書かれていますので詳細不明ですが、他の病気の可能性はないかということも十分に調べる必要があります。最低限でも、ホルモンの検査と、脳のCTまたはMRI、それから脳波の検査は必要でしょう。(もっとも逆に、これだけ自我障害があればそれだけで統合失調症に間違いないという考え方もあり得ますが)

(2012.10.5.)


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